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520 2人の援軍


 転がってきた生首は、俺の目の前でピタリと止まる。


 知らない人間の首だ。


 俺からすればいきなりのことで混乱してしまう。


「なな、なんだこれ!」


 知らない人間の首。


 いや、待てよ。


 見るのは嫌だが、確認のためにちゃんと見る。


 この首、顔に入れ墨が入っている。


 俺はこの首の持ち主――持ち主というのか、分からないが――をついさっき見たじゃないか。


 こいつは魔族を引き連れて街を見回りしていた男だ。しかしなぜこの男の首がある?


 俺はシャネルに引き起こされ、肩をかしてもらって立ち上がる。


「いきなり危ないわね。あたったらどうするのかしら」


 シャネルは生首にもあまり動じていない。


 ローマが恐る恐るという感じでその生首を拾った。


「ひえ~、こいつ怖い顔してるな。なんだよこれ、変な入れ墨」


「おい、そんなことしてる場合か」


「なんだよ」


 ティンバイが目を鋭く細めている。


「そんなもんが飛んできたってことは、投げたやつがいるってことだ」


 その通り!


 とはいえ俺はもうこの生首を投げた相手の想定はついていた。だってさっき、少しだけ声が聞こえたもの。


 懐かしい声だった。


 べつに好きな声ではないが。


 しかし強敵だったことは確かだ。


 ――颯爽と風が吹いた。


 男がゆっくりとした足取りで俺たちに近づいてくる。ティンバイは警戒してモーゼルを構える。


「てめえは!」


 しかし俺は「やめろ」と言った。


 あきらかにその男には俺たちに対する敵意はない。


 その男は右手の手首から先を無くしていた。


 かつてはまるで武蔵坊弁慶むさしぼうべんけいのように背中いっぱいに武器を担いでいた。しかしその頃とは違うようだ。ごつかった体は少し細身にも見えるほど引き締まり、頬はこけて、目は落ち窪んでいる。


 目に宿やどしたギラギラとした野心はまったくなくなっていた。


 その分、なんというか雰囲気にすごみのようなものが出ていた。


「これはこれは、親愛なる兄弟子殿」


 俺は軽口をたたく。


 シャネルに肩をかりたままの状況ではイキることもできないからね。


「不甲斐ない弟弟子だな、師匠になにを教わった?」


 その男、名をワンという。


 ルオの国で俺たちと敵対して、やつは正規軍側の将軍だった。


 もともとは俺と同じ師匠に武術を学んだ男だったが、しかしその本質である『水の教え』を体得することはできなかったという。


 自らの才能に溺れた男――というイメージしかなかった。


 だがいま目の前にいる王はまったくその様子はない。


 やはり雰囲気は前とは大違いだ。


 まるで師匠のようだ、とすら思った。


「なんでグリースに?」


 と、言いながらも俺は少しだけ察していた。


 グリース中で世直しをしている隻腕の男というのは、王のことだろう。


 なるほど、伝言ゲームのせいで手首から先がないことが片腕、と間違えて伝わったのだ。


「ただ放浪をしていたらここにたどりついただけさ」


 そのわりにはなんというか……やる気まんまんに見える。


 たぶん王の目的も俺たちと同じだろう。魔王である金山を殺しに来た。


 どのついでに魔王軍の四天王を倒してくれたのだろう。


 いや、それとも俺たちを助けてくれたのか?


「ねえねえ、お兄さん。私もいるんですよ?」


 いきなり、王の後ろから小さな女の子がピョコンと顔を出した。


「げっ……貴女」


 これにはシャネルも珍しく嫌そうな声を出す。


 冗談めかして感情を出すことはあるが、素の感情というものをあまり出すことがないシャネルだ。しかし唯一ともいえる例外がある。


「はいはい、呼ばれて飛び出て――」


 あ、その言い回しアイラルンも昔やってたかも。


因業いんごうの使者、世界一プリティーなシノン・アイリスちゃんです。お兄さん、お姉さん、あとよく知らないお2人さん。こんにちは」


 よく知らないお2人、というのはティンバイとローマのことだろう。


 その2人はあ然とした表情でシノアリスちゃんを見ている。


 だがシノアリスちゃんは、少しシャネルの服装にも似た甘々のロリィタ服をひろげながら、1人でペラペラと喋っている。


「いやあ、お兄さんたちのこと探すの苦労しましたよ。アイラルン様に手助けしてやってくれって言われても、グリースは広いんですから。まあ、たまたま水先案内人を見つけたので良かったのですけど」


