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550 シャネルとお出かけ1


 ガングー13世に呼ばれた次の日、俺はシャネルとパリィの街へ繰り出していた。


「おい、シャネル」


「なあに?」


 シャネルはニコニコしている。それで俺の隣にくっついて歩いているものだから、歩きにくいんだなこれが。


 シャネルは今日も黒い服を着ている。


 夜なので視認性は最悪。


 目の悪い人が見れば、シャネルの白い髪だけが浮いているようにでも見えるのではないだろうか。どうだろう、そんなことないか。


 俺はほろよい状態だった。


 というのも、家でワインを飲んでいるところをシャネルにいきなり出かけると言われたのだ。


 シャネルは夕方から出ていて、なにかをしていた。それで帰ってきたと思ったらいきなり外に出るだ。こっちとしては今日はもう酔っ払って寝ちゃいましょうねという気分だったから、しょうじき面倒だった。


 けれどシャネルがどうしてもと言って、しかもチケットまで買っていると言われたら出ないわけにはいかない。


 チケット?


 なんの、と聞いたらオペラのだと言われた。


 途中で寝てもいいの?


 と、聞いたら「いいわよ」とも言われた。


 ならば行きましょう、と出てきた次第だ。


 ちなみにアイラルンはお留守番。あなたの分のチケットはないわ、とシャネルが言うとその場でぶっ倒れた。クルマに轢かれて潰れてしまったカエルのように動かなくなった。


 で、構うのも面倒だったのでそのまま出てきた。


「久しぶりに2人ね」


 と、シャネル。


「そうだな」


 俺は酔いにまかせてシャネルの髪を触ってみた。


 シャネルはくすぐったそうに笑うと、俺の二の腕をつねってくる。


「ダメよ、そんなに引っ張っちゃ」


「引っ張ってたか?」


「ええ」


 今度はあまり引っ張らないように、そっと撫でてみる。


 いやあ、なんてサラサラで柔らかい髪の毛。考えてみれば女の子の髪の毛なんてシャネルのくらいしか触ったことないけど、みんなこんなに柔らかいのだろうか?


 髪質が違う、というのを実感する。


 そんなふうに話をしているとあたりに人が多くなってきた。俺はシャネルの髪を触るのをやめる。


「オペラ座だよな」


「ええ、そうよ」


「演目は、またガングー?」


「そこはお楽しみ」


 なんだかなあ、さっさと教えてもらいたかったのだが。


 でもまあいい。


 パリィの街には公衆電話のボックスくらいの大きさの、不思議な柱がたっていることがある。デザインとしては円柱形で、俺は最初公衆便所かなにかかと思った。


 けれど違った。


 それはこのパリィの街を清掃する人たちが使う掃除用具を収納するためのものだ。


 その柱にはペタペタと広告が貼り付けられている。それは許可を得ているものもあれば、無許可のものもある。そのためかなり乱雑に広告が出ていた。それこそ公衆電話ボックスの中にはられた、

ちょっとエッチなチラシのように。


 俺は歩きながら、ちらっとその広告を見た。


 そこにはオペラ座でやる演目の広告もあるから。


 俺は文字が読めないのでだいたいだが……。


「うーん、分からん」


「なにが?」


「いや、なんでもない」


 どうせオペラ座に行けば分かるんだけどね。


 というわけで、オペラ座へ。


 何度見てもすごい建物だ。この異世界をいろいろ回ってきたけど、ここほど装飾が派手な場所はあまりない。それこそ各国の宮殿くらいのものだ。


 ふと、俺は気づく。


 オペラ座の屋根の上には天使の像が飾られていたのだが、その天使はあきらかに髪の毛が長い。それこそ屋根からたれて壁にかかっているくらいだ。


 どういう材質の像かは知らないが、壁にあわせて作るのは大変だっただろう。


 と、そういう話ではなく。


「あの像、もしかしてディアタナか?」


「え、どれ?」


 シャネルは目をこらす。


 たぶん夜だから上手く見えていないのだろう。


「ほら、あそこらへん」


 俺が指差した先に羽の生えた女神の像はある。


「ああ、あれか。たぶんそうじゃないかしら? ああいうふうに髪を長くして表現されるのはディアタナよ」


「じゃあさ、アイラルンは?」


 あまりアイラルンをモチーフにした芸術作品とか見たことないけど。


「必要以上にブスにされるか、あとはヘビとしてメタファーされることが多いわ」


「アイラルンも大変なんだな」


「そうね、けっこう美人さんなのにね」


「だな」


「シンク――」


 あれ? なんでか知らないがシャネルが怒っている。


「ど、どうした?」


「せっかく2人きりでお出かけしているのに、他の女の話をするだなんて失礼じゃないかしら?」


 おおうっ……。


 これがやぶ蛇というやつか。


 やぶをつついてアイラルンが出てきた。そのせいでシャネルに怒られた。


「ごめんなさい」


 素直に謝る。


「しばらくあの女の話は禁止ね」


 あの女だってさ。


 いちおう女神なんだけど。ま、シャネルには関係ないか。


 人の流れにそってオペラ座へと入場する。受け付けのお姉さんにシャネルがなにやら言っている。俺は少しだけ離れた場所でボケーっと突っ立ていた。


 そういえば、と思い出す。


 昔ここへ来たときは剣を預けてくれと言われたな。でもいまは言われない。俺の腰に差した刀は細く、小さく、このパリィでは武器として見られることは少ないのだ。


 ふと気になったのだが、ジャポネの人間たちはみんな刀を武器として使っているのだろうか? 時代劇みたいにチャンバラしているのだろうか? 鎖国していた頃の日本ってどんなだったんだろうな。


