531 ありがとう
活動報告書きました。
握られた拳はいまにもほどけそうで。
それでも俺は気合だけで戦っている。
「ごちゃごちゃ言いやがって……」
金山は立ち上がり、殴りかかってくる。
だが相手もかなり披露していて、蚊が止まるような攻撃だ。もともと足場も悪いこともあり当然のように攻撃は当たらなかった。
俺は冷静なままだった。
金山の拳が当たる前に、ギリギリのタイミングで拳の当たらない場所へと移動している。
そして俺は無防備な金山の横っ面をカウンター気味にぶん殴った。
軽い体だった。
金山は吹き飛んだがそれでも受け身はしっかりととってみせた。武術の心得がある、よく考えてみればこいつは俺の『武芸百般EX』のスキルを奪っていったのだ。
そのわりには使いこなせていない。
強い武器をたくさんもっていても、それを有効に使えないならば意味がない。
「立てよ、立って向かってこいよ」
俺は言う。
倒れている金山に追撃をすることは簡単なことだ。でもそれは俺の流儀に反する。
「ふざけんなよ!」
金山は立ち上がろうとはせずに、その場で泣き叫ぶようにわめいた。
ふざけるな、ふざけるなと現状を認められないようだ。
「来いよ!」
俺も叫ぶ。
その瞬間に、口の中が血でいっぱいになる。鉄臭い味に頭がクラクラする。
「お前なんかに、お前なんかに!」
金山は立ち上がった。
そのままこちらに真っ直ぐ向かってくる。もう魔力もないのだろう、拳を振り上げて、必死の形相で。
よけることはできなかった、体が動かなかったのだ。
金山の拳が俺の頬をはる。倒れ込む俺。
「ざまあみろ!」と、金山。
「うるせえ!」
そして俺は立ち上がり、また拳を振り上げる。
まだ『水の教え』は俺の中にある。それでも体の方がついていかないのだ。
息が切れる、と同時に体中が痛い。それでも俺は拳を握りしめて、どこを狙うだとかではなく金山を殴りつける。
どちらもすでに避ける体力もないのか、ノーガードの殴り合いだ。
まるで子供のケンカみたいだった。
――ああ、そういえば俺。こいつとこんなふうにケンカしたことなんてなかったな。
もしかしたら、どこかの段階でこうしていたら。また違った結果になったかもしれない。
憎しみ合って殺し合うようなことではなく、もっと普通の高校生みたいな……そんなケンカができたかもしれない。
けれどいまは――無理だ。
金山の手が俺の体に触れそうになるその瞬間、魔法陣が出現した。
まばゆいばかりの光であたりを照らす、幾何学模様の魔法陣。
その魔法陣に手を突っ込んだ金山。当然の結果として金山の手が消滅する。
「ぎゃっ!」
慌てて下がる金山。
そして追う俺。
俺は殴りつけようとするが、瓦礫でバランスを崩した金山はその場で転けた。それで俺の方も体の支えになるものをなくして、前のめりに倒れる。
互いに倒れて、立ち上がれない。
「クソ……榎本、死ね!」
金山が倒れたまま呪詛の言葉をはく。
俺はその言葉に対する反感を力に変えて、立ち上がった。
「分かってるんだ……」と、俺は言う。
「なにがだ、いじめられっ子が」
金山も立ち上がる。
「お前、俺のことを恐れてたんだろ。怖がってたんだ」
「そんなわけあるか!」
「いいや……お前は俺を怖がってた。だから前のときだって、最後の最後で俺から逃げた。違うかよ」
金山は俺にとどめをさすことができなかった。
それで自分では手をくだせずに、カーディフを呼んだのだ。もっとも、それで入ってきたのはココさんだったが。俺とシャネルはココさんに助けられて、辛くもグリースから逃げることができたのだ。
でも本当は、金山が俺を殺すこともできたのだ。
「いまだってそうだ」
金山の足は俺から離れようと動く。
金山の目は俺から視線をそらしていく。
金山の口は何か反論しようとするが、なにも言えずにいる。
「俺は……俺は……榎本、お前のことが!」
「なんだ、言ってみろよ」
「嫌いなんだ、殺したいほどに!」
金山が最後の最後、出がらしのような魔力を振り絞る。
