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525 アイラルンへの宣言とからっぽの金山


 その部屋の扉に俺は手をかける。


 ああ、アイラルン。


 ああ、神様よ。


 と、俺は俺をこの異世界に連れてきた女神のことを考えた。


 ――お前は俺を利用していたのだろうか?


 ――お前にそそのかされて、俺はこんな場所まで来ちまった。


 ――いろいろな人を殺して。


 ――復讐したかった4人を血祭りにあげて。


 ――そしていま、最後の1人だ。


「シンク、貴方のタイミングで良いわ」


「うん……」


「私はただの付き添いだからね。けれどどこまでも付いていくわ。貴方がも死んだというのならば……」


「縁起でもないことを言わないでくれよ。大丈夫、死なないさ」


 ――アイラルン、俺はお前にいろいろと手助けしてもらった。


 ――この異世界に来たのもそう。チートみたいなスキルももらったな。


 ――けれどそれは全部、お前の目的。復讐のためのもの。


 ――俺たちはお前の手駒で。お前の想像通りに動くただの人間さ。


「もう少し肩の力を抜いた方が良いわ」


「分かってる」


「深呼吸して。心を落ち着けて」


「ティンバイたちはちゃんと外に出ただろうか?」


「ええ。あのカーディフって人がもしものときの護衛にってついて行ったでしょ」


「この宮殿の中には俺たちだけか」


「たぶんね」


「そうか……俺たちだけか」


 ――けれど見ているんだろう、アイラルン?


 ――お前はいつだってそうだ。


 ――俺たちを見守ってくれている。


 ――俺たち? 俺と、金山を。


 ――お前は俺が本命だと言った。


 ――俺と金山、どちらを選ぶかと問われて俺が本命だと。


 ――お前の目的、それはこの異世界の時間を進めること。


 ――なるほど、その目的をたっするときに俺などは、なんの活躍もしていないだろう。


 ――むしろ金山の方がこの異世界の時間を進めている。


「だからどうした?」


「え?」


「シャネル、俺たちは俺たちの旅をしてきた。そうだよな?」


「言いたいことはよく分からないけど、たぶんそうよ」


「俺たちは誰に導かれたでもない。俺たちの意思でここまで来たんだ。きっかけはどうあれ」


 ――アイラルンよ、いまだけは何もしないでくれよ。


 ――いまだけは手をかさないでくれ。


 ――この戦いの決着は俺たちのものだ。


 ――俺たち人間のもの。


 ――神様がどうとかじゃないんだ、お前の目的がどうとかじゃ。


 ――この俺、榎本シンクと。宿敵である金山アオシの戦いなのだ。


「行くぞ、シャネル」


「どうぞ」


 アイラルンへの宣言を心の中で終えた。


 準備は整ったのだ。


 俺は力いっぱい扉を開ける。


 ギイッ、と重苦しい音がして巨大な扉は観音開きで開いていく。


 油でもさせばいいのに、と俺はどうでも良いことを思う。


 金山のいる王座の間は、先日来たときよりも薄汚れているように思えた。


 たくさんあった装飾品はそのほとんど全てが掃除されておらず、どれもくすんだ光しか発していない。


 まるで天井を支えるように無数に建てられた柱は、どういうわけかいくつかが折れていた。


 そして金山は王座に座りながら、かつて初代ガングーも握ったというダモクレスの剣を床に向けて、なにやら複雑な図形のようなものを描いていた。


 俺たちが入ってきたことにも気づいていないようだ。


 行ってくるよ、と俺はシャネルの手を一瞬だけ握る。シャネルは雰囲気を察したのか、無言で頷くだけだった。


 ゆっくり、ゆっくりと俺は金山に近づいていく。


 足を動かすたびに、心が不思議と平穏になっていく。


 これから最後の戦いが始まるというのに、俺の精神はいままでにないほどに冷静だった。


「――ッ!」


 なんと声をかけて良いのか、分からない。


 金山は床に剣を向けたまま顔をあげない。


 なにか赤いものが散乱している。それが血であることはすぐに理解できた。


 そして肉片のようなもの。その肉片に絡みつくように金色の美しい髪が、血でベッタリと濡れている。


 まるで砂場で遊ぶ子供のように、金山はバラバラになった死体で遊んでいた。いや、もはや死体ともいえない。これはただの……肉の塊と、散乱した血。


「んっ?」


 金山はやっと俺のことに気がついた。


 その距離はすでに20メートルと離れていない。


「よぉ」


 と、俺はまるで遊びに来た友人のように気安く話しかける。


 いまから殺し合いをするというのに。


 金山は俺を見て、笑った。まるでいままでの退屈が全て吹き飛んだかのように。


「ああ、シンちゃん――いや、榎本。また来たのか」


 いまにも、お前を待っていたんだとでも言い出しそうなくらいで。


 俺は笑えば良いのか、それとも怒れば良いのか分からずにいて。


 ぐちゃぐちゃな気持ちに整理がつかないまま、ただただ冷静になった。


「来るさ。次こそお前を殺す、そう誓った」


「そうかそうか。俺もな、お前のことを殺してないことだけが心残りだったんだ」


「心残り? ああ、そうだろうな。お前はもう枯れてるんだ」


 俺の挑発に、金山はろくな反応をしない。ただ薄く笑うだけだった。


 前回戦ったときよりもさらに、この男の中にはなにもなくなっていた。


 からっぽな器だけがそこにある。


 そんな気がした。


「せっかく来てくれたのに散らかってるな。すぐに片付けるよ」


 金山が指を鳴らす。


 すると、そこらじゅうに散らばっていた肉片たちがまるで意思を持つように集まりだした。


 肉と肉が粘土のように混ざり合い、そこに飛び散った血も入っていく。髪がより集まり――。


 赤い肉団子のような物体が、その場にできあがる。


 その肉団子の中から、突然目玉が飛び出してくる。妙な位置だ、下と、上。その目玉は定位置を探すように高速で動き回ると、やがて上部に2つ並んで止まった。


 そして肉団子が人間の形へと変わっていく。


 やがてそれは、美しいエルフの形へとなった。


 ティアさんだ。


「良いだろ、これ? もっかい作ったんだ」


 俺は何も答えない。


「どんだけ壊しても大丈夫なんだぜ?」


「……神にでもなったつもりか」


 俺はなんとかそれだけ言った。


 おぞましい、と思った。


 他人の生き死にどころか、尊厳すらも理解できていない金山のことが。


 俺のことを好き勝手イジメていたときとは訳が違う。他人を傷つけることすらやらず、ただの人形遊びにきょうじていた金山が、心底恐ろしく、また哀れだった。


 体を取り戻したティアさんは部屋の隅っこの方へ行く。


 そして、まるで風船が破裂するようにぜた。


 金山は笑う。


「また直せば良いんだよ、面白いよな」


 俺は刀を抜いた。


「お、なんだよ榎本。やるつもりか? そうじゃなくちゃ、面白くないよな?」


「……なにも面白くなんてないさ」


 ただただ、おぞましいだけ。


 だから、終わらせようとそう思った。


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