054 まさかのパーティー結成
ローマは俺の顔をじっと見る。
「お前いま暇か?」
暇かと言われて、はい暇ですとは答えない。
「忙しい」
間髪入れずに言ってやる。
俺の持論だが他人にいきなりいま暇かと聞いてくるやつにろくな人間はおらず、しかもたいして暇だと答えれば厄介事を押し付けられる。
「うそつけよ! お前依頼書を見てアホみたいな顔でぼーっとしてたじゃないか!」
「だから忙しいんだよ。依頼書見てぼーっとするのに忙しい」
「そんなわけあるかよ! なあ……お前どうせソロだろ?」
まるで媚びを売るようにローマがこっちにすり寄ってくる。
残念、俺にロリコン趣味はないのだ。シャネルのようなおっぱいちゃんが好きなのです。
「いまはな。いつもはシャネルと一緒だ」
「でもいまはいない。ならさ、僕と組もうぜ」
「冗談だろ?」
いやいや、お前俺のこと殺そうとしたじゃん。
それを組もうぜ、ってお前。学校でよくある二人組作ってじゃないんだからさ。そんな簡単に組めるかよ。ちなみに俺はたいていあまりました。そもそもクラスを奇数にするなよな、教師の方もそれくらい考えろ。
「なんだ、もしかしてこの前のこと気にしてるのか?」
「逆に聞くけど殺されかけたこと気にしない人間とかいるのか?」
いたとしたらそいつはよっぽど偉大な人間だろうさ。
俺? 俺は偉大じゃないので気にします。根に持ちます。恨んでます。
「そういうなよ。ほらこの依頼とか見てみろよ。スライム玉を20個集めるって依頼。一人じゃあ面倒だけど二人ならなんとかなるだろう? けっこう報酬も良いしさ」
「うーん」
ちなみに俺は文字が読めないのでそれがどの依頼かよく分からない。
スライム、か。
「見ろよ、報酬20000フランだよ」
「一人10000フランか」
まあ小遣い稼ぎにしちゃあかなり良い報酬だよな。
一日働いて一万円なら日雇いとしてはかなり良い方なのか? いや相場とか知らないけど。でもそれだけお金があればシャネルになにかプレゼントの一つでも買えるだろうか。……そしたらきっと喜ぶだろうな、シャネルのやつ。
女の子はプレゼントを喜ぶってどこかで聞いたことあります! たぶんエロゲーで聞きました!
「どう、一緒に」
「いちおう聞くけど、この世界のスライムって強い?」
いやだぞ、ザコ敵だと思ってスライムを狩りに行って、スライムだから打撃技無効ですとか、異常に強い溶解液まきちらしますだとか、そもそも何にでも変身できますとかだったら。
だがそれは心配しすぎみたいだった。
ローマはからからと笑う。
「スライムが強い? バカいうなよ、一匹くらいなら子供でも倒せるさ。シンクって冒険者のくせにそんなことも知らないのかよ」
「悪かったな、世間知らずで」
「な、だからこそさ。人生なにごとも経験だって。一緒に行こうぜ」
「むう……」
なんだこいつ、異様に押しが強いぞ。
「なあなあ、なあなあ。頼むよ。シンクが一緒なら僕も楽だし、お前強いだろ?」
「――しょうがねえな」
なんだか断ったらこのまま付きまとわされそうだしな。それになんというか、こういうふうに人に頼られるのって悪い気分じゃないからな。
「よし来た! じゃあちょっと依頼の受理してくるよ」
そういってローマは壁から依頼書を取ろうとするが、届かない。
「これか?」
俺は文字が読めないのでたぶんで変わりにとってやる。
「あ、ありがとう。つーかこれくらいジャンプすれば取れたし!」
「はいはい、こんな場所であんまり飛び跳ねるなよ」
「うるさいなあ」
ローマは文句だけ言うと受付の方へ行く。
俺の周りの女の子は率先してこうした業務をこなしてくれる娘が多いのでコミュ障の俺でも安心だ。
しかしこういうのってどうなんだろうか? どんどんヒモとしてのスキルが加速しているのでは?
