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555 トラウマ


「やりすぎだ」


 と、その男は俺に言いきった。


「分かってるよ、反省もしてる」


「あの冒険者の男、俺が少しでも到着するのが遅れてたら死んでたぞ」


 その男は室内だというのにタバコを吸っていた。プカプカと天井に向かって登っていく煙は、昔あちらの世界で嗅いだ父親の吸っていたタバコと同じようなニオイがした。


「殺すつもりはなかった」


 言い訳。


「だが結果的に死んでいたさ、気をつけろよ榎本。戦場では人を殺せば殺すほど褒められる。だが日常ではそうはいかない。人を殺せば殺人鬼だ」


「分かってるよ、ミナヅキ……」


 なんだか説教されているみたいだ。


 まあべつにミナヅキの言い分は正しい。もとは同級生とはいえこちらの異世界に来てからの年季が違うので、あちらの方が年上なのだけど。なので素直に説教も聞く。


「こんな言葉がある。1人を殺せば殺人鬼だが100万人殺せば英雄となる。誰の言葉か知っているか?」


「さあ? アーネスト・ヘミングウェイの言葉じゃないことはたしかだな」


「チャップリンだ」


 俺はひょうきんな顔をしたヒゲの男を思い浮かべた。


 ………………思い浮かんだのはチャップリンではなくサルバドール・ダリの顔だった。


「榎本、お前いま阿呆あほうなことを考えているだろう」


「な、なぜ分かった!?」


「腑抜けた顔をしてたぞ」


 なるほど、俺はけっこう顔にでるタイプなのだな。気をつけましょう。


「古い映画はあんまり見たことないけど、いい言葉だと思うよ」


「お前に送ってやろう、この言葉を。英雄なのだろう、榎本は」


 俺は鼻で笑う。


「英雄、この俺が? まさか」


「だがみんなが口々にお前を讃えている。俺も鼻が高いよ、同級生としてな」


 まったくそんなことを思っていなさそうな表情でミナヅキは言う。つまらなそうに2本目のタバコに火を付ける。


「じー」と、俺は見つめる。


 べつにギルドの中は禁煙じゃないけどさ。


 俺たちはいま、ギルドの中にある一室にいた。


 周りには人がいない。


 ミナヅキに連れてこられたのだ。で、説教されているというわけ。


 ギルドであった流血沙汰、その結果として近所から治療師が呼ばれた。まさかそれが知り合いだとは夢にも思わず、俺はたいそう気まずい思いをした。


 自分の失敗を見られたという恥ずかしさがあった。


「お前も吸うか?」


「いや、いらない。タバコはやったことないんだ。酒はよく飲むけど」


「酒か、俺はあんまりだな。あれは頭がバカになりそうで」


「あはは」


 はい、バカですよ。


「あまり良くないぞ、酒に逃げるのは」


「べつに誰も逃げてるとは言ってないだろ」


「そうか? ただな、いたんだよ。俺たちの同級生にも。酒に逃げてダメになったような男が。お前、シワスくんって覚えてるか?」


「シワス……?」


 うーん、しょうじき覚えていない。


 名前を言われてもピンとこない。なんかそんな人がいた気もするけど。


 俺は不登校の引きこもりになってからというもの、できるだけ学校でのこと――イジメられていたことを思い出さないようにしてきた。そのせいでクラスメイトたちの名前もうろ覚えだ。


「いたんだよ、そういうやつが。で、こっちに来てからアル中になった。そりゃあ酷いもんだったぜ、最後は悲惨だったよ」


「脅すなよ……分かった。気をつけるよ」


「そうしろ。お前はもしかしたらPTSDを発症してるかもしれないからな」


「ピーティーエスディー?」


 なんだよそれ、分かりにくい言葉を使うやつだなあ。これだから優等生は。


「簡単に言えばトラウマだ」


「虎……馬?」


「冗談だろう? あまり面白くないからやめたほうが良いぞ」


「うぐっ……」


 久しぶりに冗談がつまらないって言われたな。


「戦場で受けた心的外傷がストレスとなっていつまでも残っているのかもしれないな。それで必要以上に凶暴性が増しているのかもしれない」


「トラウマねえ……」


「どうだ、心当たりはあるか?」


 さあ、どうだろうか。はっきり言ってありすぎるくらいだ。


「気をつけろよ、体の傷はどれだけでも治療できる。だが心の傷は治りにくい」


「ああ……そうだね」


 俺はいまだに前に進めていない気がする。


 全ての復讐は終わったというのに。


 俺をイジメていた5人全員をこの手で殺したのに。


 停滞している。


「朋輩、そろそろお話終わりましたか?」


 部屋の扉が開いてアイラルンが入ってきた。


 たぶん待っているのがつまらなくなったのだろう。


「終わったぞ」と、ミナヅキが答えた。「女神様」


「え?」


 アイラルンが首を傾げた。


 やれやれ、どうやらこの様子ならアイラルンはミナヅキのことをあまり分かっていないな。


 逆にミナヅキからすれば自分をこんな異世界に送り込んだ相手だ、きちんと覚えているのだろう。恨んでいるかもしれない。


「榎本、お前はいつも他の女を連れているよな」


「べつにそんなことないよ」


「あの髪の白い人はどうした?」


「みんなして……俺の隣にシャネルがいないのはそんなに不思議か?」


 まあ、俺としても違和感はあるのだけど。


「なんにせよ大事にならなくて良かったな、気をつけろよ榎本」


「うん」


「また何かあったら治療院に来い。話し相手にくらいはなってやる」


 カウンセリングのつもりかよ?


 ミナヅキはくわえタバコのまま部屋を出ていった。


「朋輩、あの人なんですの?」


「お前に迷惑な思いをさせられた人間の1人だよ」


「なるほど、美しい女神は罪づくりということですわね」


「お前なあ……」なんて脳天気なやつ。「悩みとかなさそうだよな。トラウマとかさ」


「ありませんわ!」


 堂々と答えてるし。


「はあ……」


「ウソですわ、本当はちょっとありますわ」


「あるの?」


 でも答える気はなさそうだった。


 さて、説教も受けたことだし。俺たちもギルドのホールへと戻るのだった。


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