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529 神の枝


 金山の腹部からボタボタと血が出ていた。


「へえ、お前も血は赤いのか」


 俺は体を打ち付けた衝撃の痛みに耐えながら、ダメージをさとらせないように言う。


 金山は何も答えない。ただ、無言で自分の腹に手を当てた。


 まるで腹の減った人間がするように、なんてことのない動作で。


 その手が腹から離れたとき、傷は消えている。


「血、なんのことだ?」


 と明らかなウソを言う。


 いや、意外とそうでもないかもしれない。血はそこらじゅうに撒き散っているが、そもそもどちらのものかも分からない。


 見た目だけなら金山は無傷なのだから。


 いったいいつまでこんなことを、と思ってしまう。


 金山を倒す、その決定的な手段がない。


「シンク――」


 いつの間にかシャネルが近くにいた。


 敵にばかり夢中でシャネルがどこにいるのか分かっていなかった。


「下がってろ」


 と、俺は金山から目を離さずに言う。


「ええ、すぐに下がるわ。でも少しだけ」


 そう言って、シャネルは俺の体に水属性の回復魔法をかけてくれた。


 傷が回復して、痛みがなくなっていく。


「ありがとう」


 ただ、これってちょっとズルなんじゃないかとも思った。


 俺だけサポートしてもらえるなんて。


 いや、これは男同士の戦いであると同時に戦争ですらあるのだ。卑怯もクソもない。


 傷がある程度治ると、シャネルは俺から離れる。


「ダサい男だぜ、女に手伝ってもらわないとダメなのかよ!」


 俺は鼻で笑う。


「お前と違ってよ、仲間が多いんだ」


「仲間だ?」


「あ、知らねえか。仲間ってなにか」


「そんなもんはな、弱いやつが集めるもんなんだよ!」


「それは昔のお前だろ? 弱いから群れて、それで俺をイジメた。でもな、俺の仲間はそういうのじゃないさ。現にいま!」


「っ――」


「俺はここに1人でいる!」


「調子にのりやがって!」


 金山が巨大なギロチンの刃のような斧を2振り、出現させた。その刃にはジャラジャラと重たそうな鎖がついている。その鎖の1つ1つが人間くらいの大きさで、斧は大型トラックみたいだ。


 おそらく、不規則な動きでこちらの読み筋を外すのが狙いだろう。


 だが金山は勘違いをしている。俺の『水の教え』はなにも相手の動きを予想しているのではない。もっと概念的なものだ。


 そもそも水に決まった形はない。空に浮かぶ雲に決まった形がないように。


「ふうっ……」


 ため息をひとつ。


 そして、俺は前に向かって走り出す。


 周囲から襲いかかる巨大な斧の刃、そんなものは当たらない。


 そして金山が握る2丁拳銃から放たれる魔弾、そんなものも当たらない。


 いっきに距離をつめる。刀で斬ろうとしながら、それはフェイクだ、モーゼルを取り出して至近距離から乱射した。


 だがそれはまた見えない壁に阻まれた。


 その壁が、そのまま俺に迫ってきた。ラケットで叩かれたバトミントンの羽根はねのように俺は飛ばされた。


 が、空中で体勢を立て直す。


 向かってくる大斧を『グローリィ・スラッシュ』撃退する。


 これで2度目の大技だ。おそらく、撃ててあと2回。いや、次で終わりか?


 なんにせよ魔力が枯渇してきた。


 俺は着地して、もう一度金山に向かう。


 ここまでのことを整理する。あの見えない壁には刀を。そして金山自身にはモーゼルの弾を。こうすれば壁も壊せるし、金山に吹き飛ばされることもない。


「はあ……はあ……」


 とはいえ、ここまで来るのに体力、魔力をかなり使ってしまっているのもまた事実。


「榎本、まさかお前がここまでやるとは思わなかったよ」


「うるせえ」


 戦いの最中にペラペラと。


「だけどな、そろそろ飽きたよ。俺はね」


 その瞬間だ。


 嫌な予感。いや、違う。これは『虫の知らせ』というやつだ。


 金山が両腕を前に突き出して構える。


「五行魔法――」


 詠唱もなしに魔法を繰り出せる金山が、わざわざ詠唱をしている。


 その事実に、俺はやつがなにかとんでもない魔法を使おうとしているのだと理解した。


 そしてその魔法は俺を狙ったものではない。


「シャネル!」


 俺は叫んだ。


 そして同時に走り出す。


 金山がどんな魔法を使うのかは分からない。だがなんとしてもシャネルを守らなければならないのだ。


「――『神のデウス・ラームス』」


 俺はなんとかシャネルの前にかばうように立つ。


 金山の手から離れたのは、まるで枝分かれした木のような、光だった。


 それらが不規則な模様を描き、周囲を包み込む。


 その枝はどこへ向かうのか、誰にも分からない。


 ガリガリと周囲を削りながら。天井や壁をまったくお構いなしに崩していく。


 ふざけている、宮殿が壊れることなどまったく眼中にないようだ。


 枝のいくつかは俺に当たる。体中がえぐられていく痛み。シャネルを抱き寄せて、金山に背中を向けた。いくつかの枝は俺に当たった瞬間に魔法陣によって防がれた。


 だが、無数の枝は俺の体を細かく削っていくのだ。


 逃げられない。


 これは無理だ。


 あるいは俺1人ならばすべての枝をよけることは可能だっただろう。だがシャネルを守りながらは……それが金山の狙いなのだ。


 やがて、宮殿は崩れた。


 嵐にさらさらたように、体中にむちゃくちゃに色々なものがぶつかってくる。


 天井の石なのか、それとも柱の石なのか。


 とにかくもう、洗濯機の中に入れられたみたいで。


 それでも俺はシャネルだけは離さないつもりだった。


 やがて周りが真っ暗になって――。


 俺はもしかしたら自分が死んだのではないかと錯覚する。


 けれど俺の意識はあった。


 死んではない。


 瓦礫の中にのびているが、まだ生きていた。


「ううっ……シャネル?」


 その声が、自分の口から出たものだとは思えないほどにか細い。


 痛い、痛い、体中が。


 けれどその痛みのおかげで意識を失わずにすんでいる。


 そういえば、昔もこんなことがあったなと思った。そう、あれは月元と戦った時、あいつは町中で『グローリィ・スラッシュ』をぶっぱなしたんだ。


 あのときは本当に死ぬかと思ったね。


 そしていまもだ……。


 シャネルはどこにいる? どこに?


 俺は周りを見るために首を動かすこともできない。


 どうやら宮殿は完全に壊れてしまったようで、明るい青空が俺に光を降り注がせていた。


 ふと、影が落ちた。


 誰だろうか、シャネルだろうか?


 だが違う、シャネルの気配ではない。


 そこに立っていたのは金山だった。


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