スキルで消された腕の部分から、魔力が吹き出して、青白い炎のようにゆらめいた。その炎がやがて巨大な剣の形をとる。
青い炎の剣だ。
「俺はな、金山――」その剣を俺はほとんど片目だけで見る。「――本当は、お前のことが羨ましかったんだよ」
振り上げられる青い炎の剣。
それは避けなくても俺のスキルでかき消えるだろう。
だがそれではダメだと思った。そんな決着の付け方ではダメだと。
俺の方も残った魔力を全て右の拳に送り込む。そんなことやったのは初めてだったが、これが意外とうまくできた。
ヒントはあったのだ。金山がリボルバー拳銃で使った『グローリィ・スラッシュ』、あれを真似ればいいのだ。
感覚としては剣に魔力を送り込む代わりに、自分の体に魔力を送るだけ。
「死ね、榎本!」
俺はこんなときでも、昔のことを思い出していた。
子供の頃。
まだ俺たちが仲良かった頃。
金山には優しい親がいて、夕方になれば金山のことを公園まで迎えに来てくれていた。
俺の親は仕事で忙しくて、そんなことはしてくれず。俺はいつも1人で公園に残っていた。
それがなんだかすごく寂しいことに思えて、笑って「ばいばい」と言いながら、俺はいつも泣きそうだったのだ。
けれど少しだけ大人になったいま。
俺にも金山にも迎えに来てくる人はいなくて。
とくに金山は1人ぼっちだ。
「隠者一閃――」
青い炎の剣が振り下ろされる。
その軌道を見切って、俺はすでに攻撃の当たらない場所にいた。
そして金山の目と鼻の先まで接近し――。
最後の必殺技を放つ。
「『グローリィ・スラッシュ』」
俺の拳が金山の腹をうがつ。
すべてを消し去っていく。
俺の手に、感触はなかった。おそらくだが、金山の方も痛みは感じなかったはずだ。
あとには何も残らなかった。
金山は綺麗サッパリ消え去り、俺だけが残った、勝ったのだ。
「終わった……」
夕日が落ちてきた。
日の入りだ……。
俺はもう立っていることもできなくて、その場に倒れ込む。
だがそんな俺を抱きしめてくれる人がいた。
「お疲れ様でした、シンク」
なんだか柔らかい。
この世にこんなに柔らかいものがあるのだろうか……? なんだこれ?
「よ、ご……れるぞ」
自分でも気にするところはそこかと思ってしまう。
けれどシャネルは自分の服を汚されたときは怒るから、気になってしまったのだ。
「いいのよ、シンク」
俺はシャネルに抱きしめられていた。
「終わったよ、全部が終わったんだ……」
「ええ、そうね。帰りましょうか」
シャネルは俺を迎えに来てくれたのかと思った。もちろんそんなことはない、シャネルはずっと一緒にいてくれたのだから。
「大変だったけど、ここまで来られたよ。みんなのおかげだ」
「ええ、そうね大変だったわね。シンク、貴方が復讐をするところを見るのはこれで2度目だけど、毎回そんなに悲しそうな顔をしているのね」
「えっ?」
俺はなにを言われているのか分からなかった。
ふと、目からなにかがたれているのに気づいた。最初、それは血かと思った。けれど違った、それは涙だった。
どうして俺、泣いているんだろうか?
分からない。
金山を殺したことに後悔はないが……。
「少し傷を治しましょうか」
シャネルが魔法を使って、俺の傷を癒やしてくれる。
けれど全部は治せないみたいで、まあ痛みは消えたけど。
「ありがとう」
「どういたしまして」
遠くから俺たちを呼ぶ声が聞こえた。
「お~い! お~い! あっちの方からニオイがするぞ!」
まず、ローマの声が聞こえて。
「おおい、兄弟!」
ティンバイが手を振っていた。
「あ、お兄さんがいましたよ」
シノアリスちゃんもいて。
「…………」
その後ろには王がどこか俺を認めるような表情でついてきていた。
俺は4人に無事を示すために手をあげた。
「勝ったぞ」
みんなに伝える。
でも、厳密には勝てただと思う。
みんながいたからここまで来られた。
そして勝つことができた。
決して俺1人の力じゃない。
だからこそ。
「ありがとう」
と、そう付け加えるのだった。




