053 殺し屋との再会
それから数日して、今日は俺だけで冒険者ギルドへと来ていた。
シャネルはどうしたって?
それが今日は下着を買いに行くとかで一人で出ていったのだ。
そりゃあそうよね、下着なんて男の俺が連れて行かれても気まずいし。
でもさ、最初はどこに行くか言おうとしないものだから俺ちょっと疑っちゃって、どこに行くのかしつこく聞いたのだ。
で、恥ずかしそうにシャネルが、
「ブティックよ」
と、言って。
なんだ、また服かと思った。
「あのね……今日は肌着を買いに行くつもりなの。それとも、ね。一緒に来る?」
そんな事を言われて、じゃあ俺もとはならない。
「そうかい、行ってらっしゃい」
となったわけだ。
しかし俺は一人になって気がつく。
――やることがない。
いままでずっとシャネルと一緒だったからな、いざ一人になってみると何をすればいいのか分からない。感覚としては降って湧いた休日なのだが……。
「やることがない!」
なーんて、叫んでいてもしかたがない。
しょうがない、と思い立って俺は冒険者ギルドへと向かった。
まあ、あそこなら誰かしら知り合いもいるだろうし。だってこの前一緒に宴会したもんな。
と、思って来てみたんだけどなー。
ダメでした。
いやー、見事にあの日いた人たちがいない。
というか誰もいない。俺と受け付けのお姉さんだけだ。
俺ってば人見知りだし、お姉さんに話しかけることもできない。
「あー、なんか良い感じのクエストないかなー」
なんて独り言をつぶやきながら、依頼書の前をうろうろしてみる。
受け付けのお姉さんはあきらかにこっちに対して気を使っているのか、あえて話しかけないようだ。いや、話しかけられたらそれはそれで困るけど。
それにしても寂しい。
そもそも俺、この世界の文字読めないし。
なのにクエストの張り出された壁の前にいるのだ。
ときどき、それっぽく頷いてみたりする。
そして誰かが入ってくるたびに、もしかしたら知り合いかもと思いそちらに目をやる。
でも空振りばかりでやっぱり俺って運がないのね。だってラックのパラメーターが0だったし。
ちなみにギルドカードに記入されているパラメーターだが、更新のたびに5000フランかかるそうな。逆に更新するまでこの数字が変わらない、と。
なんてアコギな商売。クエストが終わった後とかに強くなったか気になってパラメーター確認してくてもお金がいるのだ。
一説によると、自分のパラメーターばかり気にして破産する駆け出し冒険者もいるそうな。
うう……確かにその気持は分かるぞ。俺も今日の朝ちょっと腹筋したし、パラメーター上がってるんじゃないのか?
「ま、そりゃあないな」
ひとりごとです。もうこのまま帰っちゃおうかな。だってこのまま一人でいても寂しさに押しつぶされそうだし。
俺ってウサギちゃんくらいのメンタルなんだよ。
こうなったら話し相手にアイラルンでも呼んでやろうかと思ったが、それはさすがにどうかと思う。すんでのところで理性が働く。
話し相手に邪神を頼るのはどうだろうかという気持ちだ。この一線、たぶん越えちゃダメだよ。越えたが最後、俺は一生陰キャだろう。
いや、今のままでも一生陰キャだろうけどさ。
なんて思っていたら、ギルドの奥のほうから知っている顔が出てきた。
あっちはたしかステータスを確認できるクリスタルが置かれている部屋だよな。
いや……それよりもあいつは……。
そのそれとなく知り合いかもしれないくらいの人間――人間なのか?――はニコニコと自分のギルドカードを見ながらこちらに歩いてくる。
そして壁に貼られた依頼書を見て、それからこっちを見て、そしてギョッとした顔をする。
「よ、よぉ……」
なんて言ったらいいのか全然分からない。
そいつはケモミミをしなっとさせながら、
「や、やあ……」
なんてけっこう可愛らしいアニメ声で言ってくる。そうだ、こいつはつい先日俺の命を狙ってきた半人だ。名前は当然知らない。
そのときは暗くて見えなかったけど、奇麗な亜麻色の髪をしていた。
「なにしてるんだ?」
このさいだから話しているが、え、ちょっと待って。俺ってこいつに殺されそうになったんだよな? こんなふうに話してる場合か?
相手の方もそう思ったらしく、なんだか奇妙なものを見るような目で俺を見てくる。
「な、何って。冒険者ギルドにいるんだからやることは一つだろう。依頼だよ、依頼。なんかお金になりそうな依頼がないか見てるんだ」
「へえ、冒険者だったんだ、お前。殺し屋とかじゃないのか?」
そいつはまるで怒ったように「やめろよ!」と声を荒げた。
「こんなところで本業の話しはするなよ」
そりゃあそうか。殺し屋なんて人に知られて良い職業じゃないもんな。
それにしても副業で冒険者やってるのか。まあ冒険者なんてギルドに登録さえすれば誰でもなれるようなもんだからな。現代日本で言うところの日雇い労働者だなんてよく言われるもんな。
「お前、俺のこと殺そうとしてるんだよな」
俺は自分でも妙な質問だなと思いながら聞いてしまう。
とはいえ半分は余裕があるからなのだが。もしここでこいつに襲われてもなんとかなるだろう。前のときのように夜でもなければ街路樹もない。正面からかち合えば負けることはないはずだ。
「ああ、あれはやめだよ」
しかしケモミミの半人は首を横に振った。
「そうなのか?」
「うん。依頼主のお金に余裕がなくなったらしくてね。依頼は取り下げさ。良かったね、あんた。僕を退けたんだ、このままだと次はもっと怖いのがあんたのところに行ってたよ」
「そりゃあ運が良いな」
でも俺の運ってたしか「0」だったよな。
なんにせよ、このケモミミちゃんは俺のことはもう襲うつもりはないらしい。
そのケモミミちゃん、なぜかあたりをキョロキョロと落ち着き無く見ている。
「どうした?」
「あ、あの女の人。今日はいないのか?」
「シャネルか? あいつはいま別行動中だ」
そういうとケモミミちゃんはホッとしたように胸をなでおろした。
「そ、そっか」
どうやらシャネルに脅しつけられたのがトラウマになっているらしい。そうだよな、あいつ怖いもんな。
「よし、そうと決まれば良かった良かった! おい、お前!」
「シンクだよ、ちびっちゃいの」
「ちびって言うな!」
だってちびだもん。身長なんて俺の胸より下しかないんじゃないか? 顔立ちも幼くて中学生くらいに見える。
こんなロリ獣っ娘に「お前」とか言われたらちょっと腹がたつぞ。いや、まあ子供が大人ぶってるようで可愛らしいっちゃ可愛らしいけど。
ケモミミちゃんはプンプンと怒ると、しかしすぐに機嫌を治したのか「すぐに伸びるさ」と捨て台詞のような言葉をはく。
「僕の名前はロマリアさ。仲の良いやつからはローマって呼ばれてるから、シンクもそれで良いよ。間違ってもちびっちゃいのなんて言わないように!」
「俺たちは仲良しじゃないだろ? お前俺のこと殺そうとしただろ」
ローマは下手くそな口笛を吹く。
「さあ、忘れちゃったぞ僕」
「なんだこいつ……」
変なやつ。いや、殺し屋なんてやってるんだ、常人ではないのは確かだろうが。
「シンク、お前いま暇か?」
ローマはいきなり聞いてくる。
その顔にはどこかいたずらっ子のような雰囲気があった。
……嫌な予感がする。




