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534 エピローグ3


 部屋の中には俺が1人でいる。


 昔から住むアパート。その一室だ。


 シャネルは俺がもらった年金をさっそく使いに行った、服を買いに行ったのだ。可愛い服を買ってくるからね、と言っていた。


 だけどシャネルのことだ、可愛い服なんかじゃなくていつものゴテゴテした服を買ってくることだろう。間違いない。


 俺は部屋の外を見ていた。


 ジメジメとした裏通り。だからこそ安いアパートなんだけど……。


 部屋の中にある服を見てみる。


 たくさんあるなぁ。


 この服一着がこのアパート1月分の家賃よりも高いのだ。


「大変だなぁ、男というのは。可愛い女の子のために稼がなくてはいけないだなんて」


 また外を見る。


 ふと、外を行く人たちの足が止まった。


 いや、止まったのは足じゃないな。時間だ。


 後ろに気配を感じた。


「そこにあるワイン取ってくれない? いっこふうが開いてるやつがあるはずだから」


「こちらですか?」


「そうそう、それそれ。ワインは酸化しちゃうから早く飲まなくちゃならないんだよ。知ってたか?」


「さあ、存じません」


 俺は後ろを振り向く。


 そして笑った。


 金色の髪に、大きな胸(シャネルの方がでかい)、そしてスラリと足の長いモデル体型。


「アイラルンは嬉しくてたまりません。シンクさん、おめでとうございます」


「……ワインのグラス、そこにあるでしょ? それもとって」


「どうぞ」


「あんたはどう、飲むかい?」


「けっこうです」


 そうかいそうかい、俺はグラスにワインを注ごうとする。すると、目の前にいる女はワイン瓶を素早く手に取り、グラスに血のような赤い液体を注いでくれる。


 注ぐ時、少しだけ胸元が見えた。


 ゆったりとした服を着ているから、かがんだら胸のたにまもその先も見えそうになるのだ。


「むうっ……」


 思わず視線が行ってしまう。


「まあ、エッチ」


「すいません」


 素直に謝る。


 いやはや、男というのは悲しい生き物だね。


「それでシンクさん。アイラルンは貴方にお願いがあるんですが」


「……なに? 言ってみろよ」


 言うだけならタダだよ。言われたからと言って叶えるとは約束できないけど。


「シンクさんが手に入れたスキルがあるでしょう? 『女神の寵愛』という名前の」


「ああ、あるね」


 いったいこいつは何の話をしているのだろうか。


「あの中の1つ、『女神の寵愛~触覚~』のスキルですが」


「金山を殺したから手に入れたやつだな」


 あんまりなにも試していないけど。


「シンクさんはそのスキルを使いこなせてはいませんね」


「べつに使いこなすつもりもないよ」


 こんな泥棒みたいなスキルいらないんだ。


「あら、そうなんですか? でもそのスキルがあればなんでもできますよ。この世のスキルを全て集めて、それこそ王様のように振る舞うことも」


「べつに興味ないね」


 それよりこのワイン美味しいね、と俺はグラスに入っている分を飲み干す。


「女性に好かれることも簡単ですよ」


「いや……まあそれは魅力的かもしれないけど」


「男性にだって」


「それはいらない!」


 クスクスと笑う女。


「無欲な方ですね、それでこそ女神が選んだ男です」


「べつに選ばれたって気もしないけどな」


「それでお願いの内容ですが。そのスキルで魔王が手に入れたスキルがあるでしょう? それを元あった場所へ返したいのです」


「ほう、そんなことができるのか?」


「できますよ、私は女神ですから」


「女神……ねえ」


 俺はからになったワイングラスに透かすようにして女神を見た。


