513 男の急所
ベルファストは特徴的なラバースーツのすそをつかみ、そこから何かを取り出した。小さな懐中時計だ。
「まったく、ふざけていますヨ。こんなことに時間をかけさせて」
「悪いな」
俺は刀を腰だめに構える。
狙うは『グローリィ・スラッシュ』の一撃だ。ベルファストの隙きをついてこれをくらわせることができれば、この戦いは終わる。
だが問題もある。こんな町の中で『グローリィ・スラッシュ』を撃てば、周りの家が倒壊する恐れがある。中に誰かいるにしても、いないにしても、他人の家を壊すというのはしのびない。
そんな迷いが戦場では命取りになると分かっていながらも、俺は考えてしまった。
「さっさと帰って、今日は魔王様と食事を共にする予定なのですからネ!」
ベルファストが、消えた。
どこにいるのか分からない。
俺はできるだけ精神を集中させる。
気配を感じたのは、右上からだ。俺はとっさにその場から離れる。
逃げる俺を追うようにベルファストの爪が弧を描きながら地面に突き刺さる。
見ればベルファストははるか上空にいて、自由落下をしながら俺に向かって自らの爪を打ち出していた。
逃げながらも、俺はモーゼルを構える。
あ・た・れ!
気合を込めながら打ち出された弾丸。
しかしそれはなにもない空間を通り過ぎる。
ベルファストがまた消えたのだ。空中を飛べるわけではないのだろう。しかし空間と空間を移動することによって一時的に空に浮かびあがり、それを繰り返して滞空しているのだ。
上をとられている。
あきらかに不利なのは俺だろう。
普通ならば、だ。
「どうしました、防戦一方ですヨ!」
俺に有効打がないと踏んだのだろう。ベルファストは小馬鹿にするように俺に叫ぶ。
だが違う。
俺は有効打を持たないわけではない。ただ狙っているのだ。
必殺の『グローリィ・スラッシュ』を放つその時を。
雨あられのように降り注ぐベルファストの爪を避け続ける。
ときおりかするように体に当たるのだが、それだけでかすった部分の肉がえぐられる。
しょうじきかなり痛い。痛くて泣きそうなくらいだ。だが立ち止まってなどいられない。ジグザクに走りながら、ベルファストを翻弄する。
「ちょこまかと、動いて!」
俺は家の軒下に隠れる。
だが、そんなもの無意味だった。
一瞬にして家の軒下に穴が開く。屋根から地面まで、いっきに突き破ってきているのだ。
「休む暇もないのかよ!」
こっちの体力だって無尽蔵ではないのだ。いつまでも逃げ回っていることはできない。
一瞬、攻撃が止まった。
ベルファストが消えて、また現れるまでの数秒の間だ。
――見つけたぞ。
決定的な隙を。
このタイミングだ。
ベルファストの魔法は、瞬間移動というよりも空間を移動しているだけだ。だから移動するまでに時間がかかる。それが移動する距離によって長くなるのか、短くなるのかは分からない。おそらくは長くなるのだろう。
いま、移動までかかっている時間は約2秒。
その間は攻撃の手がやんでいる。
そこを狙って――。
落下してくるベルファストは、俺の上空30メートルほどの地点で一度消える。
俺は早口で『グローリィ・スラッシュ』の詠唱を完了させた。
もしもベルファストが俺の目の前にいれば、この技は使えなかった。なぜなら町を破壊してしまうから。しかし上空にいるとなれば話は別だ。
「――『グローリィ・スラッシュ』!」
俺は腰だめに構えた刀を、かかげるようにして上に向かって振り抜く。
「なっ!」
上にいるベルファストはまさか反撃をくらうとは思っていなかったのだろう。
慌てた反応をしている。
俺のはなった漆黒のビームはベルファストの爪をすべてのみ込んでいく。
そして空にいたベルファストも――。
