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552 アイラルンとギルドへ


 ジャポネに行くべきだろう。


 行きたいとかではなく、行くべきだと思った。


 このパリィの街にいることはできない。ほとぼりが冷めるまでジャポネで軍事教練だかなにかをやっているべきかもしれない。


 人間、新しいなにかを経験することは大切だ。


 けっきょく俺は復讐を終えてからというものの、新しい生活というものにまだ慣れていない。


 なんだか自分が宙ぶらりんになったような感覚がずっとある。


 アイラルンがいて、ドタバタの毎日を送っているから大丈夫だが、ふとした拍子に不安にかられるのだ。


 ――俺はこれでいいのだろうか?


 いまだ答えは出ていない。


「遊びに行ったのか……わたくし以外のやつと」


 ベッドの上でゴロゴロ寝転がるアイラルンが、なにか訳のわからないことを言っている。


「なにがだよ」


 最近はアイラルンもきて、本当に寝床が狭くなった。


 俺は床で藁束を敷いて寝ているからいいけどシャネルは迷惑そうだ。アイラルンはベッドで寝たいといってきかず、紆余曲折うよきょくせつのはてにシャネルと一緒に寝ることになった。


 いや、良いんだどね。


 そもそもダブルベッドだし。


 それに曲がりなりにも美人さんが2人、ベッドで寝ている姿はなんというか……目の保養になる。挟まりたいね!


「わたくしも一緒に行きたかった!」


「はいはい」


「なんでわたくしを置いていくんですの!」


「だってシャネルが2人が良いって言うからさ」


 さて、そのシャネルさん。


 俺は窓際に行き、外を見る。裏の井戸でシャネルはせっせと洗濯をしている。


 女の生活している姿を見るのは嫌だ、といった作家は誰だっただろうか。いや、女は愛情の関係に生活を入れ込んでくるから嫌いだと言ったのだったか?


 よく覚えてないが……。


 俺はべつに嫌いじゃない。


 人間には生活があって、その生活をシャネルがまかなってくれるなら文句を言うことなどない。


「アイラルンもさ、少しは家事を手伝ったらどうだ?」


「朋輩、その言葉そっくりそのままお返ししますわ」


「俺は良いんだよ、俺は戦闘担当だから」


「誰と戦いますの、いまさら?」


 そうなんだよなぁ。


 それを言われると弱い。久しぶりにギルドにでも行ってお仕事してこようかな。


 そうと決まれば!


「よし、アイラルン。俺はちょっとギルドに行ってくるぞ」


「わたくしも行きますわ!」


 暇そうにしていたアイラルンは飛び起きて準備を始める。


 真っ赤なバラのような色をした下着の上にいそいそとローブを着ている。


 おかしくない?


 なんで下着姿で部屋にいたのこの女神。俺からしたら目の毒なんですが。


 できるだけそちらに視線を送らないようにしていたのだ。


「準備完了ですわ!」


「そりゃあローブ着るだけだしな」


 さらに言えば、なんで下着の上にいきなりローブ着ているの?


 これはあれか、痴女というやつか?


 外に出ていきなりローブをはだけさせたりしないよな、嫌だぞそんな犯罪者と一緒にいるの。


「朋輩、なにか変なこと考えておりませんか?」


「べつに。さっさと行こうぜ」


 俺たちは外に出る。


 最近、少しだけ肌寒くなってきた気がする。


 俺はこの異世界に来てから季節というものをあまり意識していない。そもそもこちらの世界は四季があるかも怪しいのだ。明確に冬が来たなと感じられたのはルオにいたときの1度だけ。