それは嫌だなあ。そりゃあ俺だって男だからな、勇者になりたいとは思わないまでも男らしくくらいはありたい。
しばらくするとローマが帰ってくる。
「うん、受理してきたぞ」
なにやら手に紙のようなものを持っている。
「なんだそれ?」
「ん? シンクはこの街で依頼を受けたことないのか? それとも街中だけ専門でやってたのか?」
「受けたことないんだよ」
パリィにきてからこっち遊び呆けていました、はい。
「これはまあ、街からの外出手形だよ。パリィの街はそういうのうるさいから」
「へえ」
そういえばここに来るときも色々手続きがあったな。通行手形がどうとか、閑所がどうとか。まあシャネルが全部やってくれてるから俺しらね。
「さて、じゃあさっそく行こっか」
「なあ、いちおう聞いておくけど今日中に帰れるんだよな?」
「もちろんさ。こんなスライム玉をとってくるだけの楽勝依頼、日帰りできなきゃモグリだよ」
「それなら良いんだけどさ」
「よーし、じゃあこれでパーティー結成だ! いくぞぉ!」
ローマは手を振り上げたまま止まる。
「どうした?」
俺が聞くと、じっとこちらを見てきた。
「シンクさ、こういう時は『おーっ!』って声を合わせるところだろ?」
「なんだそれ」
陽キャの文化か? そういやあいつらって学園祭とかで異常なまでに盛り上がるよな。掛け声とか合わせちゃってさ。ああいうコール文化って嫌いだな。
「じゃあもう一回やるぞ。よーし、いくぞぉ!」
俺は無視して歩き出す。
「あ、おい! ノリ悪いぞ、お前!」
「悪かったな」
「友達いないだろ!」
「ぐっ!」
こいつ、的確に人の急所を。
「そ、そういうお前はいるのかよ!」
「いるさ、一人」
「なーんだ、一人かよ」
「バカだなあ、シンクは。友達っていうのは数じゃないさ。親友が一人いればそれで良いの。知らないのかい?」
「いや、知ってるよ」
……親友、か。
俺にも昔はそういうふうに呼べるやつがいたような、いなかったような。
でもそんなのは全部昔のことさ。
俺たちは街の出口、門に向かって歩いていく。ローマはギルドの外に出たときからフードをかぶっているけど、もしかしてこの身長差。俺が人さらいだなんて思われないだろうか?
まあ大丈夫だろうけど……。
でも心配だった。
「お前、そのフードはとらないか? いかにも怪しいぞ」
「ダメさ、僕たち半人への風当たりは強いんだ。だからこうしてなきゃ。シンクだって僕と一緒に歩いてるだけで白い目されちゃあ嫌だろ?」
「別に、気にしないけどな」
どうせシャネルといるときもジロジロ見られるし。ま、あれはシャネルがキレイだからだけどさ。
「そ、そうか? いや、やっぱりダメだ! 僕が気にする!」
ローマはなぜか顔を赤くしてブンブンと首を振っている。
なんで?
でもちょっとだけ好意的な視線を俺に向けてくる。
だからなんだ?
あれか、俺って動物とかに好かれるのかな。……犬に噛まれたことはあったけど、好かれた記憶はないぞ?
ま、良いや。
ローマはちょっと嬉しそうに歩いていく。機嫌が良いのは良いことである。そう思った。
「お前さ、差別とかしないのか?」
ローマがまるで子供のようにスキップしながら聞いてくる。
「あいにくと世間の事情にはうといんだよ」
さっきのお返しにと、ちょっと嫌味っぽく言ってみる。
「そ、そうか。でも半人差別をしないのは良い事だぞ! うん」
半人差別ってなんだ?
「どうせ僕たちみたいな半人は、奴隷になるか冒険者になるか、それか犯罪者になるか。それくらいしかできないんだ。だからよく差別されるけど、でも僕たちだって人なみに心があるんだぜ」
「そりゃあそうだろ」
なに当たり前のこと言ってるんだか。
「ああ、そうさ」
ニッコリと笑いながらローマが言う。
なんだかしらんがかなり気に入られたらしい。動物に好かれる男、榎本シンク。
先に行くローマに「転けるぞ」と、俺は注意する。
ローマは振り返ってニヘラと笑った。
その笑顔を不覚にもちょっと可愛いと思ってしまった。ロリコンじゃないですよ。いちおう言っておくけど。




