表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
537/783

530 奪われぬもの


 瓦礫の上に、金山は立っている。


 気配でそれが分かる。


 だが視線を向けることはできない。そんな体力がないのだ。


「はあ……はあ……。死んだか? 死んだのかよ、榎本」


 金山がなにかを言っている。


 そうだ、こっちへ来い。いきなり斬りかかって殺してやる。


 ……ダメだ。


 体が動かない。そもそも刀もどこかへいった。


「しぶといやつだと思ってたけどよ、死ぬときはけっこうあっさりだったな。あはは、ざまあみろ!」


 体のどこかを蹴られた。


 けれど感覚がほとんどなくなっていて、どこを蹴られたのかもよく分からなかった。


 ふざけるな、と言ってやりたかった。


 けれどそんなことすら言えない。それくらいに俺はボロボロだった。


「なんだ、お前は生きてるのか」


 金山が誰かに言う。


 誰か、そんなの1人しかいない。


 ――シャネルだ。


「腹の立つ顔だな、少しは怯えたらどうだ?」


 金山の言葉にシャネルは何も答えないようだ。


「武器でも構えたらどうだ、どうせ無駄だがな」


「………………」


 シャネルはまだ無言だ。


 それに金山は激昂した。


「ふざけているのか! お前も殺すぞ!」


「お前も、ですって」


 シャネルはやっと答えた。笑っているようだった。


「なにがおかしい!」


「死んでるわけないでしょ」


「なに?」


「すぐに立つわ」


 シャネルの言葉に、俺はゆっくりと立ち上がる。


 いまにも倒れそうな俺。


 というか倒れたい。


 けれど、シャネルにそうやって期待されると俺は裏切ることなどできない。


「立つわけねえだろ! お前は本気でそんなことを思っているのか」


「心配なんてしていないわ――」


 金山は俺に背を向けていた。


 その少し先に、対面するようにシャネルが立っていた。


 シャネルも傷をおっていた。美しく、白い肌に無数の切り傷、擦り傷を受けていた。


 いつも綺麗にされていたゴスロリのドレスは汚れきっていた。


 こんな姿のシャネルは初めて見る。


 だが、そんなシャネルの表情はいつも通りの美しいもので。


「――どうせ勝つ戦いよ」


 そしていつも通り、俺のことを信じてくれていた。


 金山はなにかに気づいたのだろう、ゆっくりとこちらを振り返る。


「な、なんで……どうしてだ!」


「……な、やま」


 金山、と名前を呼ぼうとした。


 だが声すらろくに出なかった。


「さっさと死ね!」


 金山が腕を動かすと、そこらへんにあった瓦礫が浮き上がり俺に向かって飛んでくる。


 だがその瓦礫は『5銭の力+』によってはばまれた。


 俺はそれを、なんだか妙な気分で見ていた。


 なぜスキルが発動したのか分からなかったのだ。


「クソ、クソ、クソ!」


 金山は怯えたように攻撃を連発する。


 しかしその全てが魔法陣によってかき消えた。


「なぜだ!」


 と、金山は言うが。俺はすでに理由を察していた。


 なに、簡単なことだ。


 ただ俺がもう死にそうだというだけ。


 瀕死の状態、気力だけで立ち上がっているから何をされても『5銭の力+』が発動する。


 金山がリボルバーを撃とうと。


「なんで消えるんだよ!」


 金山が五行魔法で武器を出そうと。


「こんな小さな剣まで!」


 普通の属性魔法だろうと。


「火も水も木も金も土も!」


 なにもかもが消えていく。


 なんなら瓦礫につまずいて転けたとき、俺の下にあった石だって消えた。


 転けた俺は、体中から血をだしながらもなんとかもう1度立ち上がる。


「ふざけるなよ! 俺は、俺はお前なんかよりも強いんだぁぁぁぁ!」


 金山はもう無茶苦茶に叫びながら、無駄だと分かっているのかいないのか、俺に無数の攻撃を浴びせてくる。


 それらは全て消え去って。


 その変わりに俺の寿命が消えていく。すでに俺はオケラ。つまりお金なんて持っていないのだ。だから俺はいま、自分の命を削ってこの攻撃を消し去っている。


「便利なスキルだよな」


 と、俺は呟いた。


 本当に小さな、か細い声だったが金山にも聞こえたようだ。


「このチート野郎が! ふざけんな、そんなスキルあってたまるか!」


「あるんだな、これが」


 俺はなんとなく察した。


 このスキルは俺の寿命をっていく。だがその寿命はどれくらいなのか、分からない。


 お金の場合は分かりやすい。5銭だ。そして5銭というのは時代にもよるが、まあ言ってしまえばはした金だ。円の下の単位、俺たちのいた日本だと為替取引でくらいしか聞かなかった。


 つまり、だ。


 もしもこのスキル、お金がないときに代わりに寿命が減るというのならば、それは本当に微々たる量の寿命ではないのか? 1日? それとも1時間? 1分? あるいは1秒かもしれない。