「シンク、行くわよ」


 シャネルは受け付けで話を終えたようだ。俺を手招きしている。


「はいよ」


 いつもの席に行くのかと思ったら違うようだ。


 エントランスホールから左右に伸びた階段の方へとシャネルは登っていく。


 シャネルはあまり高い席から観劇するが好きじゃないらしい。できるだけ近い席でいつも見たがるのだけど。いるよね、映画でも前の方の座席で見る人。


「前の方の席、とれなかったの?」


「違うわよ」


「じゃあどうして?」


 たくさんの人が周りにいて、もみくちゃにされそうになる。


 けれど満員電車のようにぎゅうぎゅう詰めになっているわけではなく。周りの人とは一定の距離感があった。こういう遠慮をできるのはパリィっ子の美徳である。


 シャネルについていくと次第にあたりに人がいなくなった。


 ――おや?


 意味が分からなかった。


 オペラ座の中なんてどこにいても人でいっぱいだと思っていたのに。


 俺はあたりをせわしなく見てしまう。自分たちが立ち入り禁止の区域に入ってしまったのではないかと思ったからだ。


「大丈夫なのかよ、シャネル?」


「なにが?」


「いや、だって誰もいないぞ」


 長い通路だった。


 シャネルは堂々と歩いていく、俺は怯えるようにそれについていく。なんだか酔いも冷めてしまったみたいだ。


 しばらく歩くと扉があった。その扉の前にはオペラ座のスタッフが2人いた。スタッフは俺とシャネルを認めると深く腰を曲げた。挨拶をされているのだ。


「これ」


 と、シャネルはスタッフに対してぞんざいにチケットを渡す。


「中へどうぞ」と、スタッフは言った。


 中へどうぞ、と言われたからには入って良いのだろう。


 俺は扉を開けようとするが、それより一足はやくスタッフが扉を開けてくれる。


「す、すいません」


 思わず謝ってしまう俺。しかし言われた人はお構いなくとでもいうように微笑んだ。


 いたれりつくせりだ。


 いったい中にはなにがあるのだろう、と思うと席が2つだけあった。


「なるほど!」と俺は合点がいく。「ボックス席か!」


「シンク、少し静かにね」


 思わず声をあげてしまった俺をシャネルがたしなめる。


 ボックス席!


 それは俺たちが1度も来たことのない席だった。


 オペラ座の座席は壇上に向かって放物線状に広がっているが、その左右の壁にはいくつかの席がある。そこは貴賓席であり、普通の座席の人たちとは一線を画する場所だ。


 とうぜん、そこからオペラを見るにはかなりのお金が必要だ。


 しかもお金があるだけではダメ。


 社会的地位を持っていなければならない。自他共上流階級であると認められた人間だけがボックス席のチケットを売ってもらえるのだ。


「俺たち、こんな場所に座れる身分になったのかよ?」


「だってシンク、レジオンドヌール勲章もらったでしょ?」


「え、なにそれ?」


 いきなり呪文みたいな名詞を出された。そのせいでよく聞き取れなかった。


「この前、もらったでしょ。この国最高の勲章よ? 普通あんなものもらえばどこへ行くにもつけたがるものだけど、欲がないのね。そういうところも素敵だけど」


「あー、そういえばもらったね」


 たしかベッドの下にしまってそのままだ。エロ本かっての。


「おかげでこの席に来られたわ。どうしても冒険者なんて身分じゃ、どれだけ偉くなってもボックス席なんて入れないからね」


「なるほどな、頑張ったかいがあったな」


「ええ、そうね」


 さきほど俺に注意したシャネルだが、どうやらシャネルの方も少しだけご機嫌のようだ。いつもより声が弾んでいる。


 ボックスの中の椅子に座ると、スタッフが飲み物のメニューをもってきた。どうやら飲み放題らしい。


「なにか飲む、シンク?」


「そうだな、ヤ○ルトかな」


「なにそれ?」


「いや、言ってみただけ」


 そもそもあれ、たくさん飲むとあれだし。


 あれだよ。


 あんまり言いたくないけど、ダメだよ。


「ワインでいいわよね?」


「ワインでええよ」


「赤?」


「いや、白の気分」


 まだオペラは始まらないらしい。


 さてはて、今日の演目はなんでしょうか。


「楽しみね」と、シャネル。


「そうだね」


「なにせ貴方が主役なんですもの」


 え?


 いま、なんと?


 シャネルはニコニコと微笑んでいる。


 ワインボトルを持ってきたスタッフからそれをひったくり、俺にグラスを渡してくる。


 どうぞ、どうも、入れるわよ、あんまりたくさん入れないでね。


 酔いなんてとっくにさめていた。


 なので気付けのために白ワインをいっきにあおる。


 少し落ち着いてから、シャネルに聞いてみた。


「俺の話なの?」


「最近流行ってるのよ」


 だからどうした、しょうじきに言おう。


 恥ずかしい!


 なので見たくなかった。


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