 俺はもう2年以上はこちらの異世界にいるはずだが。


「シャネル、俺たちギルド行ってくるけど一緒に行く?」


 裏の井戸に行き、シャネルに声をかける。


 シャネルは洗濯していた手を止めてこちらを見た。


「ギルド? 珍しいわね、シンク」


「まあね、たまには仕事しようと思って」


「私はとうぶん行かないわ、このまえ暴れちゃったから顔を出しづらいし」


 そうだった、シャネルさんギルドで俺の情報を売っているとかいう男に制裁を加えたのだ。暴れた、という口ぶりから察するにそうとうなことをしたようで。


 まあ、シャネルも反省してるようだから許してあげて。


「でしたら朋輩、今回はわたくしたち2人で行きましょう」


「そうだな」


「あら、シンクも行くのやめたほうがいいわよ。あそこに行ったら面倒なことになりそうだし」


「大丈夫、てきとうに名前隠すから。誰も俺のことを榎本シンクだなんて気づかないよ」


「あら、そうかしら?」


「あんまり嫌な予感がしたら帰ってくるからさ」


「そうして。夜ご飯までには帰ってきてね。どこかへ食べに行きましょう」


「了解」


 ということでアイラルンと2人でアパートを出る。


「朋輩、こんどはわたくしと、おデートですわね」


「なんだよおデートって」


「じゃあおランデブー」


「言い方をかえてもなぁ……というか俺たちいまから仕事をしに行くんだからな。冒険者としての」


「あら朋輩、わたくし冒険者ではありませんわ。わたくしは女神」


「あっそ」


 とはいえ、たしかにアイラルンは冒険者としての登録をしていないからギルドに行ってもまったく関係のない人でしかない。だから2人以上で受けるクエストなんかは無理だ。


 まあ、そんな難しいクエストを受諾じゅだくするつもりはないけど。


 なんか簡単なクエストで小銭をかせげればいい。


 今日だけで終わって、しかも危険がなさそうで、ついでに楽そう。


 もちろんそんなクエスト存在しないのだが。


 ギルドに到着すると、なぜか建物が半壊していた。


 壁の一角は崩れており、天井は吹き抜けている。少し半れた場所には瓦礫が集められており、おそらく後日どうにか処理するのだろう。


「パリィのギルドはお金がありませんの? 修繕費も出せないんですわね」


「いやいや、そうじゃないでしょ」


 あきらかにこれ……シャネルでしょ。


 誰がやったかなんて一目瞭然だ。だって壊れている部分、少しだけ焦げているから。


「壊れてそのままにしているんでしょう?」


「そうじゃなくてさ、最近壊れたばっかりなんだよ」


 いやだなあ、これ俺が責任とかとらされないかな?


 入り口のあたりはまったく損傷はないみたいなので、普通に入ることができた。


 中に入って驚く。


 さすがは冒険者たちというところか、ぜんぜんいつもと変わらない様子だ。みんなワイワイと騒ぎながら、ギルドと一緒になった酒場で昼間から飲み食いしているやつらがいる。というか、そういうやつらばっかりだ。


「なんでギルドと酒場って一緒になってるんだろうな」と、アイラルンに聞いてみる。


「さあ、なんででしょうかね」


 ちぇ、使えないな。


 シャネルだったら聞けばたいていのことは教えてくれるのに。


 俺たちはクエストの内容が書かれた紙がたくさん貼られている掲示板の前へ行く。


 なんだかクエストの数が多いな。


「けっ、この前の戦争で冒険者が大量に駆り出されたから、クソみたいにたまってやがるぜ」


 俺の近くにいたガラの悪い――ついでに頭も悪そう――な冒険者が悪態をつく。


 なるほど、たしかに冒険者は特別部隊として戦争に徴兵された。何を隠そう、その部隊を率いていたのは俺だ。もっともグリースに渡る前にその役目は酔っ払いのフェルメーラに任せたのだが。


「いまが稼ぎ時ですわ、朋輩!」


「そういう考え方もできるな」


 さて、どうしたものか。


 中にはギルドランクが高くなければ受けられないクエストもあるが、それはたいてい『Bランク以上』とかそんなものだ。こちとら最高ランクの『S』だ、選び放題である。


 でも逆に目移りしちゃう!


 なんて思っていると。


「隊長?」


 いきなり声をかけられた。


 後ろからだが、あきらかに俺を呼ぶ声だった。


 まずいな、と俺は思った。命の危険はないだろう、けれどなんだか嫌な予感がした。


 目立ってしまいそうな、そういう予感が……。


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