俺は勝利を確信してその場に肘をついた。
だが、嫌な予感がして。立ち上がろうとするが、しかしダメだった。背中を捕まれ、横に押し倒される。
「がっ!」
「クソが、手間をかけさせやがっテ!」
ダメだった、『グローリィ・スラッシュ』ははずれているのだ。移動されて、逃げられていた。
ベルファストの腕には鉤爪のように伸びた爪が。
それで俺を引き裂くつもりなのだ。
「やらせ、る、か!」
俺は叫びながら、左足を伸ばしてベルファストの下半身を蹴り上げた。
つま先に、嫌な感触が。
「~~~ッ!」
ベルファストは悶絶してその場に倒れ込む。
倒れ込んだまま、消えた。
そして少し離れた場所にベルファストは出現する。
「はあ……はあ……そんな服着てるからだ、バーカ!」
ラバースーツのせいで、急所の位置が丸わかりだった。
「ふ、ふざける……ナッ!」
痛いだろう。
かなり痛いだろう。
俺だったら絶対にやられたくない。
なんせ男の下半身って言ったらもう、急所中の急所だ。あそこを潰されるくらいなら目玉を潰された方がマシ、って言う人もいるくらい。
「こ、今回は引きますヨ。た、ただ次こそは――」
捨て台詞を残してベルファストはこの場から消えた。
いったいどれほど遠くへ行ったのだろうか、少なくとも周りに気配はまったくない。
「ふう……なんとか、なったか」
かなりギリギリの戦いだった。
けっきょく『水の教え』は最初しか使えなかった。そのせいで泥仕合になった。
見れば周りの地面には無数の爪が刺さっている。そのうちを一つを引き抜く。
「痛っ……」
指を切った。
かなり切れ味の良い爪だ。
こんなものがたくさんあったら……まあ危ないよな。
だけどそれは俺の知ったことじゃない。
なんとかもう一度立ち上がる。
ティンバイは大丈夫だろうか? かなり酷い怪我をしてたみたいだけど。もちろん俺だって怪我してるんだけどさ。
「はあ……はあ……」
息がきれている。
走り回ったあとで『グローリィ・スラッシュ』を撃ったので、かなり疲れているのだ。
シャネルはどこにいるのだろう。ああ、いた。クルマのところだ。
ティンバイが地面に転がっている。そのわきにはローマがいて、なにか声をかけている。
「おい、お前死んだら財産みたいなのってどうなるんだ!」
「……う、うるせえ」
「なあ、僕がもらっていいか! お前偉いんだろ!」
いったいなんの話をしているんだ?
分からない。
俺はよろよろと近づく。
「シンク、おかえりなさい」
シャネルはまったく俺のことなんて心配していないようだ。勝って当然でしょ、という顔をしている。
「兄弟、あの敵は?」
「殺せてはいない。ただ撤退はさせた。あんまり喋るなよ」
「ああ……」
うげぇ。
思ったよりティンバイの傷が深い。よく見れば内蔵が見えている。
むしろよく気絶してないな。
「とりあえずだいたいは治したけど?」
「いやいや、治ってないでしょ」
あきらかに傷がふさがってないし。
「包帯とかもらってくるぞ、僕!」
意外とローマがかいがいしく。なんだかんだ言って旅をしてきた間に好感度が上がったのだろうか。
「よーし、包帯を高値で売りつけるぞ」
あ、違う。お金目的だった。最低。
「兄弟、さっさと行くぞ……俺様は大丈夫だ」
本当だろうか?
でもたしかに急がなければいけないんだけど。
ローマが包帯を持ってきた。まるでミイラのようにぐるぐるに巻いている。
「これでよし!」
自信満々なローマだが。そもそも血がにじんできている。
「大丈夫かよ?」と、俺。
「適当に休んでりゃあ治る」
たぶんこの町にはまともな治療師はいないだろうし……。
どこかでティンバイをまともに治療する必要がある。そう思った。