 グラスの曲線で歪んだ女神の姿。それはまったく美しくないものだ。


「どうでしょうか? いえ、決断をすぐにとは――」


「いいよ。みんなに返してあげてくれ」


「えっ?」


「なんだよ。あんたが提案したことだろ。俺が乗るのがそんなにおかしいのか?」


「あ、いいえ……ただ即断即決だなと」


「べつにいらないもん、たくさんスキルあっても。いまの分で過不足ないし。あ、でも『武芸百般EX』のスキルはどうなるんだ? あれは俺のだよな」


「ああ、それははい。シンクさんに返しますよ。全部きちんと、この女神が責任を持って返させてもらいます」


「ふーん、あっそ」


「あっそって……」


「だって本当にどうでもいいから。あんたがもし俺の立場だったらいる、必要か? これから日常生活を送っていこう、復讐なんて終わりだって人生でスキルなんて」


「さあ、どうでしょうね。人間のことは分かりません」


「分からない? あんた、それマジで言ってるのか?」


「ええ」


 ふーん。そうかいそうかい。


 人間のことも分からない女神か。


 そんなことあるのかね。そんな女神にはついていけないな、俺は。


「なあ、俺から聞いていいか?」


「なんでしょうか?」


「あんた、誰?」


 俺がそう言うと、女神は両腕をだらりとぶら下げた。


 臨戦態勢?


 そういうふうに見える。


「ふふふ、アイラルンですよシンクさん。いままで一緒だったでしょう?」


「あいつはな、俺のことを『朋輩ほうばい』って言うんだよ。シンクさんなんてよそよそしい呼び方、初めて会ったときもしなかったよ」


「ふふふ……ふふふっ! そうですか、貴方たちってそんなに深い関係だったんですね」


「べつに、ただの共犯者さ」


 目の前の女神は本性を表した。


 俺の前にいるのは断じてアイラルンではない。


 先程まで金色だった髪は黒くなっており、その長さは地面までつくほどだ。体つきはどちらかというとスレンダーで、手足は細く長い。


 どこかで見た顔だ、と思った。


「さて、シンクさん。とりあえずスキルは全て回収させてもらいますよ」


「あんたもなかなか肝がすわってるな」


「女神ですからね、シンクさん」


「なあ、俺たちどこかで会ったか?」


「あら? もしかして私のこと、覚えていませんか」


「喉のここまででかかってるんだけどな」


「さて、私は誰(Who)でしょうか?」


 その瞬間、俺は思い出した。


「あんた、フーさんか」


「はい大正解です。ルオ以来ですね、榎本シンクさん」


 だが違うのだ、顔の形が。フーさんはこんな顔をしていなかった。


 もう少し温かみのある人だった。でもいま目の前の女神は、マネキンのような雰囲気で……。


「俺の知ってるフーさんはもう少し美人だったがね」


「あら、そうですか? あのときどんな顔にしていたのか忘れてしまいましたよ」


「はっはっは、そりゃあ良い。あんた本当に人間に興味がないんだな。でもどうしてルオにいたんだ?」


「それは簡単ですよ。英雄、チャン天白ティンバイを確認したかったのです。私はこの世界の管理者。英雄という存在はこの世界を動かす大きな力ですからね。ま、ついでにアイラルンが目をかけてる男というものがどんなものかも見ておこうと思いましてね」


「はは、なるほどね」俺は女の正体を察する。「あんた、ディアタナだな」


「これまた大正解、その通り。私こそこの世界をべる女神ディアタナ。貴方の活躍、陰ながら見ていましたよ」


「そうかいそうかい」


 女神ディアタナは鋭い目で俺を見た。


「もっとも、勝つのは金山さんとやらの方かと思っていましたけどね。まさかアイラルンの本命が貴方だったとは。それともあのアイラルンのことですから、なにかの手違いでしょうかね?」


