532 エピローグ1
問題のあるなしに関わらず、悩みというものはつきないもので。
そりゃあ俺が悪いわけじゃないだろうけど。
とはいえ誰かが悪いわけでもない。
しいていうなら間が悪いのだ。
「なんていうかなぁ……」
俺たちは馬車に乗っていた。
「シンク、もっと怒ってもいいのよ!」
プリプリしているシャネル。
「いや、べつに怒ることでもないけどさ」
4人が座れるボックスタイプの馬車。俺の隣にはシャネルが、そして俺の前にはフミナちゃんがちんまりと座っている。
「シンクさん……本当は後悔していませんか?」
「そんなわけないだろ」
俺の斜め前、つまりはフミナちゃんの隣にはエルグランドが座っている。
エルグランドは涼しい顔で外を見ていた。
「べつにエノモト・シンクが発表しなくても良いと言ったのですから。私はなにも間違ったことはしていませんよ」
「なに言ってるのかしら、この男は。フミナちゃん、貴女の兄はバカなのかしら?」
「そ、そんなこともないと思いますが……」
「シャネル、あんまり言うなよ」
どうしてこんなにエルグランドが責められているかと言うと、つまりは新聞の発表のせいなのだ。
「だってこの新聞、見てよこれ。どういうことよ。読んでみるわね!」
シャネルさん……わざわざ新聞を持ってきたのか。
と、思ったら切り抜きだった。
「ここにはこう書いてあるわ!
『エルグランド・プルシャロン閣下直属の特殊部隊がグリース国総帥である魔王の討伐に成功。これにより長かった対グリース戦争は終結した』
どういうことよ!」
「べつに問題のある文面でもないでしょう。エノモト・シンクの名前は出ていません」
「そうだよ、シャネル」
俺はべつに有名になりたいわけではないのだ。ただ金山を殺せれば良かった。
「ダメよ! これじゃあシンクが貴方の下ってことになるわ!」
「それのなにが問題で?」
「シンクは特別部隊の隊長なのでしょう! なら貴方の下なんかじゃないわ!」
「シャネル、そんなことで怒るなよ」
「だって!」
「わかりました、今後は注意しますので」
「そうしなさい、まったく」
シャネルはまだ不満があるのか、イライラとしている。まあ美人だから、イライラしてても美人なんだよ。
ちなみに俺たちがいま馬車で向かっているのはガングーの待つ宮殿だ。
今日はそこでパーティーがある。
パーティーというか、厳密にはこの度の戦争での功労者に勲章を授与するための式典なのだが。
俺ももらうよ、勲章。もちろんだけど。
本当はいらないんだけど、どうやらそれを受け取れば年金といって毎年お金ちゃんが貰えるようになるらしいのだ。年金って歳をとったらもらえるやつだけじゃないんだね。
なんでも冒険者でももらうのは俺が初めてらしい。
ついでにシャネルも勲章を貰えるという話だったけど、シャネルは普通に断っていた。なんでもガングーの子孫たる自分が他の人間からお仕着せの勲章をもらうわけにはいかないのだとか。意味が分からないけどね、そういうことらしい。
「もったいない」
と、俺は思うのだけど。
「なにか言った、シンク?」
「いいや、なにも」
シャネルに文句を言ってもしかたない。自分の決めたことに関してはとにかく頑固な子だからね。
馬車は道を我が物顔で進んでいく。プル・シャロンはドレンスではかなりの名門貴族で、その紋章が入った馬車が通っていれば誰だって道を開ける。
けれど、そんな馬車に横付けして一緒に進む馬があった。
「おう、兄弟!」
ティンバイだ。
俺は馬車のマドを開ける。
「やあ、なにしてるの?」
「なにって決まってんだろ。いまから宮殿に行くんだよ」
いや、むしろだからこそ何をしているのか聞いたんだけど。なんでもう宮殿にいないで外に出てるのさ。
あ、そうか。ティンバイもシャネルと同じで勲章を断ったんだった。
けれどその代わり、部下たちへの報酬を要求したそうだ。もちろんガングー13世はそれを受けたという。助けてもらったからね、当たり前だよね。
ちなみに、他の馬賊たちはパリィの郊外で集団で宿をとっているらしい。
「エルグランド殿、悪いが宮殿まで馬を並べさせてもらうぜ」
「ご自由にどうぞ」
エルグランドはティンバイのことを認めているので、そういうことも許す。他のやつがやれば不敬だのなんだのと言うと思うのだけど。
「それにしてもすごい人気だな」と、俺はティンバイに言う。
「あん?」
「ほら、周り」
ティンバイを見ると、パリィの人たちは黄色い歓声を上げた。
それは間違いなく好意的なものだ。いつの間にこんなに人気になったのだろうか。
「そういえばあの男も新聞に出てたわね」とシャネル。
「え?」
「異国の英雄の活躍、とかいう見出しで。写真つきだったわね」
「そうなのか?」
「まあな」