「勝手についてきておいて何を言う」


 王は面倒くさそうに言う。


 どうもこの2人、グリースを一緒に旅していたようだ。


「こーんないかにも不幸な人間ですからね、後をついていけばお兄さんたちに会えると思ってましたよ、どうも知り合いみたいでしたし。ああ、これもアイラルン様のお導きですね」


 恍惚こうこつの表情を浮かべるシノアリスちゃん。


 ティンバイが俺に耳をよせてくる。


「おい兄弟、こいつはなんだ?」


「いちおう、知り合い」


「俺様が言うことじゃねえが、友達は選んだほうが良いぜ」


 べつに友達ではない。


 むしろシャネルとシノアリスちゃんが友達かな?


「さて、弟弟子よ。その様子ではもう戦えないだろう。あとは俺がやっておく」


 その言葉は、おそらく善意から出たものだ。


 だが俺はその言葉に頷くことはできない。


「悪いな、兄弟子よ」


 俺はシャネルの肩から、離れた。


 そして自分の力だけで立つ。


「その体でやる気か?」


「とうぜんだ。これは俺の復讐だ、あんたは引っ込んでてくれ」


「復讐か……そんなもので力を振るうから『水の教え』も忘却する」


 たしかに、と俺は奥歯を噛む。


 いつもそうだ、面倒なことばかり考えて大事なことを忘れる。


 復讐、そんなものを原動力にして心を静めることなど到底できないのかもしれない。


「それでも――」


 俺は金山を殺さなくちゃ先に進めない。


 それを邪魔されるわけにはいかない。


「悪いがあんたら、ゆっくり話してる暇はねえぜ」


 ティンバイが言った。


 見れば外から宮殿に向かってぞくぞくと魔族が集まってきていた。


「あれ? さっき50ばかりは血祭りにあげたんですけど」


「ここは敵の本拠地だぞ! それっぽっちなわけがあるか!」


「まあ、この畜生さん元気ですね。どうですか、アイラルン様を信じみる気はありませんか?」


「おいおい、なんでこんなところで宗教の勧誘してんのさ」


 シノアリスちゃんも無茶苦茶なやつだな。


 俺は刀を抜こうとしたが、やはり力が出なかった。


 というか立っているだけでやっとだった。


 これはマジに王に任せたほうが良いのでは? いや、そんなわけにはいかない。


「弟弟子」


 と、王が言う。


「なんだよ」


行雲流水こううんりゅうすいだ」


「え?」


 耕運機? あの農業器具の?


「空を行く雲、川を流れる水。俺は諸国を旅してやっとその答えが理解できた」


 この口ぶりから言うと、もしかして王は『水の教え』を体得したのか?


「お前もそうなれ――行け!」


「えっ? 良いのかよ」


「もー、ワンさんってば。もともとそのつもりだったんですよ。私たちの目的はお兄さんのサポート。最初に言ったじゃないですか」


 もしかして、アイラルンがそういうふうに根回ししてくれた?


「俺たちは後詰ごづめをする。もしも弟弟子、お前が負ければ俺たちが行く」


「……なるほど」


 もちろん負ける気などない。


 俺と王は頷き合う。


 行雲流水、それがどんなものかは分からない。


 けど、復讐ばかりを考えていては水のようになれない。そのアドバイスは理解できた。


 シノアリスちゃんがガリアンソードを抜く。それは巨大な蛇のように地面すれすれを這うと、近づく魔族たちを切り裂いていく。


「お兄さん、あとでアイラルン様にお礼を言っておくんですよ!」


「了解だ!」


 俺は走り出そうとする。


 だが、また転けそうになった。


 そこでシャネルがすかさず肩を貸してくれた。


「行くわよ、シンク」


「ああ」


 この宮殿に集まってくる魔族は2人に任せた。


 そして俺たちは宮殿の中へと向かっていく。


ワン

第三章に登場。シンクの兄弟子で北陽海軍の将軍。成り上がるために軍隊に入り、死に体のルオの国で出世のみを求めて戦った。かつてはその内面に浅ましい立身出世の欲望しかなかった。

シンクに勝るとも劣らない武術のスキル『武芸百般S』を持っている。


『シノアリス』

第四章に登場。アイラルンを信じる異教徒の教主。地下にある墓地、カタコンベに信者を集めて隠れて暮らしていた。教皇を決める選挙であるコンクラーベを邪魔しようとしたが、それは間接的にアイラルンの大きな計画によるものだった。

シンクと同じようにアイラルンに会ったことがあるらしい。

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