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517 ふたたびロッドンの街


 恥の多い生涯を送ってきました。


 なんて文章が書いてある小説を、俺は何度も読んだ。


 人生の節目々々で、時に道を行くときの友として。時に自分を支える杖として。あるいは自らの不甲斐なさを慰めるかてとして。


 なるほど、そういうものを愛読書と呼ぶのだろう。


 だからと言ってその小説を書いた人間を好きというわけではなく、ここにはっきりと言っておこう。嫌いだ。


 変な話だけど。


 知りもしない人間を、自分が生まれてくる前に死んだ人間を、嫌うだなんて。


 むしろ好きな作家なんてのはアメリカ文学の作家たちで。


 ビバ、ハードボイルド。


 あれ、ビバって何語だ?


 たぶん英語じゃないけれど。


 まあ、長々とつまらないことを考えるのは俺の悪い癖で。


 けっきょく何が言いたいのかと言うと。


 それはつまり、強くなりたい。強くありたい、ということだった。


「シンク、そろそろよ」


「ん?」


 たぶんだけど、そうとうバカな顔をしていただろう。


 心ここにあらず、というか。


 それを戦い前の緊張感と思ってもらえれば良いのだが……。


「お前、口開けてたぞ」と、ローマ。


「うぐ」


「ヨダレ垂らしてるのは格好わりいな」と、ティンバイ。


「あら、シンクはどんな顔してても格好いいわ」と、シャネル。


 まあなんだ。やっぱり俺はバカな顔をしていたのだろう。


 そしてそれをいつも格好いいというシャネル……つまり俺はいつもバカな顔をしているというわけだね。


 クルマは列車の通らない線路の横を延々と走っている。


 べつに列車に喜ぶ子供ではないけど。けれどずっと走ってこないもんだから気になる。


 まあ、この国にはもう列車で運ぶ人もいなければ、運ばなければいけない物資もないのかもしれないけど。


「見えてきたな、ロッドンの街」


 俺は話を変えるために言う。


「そうね」と、シャネル。


 この前来たときは列車だった。それに2人だった。


 さてはて、今回はあのときと状況が違う。


 それはもう何度も言ったことだけど、状況が違う。


 俺たちはこのまま中に入り、すぐさま金山のいる宮殿へと向かう。そしてそこで決戦だ。


 緊張がないと言えばウソになる。


 だとしても俺は前に進むしか無いのである。わー、格好いい。


 というわけでなんだかニュルッとロッドンの街へ入る。


 てっきりひと悶着あるかと思ったがそんなこともなく。


 むしろ誰もいない。


「もしかしたらと思ってたけど、首都もそうだとは……」


 大丈夫なのか、この国。


 いや、絶対に大丈夫じゃないだろ。


 よく全員野球で勝利を、なんて文言があるけど。国民全員で戦争してどうすんのさ。というかべつに国の人たちだって無理やり駆り出されてるだけだろうし。


 こんな無理攻めを続けるような国に、ドレンス国内も無茶苦茶にされていたのか。


 それも今日で終わる。


 霧が出てきた。


 ロッドンの街はいつもそうだ。霧に覆われている。


「これ以上は危ないかもね」


 シャネルが大通りでクルマを停める。たしかに轢いてしまうような人は誰もいないかもしれないが、それでもこの先がまったく見えない深い霧の中でクルマを飲むのは危ない。


 俺たちはクルマを降りた。


「あー、鬱陶しいぜ。なまじっか快適な乗り物に乗ってたせいで体がなまっちまってる」


「そもそもお前、体は大丈夫なのかよ」


「くどいやつだな、いまさらそんな――」


 俺たちは談笑をいったんやめる。


 前から足音がした。


 それは規則的なもの。


 そして何人分も集まった。


「行軍かしら」


「シャネルの言う通りだろうな。ちょっと隠れるぞ」


 まさかこのまま4人で正面からかち合うわけにはいかない。俺たちはそこらへんの家に勝手に避難した。鍵は開いていて、中は無人だった。


 俺は窓際に行き、扉をそっと開けた。


「失礼するよ」


 誰に言ったわけでもあないけれど、無人の家を軽々に荒らすのは嫌だった。


 大きな通りを兵隊たちが歩いていけ。下級の魔族ばかりに見える。


 その数は50人ほどだろう。


 いまから出撃という雰囲気ではなく、どうも見回りのようだった。


 その並んだ魔族の兵隊たちのケツを叩くように、最後に男が大股で歩いていた。褐色の肌をした大男で、体中に入れ墨を彫っていた。


「さっさと歩け歩け! こんな面倒なもんは終わらせてえんだよ!」


 大きな声で叫んでいる。


 それに返事をする人間はいない。


「げえ、なんだあいつは。顔にまで墨を入れてやがるぜ」


 ティンバイが顔をしかめる。


「派手だぜ、好みじゃないのかよ」


 俺は小さな声で言う。


「まさか。親からもらった体に墨なんて入れるやつは最低だぜ」


 なるほど、そういう考えもあるのか。


 魔族たちはまったく俺たちのことは気づかないようで、そのまま素通りして行った。


「気づかれなかったな。あれはもう見回りの意味ないよ」


 たぶん、少し気配を探るようにすれば違和感にくらい気づいたはずだろうが。


「ま、関係ねえな。兄弟、さっさと行こうぜ」


「ちょっと待てよ、霧がなくなるまで待ったほうが良いんじゃないのかよ?」


 ローマの意見も一理ある。


 ただ、


「いや、ローマ。この街の霧はいつでも出てるんだ。晴れることは少ない」


 それでもたいていが朝ばかりだったと思うのだが、この前に来たときの経験上。


「とにかくもう出た方が良いかもしれないわね。とにかく早くするべきだわ」


「こっちがロッドン入りしたのを悟られる前に?」


「そうよ、シンク」


「兵は神速をたっとぶ、かよ。まあ俺様も賛成だがな」


 そうと決まれば、と俺たちは家を出た。


 ある意味ではこれはチャンスかもしれないと思った。少なくとも見回りをしてたい魔族たちはいま、宮殿とは離れた方へ行った。


 そしてそこで俺たちが宮殿を攻め入れば、その数おおよそ50人分ほどは宮殿の守りについていないはずで。


 というか、この宮殿ってどれくらいの敵がいるんだろうか。


 たくさんいるかもしれないし。


 ほとんどいないかもしれないし。


 そんなことはどうでもよくて。


 大事なのは金山を殺すこと、ただそれだけ。


 宮殿の前へと。石畳の通りを歩いていく。


 霧深い街の中。


 思わず震える体。恥の多い生涯の、恥をつくりだしてきた相手がこの先に。


 ――恥はすすがねばなりません。


 たとえその先にどんな困難が待っていたとしても。


 宮殿の周りには庭があり、そのさらに周りを背の高い柵が張り巡らされていた。


 まさかその柵を越えて入るなんて泥棒みたいなことはしたくない。


 なので俺たちは堂々と正面から入ることにする。


 門は開いていた。


 しかしその先には1人の男が待っていた。


 その男は怒りに道た目で俺を見ていた。


 真っ黒いラバースーツを着ている。


「とうとう来ましたネ」


 ベルファスト、三度みたび


 相まみえる。


 ティンバイがモーゼルを構えたが、それを俺が止めた。


「悪いが、あいつとは因縁がある」


 ここで4人がかりで倒すのはなにか違うと思った。


 だから俺は、1人でやるつもりだった。


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