527 透明な壁
心が凪いでいる。
迷いはない。
脇見もしない。
ただただ金山を殺すために俺は前に出た。
「なんだよ、まだ来るのかよ」
金山は笑っていた。
けれど俺が近づくにつれて、その顔からニヤケた歪みが消えていく。どこか切羽詰まったような様子で剣を構えた。
「なんだよ、腹たつ顔しやがって!」
腹がたつ? 俺がか?
いったい自分がどんな顔をしているのか分からない。
だがよく考えてみれば金山の前でこんなに心が冷静になっているのは、『水の教え』そのものを発現させれたのは初めてだ。
人間は自分の理解できないものを恐れるという。
どうだろうか、目の前の金山は恐れているのだろうか?
だとしたら、こいつにも人並みの感情が残っていたということだ。
「近寄るんじゃねえ!」
金山が叫んだ。
と、思うと背後から無数の剣が出現した。詠唱もなく五行魔法を発動させたのだろう。
その剣はいっせいに俺をめがけて飛んできた。
だがそんなものは俺には当たらない。よけたのではない、俺が最初からそれの当たらない位置にいた、ただそれだけだ。
「なっ!」
金山が驚愕に目を見開いた。
こうして冷静になって見て思う。
この男はなんて余裕のないやつか。俺が復讐したかった相手はこんなに小物だったのか、と。
「向かってこいよ。そんな離れてちゃ当たらないぜ」
俺は自分からも金山に近づきながら、そう言う。
「クソっ!」
金山が古めかしい回転拳銃を抜いた。
こと早打ちにかんしてはオートマチック拳銃よりもリボルバー拳銃の方が有利というのは、まあ常識ってやつかもしれない。
だとしても負ける気はなかった。
金山が銃を構えている。その刹那とも言える時間の中で、俺ははっきりと金山の動きをとらえた。体は自然に動く、よけるという動作をしたわけではなく、ただ当たらない場所へと移動している。
1発目が放たれた。
俺にはあたらない。
2発目がくる。
それも大丈夫。
この段階でやっと俺はモーゼルを構え終わった。
引き金を引き、こちらの弾丸が発射されていく。
今度も途中で止まるかと思った。だが金山はわざわざ回避行動に出た。
――なぜだ?
俺の冷静な頭は戦いの中で分析を試みる。だがすぐさま考えても仕方のないことだと気持ちを切り替えた。どこかで察するまで、このまま戦いに集中するべきだ。
「当たるかよ、そんなペンペラ弾!」
「そうかい」
あくまで冷静に、金山に言うというより独り言として俺は答える。
3、4発と弾丸が飛んでくるがなにあちらの攻撃だってこちらには当たらないのだ。
俺たちは互いに接近しながら弾を撃ち出してく。
あちらが2発撃つたびに、こちらが1発という頻度。手数はあちらの方が多いが。 それに金山にはリロードの隙がない。リボルバー拳銃が弾切れになるたびに新しい拳銃が生み出されるのだ。
武器を作り出す魔法。さすがに卑怯だろう、無から有を作り出すだなんて。
とはいえ――。
「なんでだ、なんで当たらねえ!」
それを使う人間が小物では。
金山は明らかに慌てている。とはいえ狙いがブレているということはなく。そこだけはさすがだ。
「俺は『百発百中』のスキルを持ってるんだぞ!」
たしかに狙いは良い。
自分でもどうやってよけているのか不思議なくらいだ。
「ふざけんなよ!」
とはいえこちらの弾も当たっていないのもまた事実。
ならばと接近したのだが。
「なんで、なんでそんなただ歩いてるだけで!」
――ただ歩いてるだけ?
言われてみればそうかもしれないな。べつに急いでいるわけでもない。それにことさら避けているわけでもないから、真っ直ぐ歩いているだけに見えるのか。
俺はただ最短距離で、相手の攻撃の当たらない場所を選びながら近づいているだけなのだが。
「死ねよ、死にさらせ!」
いまなら降ってくる雨粒だって俺には当たらない。そう思った。
金山が後退しながら、天井を埋め尽くすような無数の剣。
あんなの全部刺さったらハリネズミみたいになるだろうな、と俺はなんとなく思った。
剣が俺に向かって飛んでくる。それと同時に金山は回転拳銃の弾も撃ち出してくる。
それらは全てすり抜けるようにして俺の前から背後へと飛んでいく。
「くっ――!」
金山が苦悶の表情を見せて下がる。
ここがチャンスと察した俺はいっきに前に出た。
だが、俺と金山の前に透明な、なにか薄い壁のようなものがあった。光の反射で一瞬だけその壁が見えたのだ。
まさかこれが、さっきから俺のモーゼルの弾を止めたいのだろうか?
ならば、と俺は刀でその壁を斬った。
刃が通るか分からなかったが、なんのことはない。ガラスの割れるような音がして、見えない壁は粉々に消えてなくなった。
「とったぞ、金山!」
そしてフリーになった左手でモーゼルを撃ち出す。
撃ち出されたモーゼルは金山の眉間から、首、腹部へと並んで3発命中した。
だがもちろん、これで終わったとは思わない。
俺はその首を叩き落としてやろうとさらに距離をつめた。
だが急速に嫌な予感がした。
俺はすぐさま後退して金山と距離をとる。
ゆらり、と金山が立ち上がった。
撃たれた部分に指を突っ込んで、自ら弾丸を摘出する。そしてすぐに傷は治っていく。
「もう手加減はしねえぞ、榎本!」
金山は俺に向かって叫んだ。
なるほど、と思った。これまでは手加減してくれたのか、と。




