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538 ワンの強さ


 ワンはいったいなにをやっているのかと思うと、どうやら猫に餌をやっているようだった。


 手に小魚をもっていて、それを分け与えている。


「美味しいですか?」と、シノアリスは猫に聞いてみた。


「にゃー」


 猫が答える。


「そうですかそうですか。ワンさん、こちらの猫は最近太りぎみなのを気にしているらしいです。もう少しヘルシーなご飯をあげたほうがいいですよ」


「なんだお前、猫と喋れるのか? そういうスキルか?」


 ワンは驚いたような顔をする。


「いいえ、適当に言ってるだけですよ」


 なんだそれは、とワンは呆れた顔をした。


 猫に餌をやり終えると、次は自分たちの番だった。


「良いお店でも教えて下さいよ」


「馴れ馴れしいやつだな、俺が怖くないのか」


「いえ、べつに? 私は怖いものなんてないですからね」


「そうか……」


「ねえねえ夜ご飯」


「うるさいやつだ」


 ワンは去っていこうとするが、シノアリスはそれを追う。


「私、この国のことはよく知らないんですよ。来たばかりですので」


「なぜこんな国に来たんだ」


 2人は並んで街の方へ出る。


 ワンは嫌そうな顔をしているもののシノアリスを振り切ろうとはしなかった。それとも人混みの中でいっきに駆け出すつもりだろうか? 分からないが。


「この国に来た理由は簡単ですよ、船でグリースに行きたいんです」


「なに、グリースにだと?」


 本当のところ、わざわざこんなことを言う必要はないのだ。


 だがシノアリスはワンに自分の目的を言う。


 それはワンが驚くところを見たかったからだ。


「そうですよ、グリースです。行ったことあります?」


「ない……だが我がルオの国民にとっては因縁のある国だ」


「ああ、ワンさんはルオの出身なんですね」


 失言だったとばかりにワンは顔をしかめる。


「お前はどこの田舎から出てきた」


 お返しにとばかりに嫌味を言ってくる。


「田舎だなんて! 私はへスタリアはヴァチカンに住んでいた正真正銘の都会っ子です」


「なんだお前、巫女かなにかだったのか?」


「ヴァチカンに住んでいる人が全員、神職についていると思ったらそれは偏見ですよ」


 もっともシノアリスは異教徒のトップだったので、ワンの予想もあながち間違いではない。


「それがなぜあんな教会にいた? 言っておくがあそこは異教徒たちの教会だぞ」


 ――あらん、この人はもしかして意外と優しいのかしら?


 シノアリスはそう思った。


 人は見かけによらないものだ。


 こんないかにもな強面こわもてのヤクザな男が、猫に餌をあげているだけでもなかなかポイントは高い。不幸でなければ、他人に優しくはなれないのだから。


 だからこそ、そんな優しいワンをシノアリスはからかってやりたかった。


「私がその異教徒だって言ったら、どうします?」


「冗談でもそういうことを言うな。この国だとシャレにならないぞ」


「本当ですよ」


 ワンは聞かなかったことにしてさっさと前に進んでいく。


 少しだけ人が増えてきて、はぐれそうになる。


 けれど距離が離れるたびワンは立ち止まってくれた。


 そしてしばらく歩くと、いかにもルオ風の飲食店が見えてきた。


「ジャージャ飯店ハンテン


 それが店の名前だと気づくのに、シノアリスには少しの時間が必要だった。


 ルオの国の文字は読めないので、看板に書いてある店名も意味不明だったのだ。


「美味しいんですか?」


「不味ければ紹介などしない」


「安いんですか?」


「本場よりも割高だな」


「店の中は綺麗なんですか?」


「じつにルオの混雑とした雰囲気を再現している」


 なるほど、とシノアリスは納得した。


 せっかくイッドに来たのだから、イッドの郷土料理を食べたいという気持ちもあった。なんでもカレーとかいうドロドロしたシチューのようなものをみんな食べているらしい、とシノアリスは記憶していた。


 でもせっかく教えてくれたのだ、この店にしようと思った。


「ありがとうございます」


「これで良いだろ、じゃあな」


「まあまあ、待ってくださいよ」


 店さえ教えれば仕事は終えたとばかりにワンは帰ろうとする。だがそれをシノアリスは引き止めた。


「まあまあ、良いじゃないですか」


「なにがだ?」


「いいでしょ?」


「だから何がだ!」


 気の弱い人間ならばそれだけで泣き出してしまいそうなほどの大声でワンはシノアリスを威嚇する。


 しかしシノアリスには暖簾に腕押し。


「夜ご飯、一緒に食べましょうよ」


「なにが目的だ、金か?」


「違いますよ」


「いっておくが、お前のような貧相な女を買う趣味はないぞ」


「まっ! なんて失礼な勘違い! 言っておきますけど私はまだ誰にも純潔を捧げていませんからね!」


「なんの報告だ」


「とにかく一緒に食べましょうよ。1人より2人で食べたほうが良いですよ、絶対に」


「目的を言え。そうすれば考えてやらんこともない」


「ではぶっちゃけます――貴方の強さが気になります」


「俺の強さ、だと?」


「はい」


 シノアリスは知っていた。


 アイラルンがああして現れて、なにかしらの言葉をさずけてくれるとき。それはこれから起こる出来事へのヒントであると。


 あの女神はなんと言った?


 これから先、榎本シンクを助けに行くとき、シノアリスでは荷が重い。そのようなことを言われたはずだ。


 つまりである。


 誰かに手伝ってもらうべきである。


 恋だの愛だのはまったく関係がない。


 ただ相手を利用しようと思っているのだ、シノアリスは。


「俺が強くてなにかいい事があるのか?」


「それはですね――あはは、また今度。いまは夜ご飯を食べましょうよ」


「断る」


「そう言わないでくださいよ」


 シノアリスは無理やりワンを店の中に入れる。


「引っ張るな」


「おごりますから」


「女に金を出させる趣味はない」


「あら、そこはお兄さんと違うんですね」


 シノアリスが知っている榎本シンクという男は、それはそれは女におんぶにだっこで生活を成り立たせている男だった。


 なかなかなダメ男なのだが、シノアリスからすればそんな男もなかなか好みだ。


 一緒にいればこちらまでダメになりそうな、沼の底に沈んでいきそうな、そういう男が好みな女も、たしかに存在する。


 しかし榎本シンクの不思議なところは、そういう男だと思いきや最後の最後できちんと頑張る、という場所だ。そういうギャップにシノアリスは惚れた。惚れたが、シャネル・カブリオレが先にいたので手を出せなかった。


「……ひどい兄だな」


「べつに本物のお兄さんじゃないですけどね。それよりワンさん――」


「どうした?」


 2人は店の中に入っていた。


 しかしその途端に数人の男に囲まれて、武器を向けられていた。


「囲まれてますけど?」と、シノアリス。


 ワンは目を細めた。


「ちょうど良いじゃないか」


「なにが?」と、今度はシノアリスが聞く番だった。


「俺の強さを知りたいんだろ」


 そう言った瞬間、敵が襲いかかってきた。


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