なるほどね、それでこの人気だ。
けっきょくティンバイは宮殿につくまでずっと同じ調子でみんなからの声援を受けていた。
で、宮殿。
俺たちは馬車からぞろぞろと降りて、大広間の方へ。
そこはこの前もパーティーで使われた場所だ。たぶんそういうための部屋なのだろう。
部屋の中には海の上にポツポツと浮かぶ島のように、テーブルが置かれている。そのテーブルそれぞれに豪華な料理が並べられていた。
中に入ればたくさんの人がいて、まあ見知った顔も知らない顔もいろいろあった。
その中でも最初に声をかけてきたのはシノアリスちゃんだ。
「お・に・い・さ・ん!」
なんだか誘うような調子で手招きしている。
「ああ、シノアリスちゃん」
シノアリスちゃんのいるテーブルには他に王が仏頂面で立っていた。なにか食べているのかと思えば、肉がなくなって骨だけになったものをガリガリと噛んでいた。
「兄弟子も元気そうで」
「お前もな」
「ちなみに私たち、今日はこのパーティーに呼ばれてませんよ」
「じゃあなんでいるんだよ」
「お兄さんの晴れ姿を見ようと思って」
たぶんウソだ、料理を食べに来ただけだろう。
いや、でも本当なのかも? シノアリスちゃんの目からはなにも読み取れなかった。
「それにしても良かったな、弟弟子。その刀が見つかって」
「ん? ああ、ありがとうね。王さんが見つけてくれたんだろ?」
金山により壊されたグリースの宮殿。その瓦礫の中に大事な刀が埋まってしまっていた。
戦いの後の俺はそれを捜索している余裕なんてまったくなくて、気がついたときに王が刀を見つけてきてくれていたのだ。
「礼を言われるようなことじゃないさ」
「いや、でも感謝はしている。ありがとう」
俺は頭をさげる。
すると王は気恥ずかしそうに口の中から骨を出した。
話をしていると、周りから続々と俺の知り合いが集まってきた。
ローマにミラノちゃん、リーザーさん。そしてフェルメーラ。
こうして見れば俺ってけっこう知り合い、多いかも……。
なんだかこの異世界に来たばかりの頃からじゃ考えられないね。
「そろそろだよ、隊長」と、フェルメーラがからかうように言う。
「隊長って……まあいちおうそうだったけど。部隊、任せっきりでごめん」
「いいさいいさ、おかげでこうして勝利の美酒が呑める」
金山が死んだその時を同じくして、ドレンスに進行していた魔族たちはそのほとんどが活動を停止した。敗戦を受け入れたわけではなく、機械の電気を切るみたいに動かなくなったのだ。
どうやら下級魔族たちは多かれ少なかれ金山から魔力を提供されていたらしい。
まあなんだ、俺がやったことで上手くいったらしい。
それで良かったのだ。
「さて、そろそろ授与が始まるんじゃないかな?」
フェルメーラが言う。
「そうですね。エノモト・シンク、準備をしておきなさい」
「準備ってなにさ?」
べつになにかしなければいけないことがあるわけでもないし。
大広間の照明が少しだけ落とされた。そしてガングー13世が出てくる。
長い、長い、まるで校長先生のような話をガングー13世は始めた。
俺は途中で眠ってしまいそうになるのをこらえながら、自分の名前が呼ばれるのを待った。どうやら名前を呼ばれたら、ガングー13世のいる壇上へと上がって勲章をもらうというルールらしいから。
なんだか卒業証書の授与式みたいだなと思った。
それにしても待てど暮らせど名前が呼ばれない。
なんでだろう……。
もしかして忘れられてる?
「そうセワセワしてないで、落ち着いてシンク」
「してるか?」
「してるわよ」
シャネルに注意されてしまう。
「兄弟はあんがいとあがり症なんだな」
「うるさいな」
あー、名前が呼ばれない。いっそのことこのまま呼ばれないほうがありがたいとすら思った。
でも名前は呼ばれた、ちゃんと。
しかもそれは最後の方で。なぜかというと。
「あら、シンク。あなたレジオンドヌール勲章をもらうのね」
「レジ……なにそれ?」
エルグランドが露骨にため息を付いた。
「このドレンスでもっとも名誉のある勲章ですよ」
「え、マジで!?」
つまり一等賞? 金メダル? なんかすごいな。
俺は緊張を隠せず、ガチガチのままガングー13世の前に行く。
「榎本さん、これを」
ガングー13世は小さな声で俺に言う。
俺が受け取ると、長々とした口上をガングー13世はたれだした。
その間、俺はもらった勲章を光にあててじっくりと見てみた。
なんだかトゲトゲした、仰々しい勲章だ……。
ふと、俺は思った。
こんなものをもらって、俺はこれからどうすればいい?
俺の目的は全て達せられた。復讐すべき5人をすべて殺した。
ならばこの後は……?
勲章はなにも答えずに、ただキラキラと輝いているのだった。