「さあ、どうだろうね。俺はやれるだけをやっただけだ」


「まあ、なんでもいいですけど。とりあえずどうでしょうか、そのスキルはすべて返しますよ。お手を拝借」


「右か、左か?」


「どちらでもいいですよ」


 嫌な予感がした。


 なので断る。


「手は渡せないな。あんた、そんなことしないでもスキルは戻せるんじゃないのか?」


「あら、どうして?」


 このどうしては、どうして分かったのだ、という意味のどうしてだ。


「分からないけど、ただの勘さ」


「なるほどね。その通りですよ、シンクさん。貴方が同意さえしてくれればスキルは戻ります」


「なら同意だ」


「では――」


 その瞬間、俺の中から何かが消えた。


 それはなにかが損なわれたというよりもつきものが落ちたような感じだった。


「これで終わりか?」


「はい。これによりシンクさんのスキルはなくなりました」


「ありがとう」


「ちゃんとお礼が言えて偉いですね。さて、シンクさん」


 嫌な予感が強くなる。俺は刀を取ろうと腕を伸ばした。


「クッ――」


 殺される、とそう思った。


 根拠はなかった。


 ただあきらかにディアタナは俺に敵意を向けていたのだ。


「これで貴方は用済みですよ、大人しく消えてください」


 ディアタナがこちらに手のひらを向けた。魔力がたまっている、それくらい俺にも分かる。


 どうする、逃げるにしても時間がない。


 俺はとっさに顔面をかばうように腕を交差させた――。


 だが、ディアタナの攻撃が俺に当たる前に。何者かが間に割って入った。


 金髪がバタバタと魔力の圧に揺れている。


「アイラルンか!」


 次こそは本物だ。


 俺を守ってくれたのはアイラルン。渦巻くような魔力の障壁を前面に展開してディアタナの魔力の攻撃を防いでいるのだ。


「ぐぬぬ! 朋輩、応援! 応援くださいな!」


「お、応援?」


「ヒーローショーみたいな!」


 いきなりそう言われても……。


 つうか恥ずかしいし。


 いや、でもやるしかない。


「が、頑張れ!」


「もっと!」


「頑張れ~!」


「まだまだ声が小さいですわよ!」


「頑張れ!!!」


 その瞬間、アイラルンの魔力の障壁はディアタナの魔力を押し返した。


「ふんっ!」


「おお、すげえ」


 魔力は全て消えてしまう。


 そしてその先には無表情でありながらもしかし確かな怒気をはらむディアタナがいた。


「アイラルンですか」


「あらあら、ごきげんよう。これはこれは女神ディアタナ。わたくしの朋輩になにか御用ですか?」


「その人間はこの世界のガンよ」


「あら、怖い。それで女神様が直々に出張ってきて、わざわざ存在を消し去ろうと?」


「私にはこの世界を守る責任があります」


ひかえなさい。女神が直接人間たちのいとなみに手を出して良いと思っているのですか!」


「……では良いでしょう、人間の営みには人間たちに決着をつけさせます」


「最初からそうしなさい」


「アイラルン、貴方がここまで肩入れするとはね。そんなに私が憎いのですか?」


「憎いです、貴女に復讐をしたいほどに」


「やれるものならやってみなさい。決着は――代理戦争とします」


 ディアタナは消えた。


 そしてどうやら外では時間が動き出したようだ。


「ディアタナか……」


「いけ好かない女でしたでしょう?」


「どうだかね。でアイラルン、あんたは消えないのか?」


「え?」と、アイラルン。


「え?」と、俺。


「朋輩、いいニュースと悪いニュースがありますわ」


「じゃあ悪い方から」


「わたくし、これで魔力はすっからかんですわ。なのでもう消えることもできません」


「え、消えないの?」


「はい」


「それで、いいニュースって?」


「おめでとうございます朋輩!」


「なにが?」


 俺は嫌な予感がした。それはもう嫌な予感が。今世紀最大の嫌な予感が。


「わたくしとずっと一緒にいられますわよ!」


「うげえっ」


「朋輩、満を持してメインヒロインの登場ですわ!」


 波乱の予感。


 これ、シャネルにどう說明するんだ……!


これにて長かった第六章【魔王】はおしまいです!

第五章から通算するとどれくらいの分量になっているでしょうか。

ここまで読んでくださりありがとうございました!

明日から短編【異教徒】を更新していきます。

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