518 二択
俺とベルファストの距離は目算で50メートル。
しかしやつの攻撃方法――空間を瞬時に移動してくる――において距離など関係ないだろう。
俺からすればまだ間合いの外。
しかしベルファストからすれば、すでに間合いの中。
「ティンバイ――」
俺は誰よりも信頼できる男に言う。
「なんだい」
「相手はなかなかにせこいやつだ。俺と戦っている最中にシャネルや、ローマを狙うかもしれない。だからそのときは――」
「任せな」
みなまで言わずともティンバイは察してくれる。
もしもそうなれば、2人のことを守ってほしかった。
俺の力では守りきれないかもしれないから。もしも俺のせいでシャネルが傷ついてしまえば、俺は俺を許せない。
「頼んだぞ」
俺は走り出す。
すでに間合いの中ならばこの場所で立ち止まっている意味などない。むしろこちらから距離を詰めるべきだ。
「どうせ、あのお方には勝てないというのに――鬱陶しい!」
ベルファストが消えた。
どこに行った!?
分からない。
だがよくよく考えてみれば俺の視界に映らない場所など2つに1つ。つまり、後ろか、あるいはこの前のように上空。
どちらだ!
上か、後ろか!
俺の勘は上だと言った。また上空から俺のことを狙い撃つつもりなのだ、と。
しかし俺はどうしてもシャネルが気になって後ろを振り向いてしまった。
俺はこの一瞬、自分の勘が信じられなかった。
まるで傘を開くように俺の頭上に魔法陣のエフェクトが、弾けるように出現した。
俺が致死量の攻撃を受けるときに発動するスキル『5銭の力+』だ。
いままで対ベルファスト戦で発動したことはなかった。それはやつの攻撃が1つ1つ低威力だったからだ。
しかしいま、確実にスキルが発動している。
本気で殺しにかかっている、急所を狙われているのだ。
ま、俺もこのまえベルファストの急所をやってやったけどな。
両腕から弾丸のような爪が全て発射される。それからコンマ数秒の間だけがこちらが動くチャンスだ。俺はその場から離れつつモーゼルを上空に向かって撃つ。
だがそれは当たらない。
ベルファストは消えた。
そして俺のすぐ前に。
腕を振り上げて、俺に爪を突き立てようとしてくる。それに対してモーゼルを向け迎撃を試みる。
だがすぐに消える。
次こそ後ろだと、俺はモーゼルを手放して刀に手をかける。そして抜き放ちつつ、斬りかかる。
モーゼルが地面に落ちた。
それと同時に刃はベルファストを切り裂くはずだった。
だが――。
ベルファストは再び消えた。
「よんでいましたヨ!」
そして俺は背後から蹴りを入れられる。
やられた、後ろをとられたのは勘で察知することができた。だがそのさらに先、すぐさまきえてまた後ろをとられるとは思わなかった。
体勢を崩した俺。そこに爪が打ち込まれる。
何発かは魔法陣がでてきてくれて自動的に消え去った。だがいくつかは俺の体にめり込んでくる。その痛みに頭の中が支配されて。
そうなってしまえば俺はもう動けない。
だがその痛みを、
「クソがあっっっぁあ!」
怒りで塗りつぶす。
距離をとる。
だがそれではダメだ。
「死ネ!」
一瞬で懐に入り込まれる。
下から上に向かうようにしてベルファストの爪が伸びてくる。そのまま腹を貫かれそうになる。だが俺は間一髪、その腕を切ることに成功した。
「ギャッ!」
ベルファストの悲鳴。
「ざまあみろ!」
山勘で振った刀がたまたま当たった、という感じだ。
ベルファストはすぐさま消えた。
そして少し距離をとった場所に出現する。
腕が切れて、血がボタボタと流れでて、それでもベルファストは笑っていた。
「ふぉっふぉっふぉ」
まるで理解のできない笑い方で。
さも楽しそうに。
「なんだよ、笑いやがって」
「私の目的はネ、貴方を殺すことでス」
「それがどうしたってんだ。悪いがそこを押し通るぞ」
「ですがね、私はべつにどのような方法で貴方を殺そうと、良いのですよ」
「なに?」
嫌な予感がした。
まさかこいつ、時間稼ぎをしているのか?
ベルファストの腕がぶよぶよと不思議な動きをしはじめる。そして新しい腕が生えてくる。
どうなってんだよ、あの回復能力。
「もちろん、できれば直接この手で引導を渡したいですがネ!」
ベルファストがまた消えた。
俺は刀を構える。
後ろか、上か。
またその二択。
かと、思った。
しかしベルファストは俺の目の前に現れた。
「くっ――!」
意表をつかれた。
次はどう出る?
このまま攻めてくるか、それともまた後ろに移動されるか。
考えなくても良いことを考えてしまう。
そんなこと戦いの最中にいちいち考えるわけにはいかないのに。
刀を振る。
だが空振り。
ベルファストが消えたのではない、紙一重で避けてみせたのだ。
そして腕が伸びてくる。
今度こそ俺の体を貫こうと。
俺を絶命させようと――。
だが、そんなことで死んでやる俺ではないのだ。
無理やりな体勢をとってでもベルファストの腕を避けた。
それは相手にも意外だったようだ。ベルファストの体はすでに他の行動を起こすことなど不可能なまでに重心が前によっていた。
「隠者一閃――『グローリィ・スラッシュ』!」
判断は一瞬だった。
普通に斬っても手足が生えてきて終わりだ。
ならばその存在を消滅させるしかない。
そして俺はそのための技を持っていた。
俺が振るった刀はどす黒い魔力をおびながら空間を切り裂いていく。
「ナッ!」
ベルファストは驚愕に顔を歪める。
そのまま俺の刀はベルファストの腰のあたりに触れる。そしてそのまま――。
まるでバターでも引き裂くようにベルファストの体を消し去っていく。
だがその途中でベルファストは空間を移動した。
それで、終わりだった。
「や、やりましたネ」
腰から肩にかけて、体の半分を亡くした男が少し離れた場所にカカシのように一本足で立っている。
体を再生させようとしているが、どういうわけかベルファストはそれができないようだ。
「もう終わりだな」
と、俺。
しょうじき疲れている。
いまの一撃でかなりの魔力を消費した。怪我こそしていないがこっちだって立っているのがやっとだ。
グローリィ・スラッシュをビーム状に使わない場合、魔力をそのまま溜め込んで使う場合、そのまま放出するよりも消費魔力が多いのだ。
「あなたを……貴方を殺さなければいけませン!」
ベルファストが消えた。
最後の攻勢を仕掛けてくるつもりだ。
ここをさばききれば、こちらの勝ち。
俺はとっさに、落ちていたモーゼルを拾い上げた。