 実際のところは分からない。


 だがこれは俺の勘だが、このスキルにより減る寿命はそれこそ秒よりも極小の単位である。つまり――ほぼ無限に等しい回数、この『5銭の力+』のスキルは発動する。


 やがて、金山の攻撃は止まった。


 そして俺の前には顔を青くした金山が息を切らせて立っていた。


「な、なんでだよ。こんなにやった。ありったけだぞ!」


 ついにこのときが来たのだ。


 燃料切れ。


 たしかに金山は膨大な数のスキルを持っている。それこそ本人ですら全てを把握しているのか分からないくらいに。だが無限ではないのだ。


 魔法を使い続ければいつかは魔力も枯渇する。


 俺がグローリィ・スラッシュを使い続けたときのように、金山もヘトヘトになっているのだ。


 ヘトヘトの金山は、俺に怯えたのかその場に転けた。


 俺はいまがチャンスと足に力を入れる。だが、俺も転けた。


 こっちは魔力じゃなくて、体力的にもうダメなのだ。というか死にそうなのだ。それでも立ち上がる。金山の先にはシャネルがいて、シャネルは祈るような表情で俺を見ていた。


 さっきは勝てる戦い、なんて言っていたが、本当は少し不安なのかもしれない。


 俺はそんなシャネルの不安を払拭ふっしょくするように、また立ち上がる。「大丈夫」と、自分に言い聞かせると同時にシャネルに伝える。


「俺にだって、俺にだってそのスキルがあれば!」


 金山は逃げるように立つと、俺に向かってそこらへんにあった石を投げたきた。


 魔力もなにもこもっていないただの石。


 だがそんなものですら俺に当たる前に複雑な模様の魔法陣が出現して、消え去る。


「他人のものを欲しがって……なんになる」


 俺は金山に問う。


「俺が、幸せになる! お前を下にして、俺は上になる!」


「幸せか……それ事態は悪いことじゃないさ」 俺は拳を握りしめた。「けどさ、金山。他人を不幸にしてまで自分の幸せを求めることは間違いなく悪だ!」


 もう喋ることすら辛い。


 けれど俺は金山に伝えなくてはならなかった。


 かつて友だった――親友だった男にどうしてもこれだけは伝えなくてはならなかった。


「説教なんてするんじゃねえ! 俺を下に見るな!」


「べつに下になんて見てないさ……金山、お前が卑屈なだけだ。俺をイジメて立ったんだろ、俺の上に。なら堂々としてろよ」


 言いながら、俺の口からは血が出た。


 血が出たら、なぜか視界が半分赤く染まった。なぜ口から出て、目が赤くなるのか分からない。もしかしたら片目も血だらけなのかもしれない。


 そんな俺に比べて、金山は体だけは綺麗なままだ。


「俺は、全部を手に入れたんだ! スキルも、地位も、この国さえも! それなのになんでお前なんかに負けるんだよ!」


「お前は色々なものを他人から奪ったさ。けれどな、ただ1つだけ奪えないものがある」


「そんなものない!」


 金山が腕をかかげると、どこからともなく剣が現れた。


 それは金山自慢の一品、ダモクレスの剣だ。かつて英雄ガングーが持ったこともあるという、まあ言ってしまえば由緒正しい、オモチャだ。


「それは経験だ――」


 金山の握った剣が魔力をまとう。


「覇者一閃――」と、金山が叫ぶ。「『グローリィ・スラッシュ』!」


 どこか暗い色をした青色の魔力の波が、俺に襲いかかる。


 それらは全て、俺の前で消えていく。


 なにも残らない。


 金山は最後の魔力を使い果たしたのか、その場に膝をついた。あれだけ自慢していたダモクレスの剣も、金山が注ぎ込んだ魔力に耐えられなかったのか、粉々になった。


「1度得た知識は、誰にも奪うことはできないんだ。欲しいものがあれば他人から奪えば良いという考えは間違いだ」


 きっとこの世界に来たばかりの俺では金山に勝つことはできなかった。


 けれどいまの俺は違う。


 いろいろなことがあった。


 出会いも、別れもあった。


 嬉しいこと、悲しいこと。


 笑った分だけ、泣いたかもしれない。


 復讐に燃え、そして同時にその復讐というものに疑問を持つこともあった。


 そして清濁せいだくあわんで俺はいまここにいるのだ。


 ――我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか。


「いまなら分かるよ。俺たちはあっちの世界から来た。俺たちは互いに似ている、復讐者だ。相手を許せなくて――友達だったのに許せなくて。こうして決着をつけるんだ、そして勝ったほうが未来へと進んでいく」


 立てよ、と俺は金山に言った。


 お互いに武器はない。


 徒手空拳だ。


 けれど男のケンカ、最後くらいは殴り合いで決着をつけようじゃないか。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