511 ベルファストふたたび
走り出した俺に最初に気づいたのは奥にいた上級魔族だった。
「なっ! 後ろから敵です!」
叫ぶが、もう遅い。
俺は下段から斬り上げるようにして下級魔族の腕を切る。
その瞬間には、同時にもう1人の下級魔族の頭が吹き飛んでいた。ティンバイからの援護射撃だ。一瞬にして2人の魔族をほふった。
俺はその場で崩れおちようとする少年を抱き寄せて「大丈夫か!」と声をかける。
よっぽど怖い思いをしたのか、少年はなにも言えないで震えていた。
「な、何者ですか!」
下級魔族が一瞬で2人やられたことで、残った上級魔族はかなり怯えているようだった。
「お前らに名乗る名前なんて持っちゃいない」
「わ、我々に逆らってどうなるか分かっているのか!」
相手は怯えるように言ったが、その瞬間に戦車を火柱が包んだ。
「あら、どうなるのかしら。教えてほしいものだわ」
おそらく何かしらの金属でできている戦車がドロドロと溶けていく。
その様子は一種のホラーにすら見える。
「ひいっ!」
相手の上級魔族は怯えたように一歩下がった。
だが、それでも戦おうとしてきたのだろう。杖を取り出した。
魔族が杖を持つ姿をあまり見たことがないが、どう考えてもそれで魔法を使うつもりなのだろう。だがその杖は、すぐにその手のうちから奪われた。
どこから現れたのかは分からなかった。
が、一瞬にしてローマは上級魔族の武器である杖を奪い取っていた。
「これ、売ったらお金になるかな?」
と、訳の分からないことを言っている。
「返しなさい!」
「返す? どうしてさ。だってお前、僕たちのこと殺すつもりだったんだろ? なら何されても文句言えないはずさ」
ローマは杖をこちらに投げてきた。俺はそれをキャッチ! できなかった。そりゃあそうだろ、こっちだって刀を持ってんだ。そんな器用に動けない。
ローマは両手の指の間すべてに小ぶりのナイフを持った。
そしてそれを投擲する。
8本のナイフが等間隔で上級魔族の体に突き刺さった。ザクザクと音すらして。
いやはやすごいものだ。ここまでほとんど時間は経っていない。電光石火の速さで3人の魔族を倒した。まさしく圧勝だ。
ローマは自分で投げて刺したナイフをきちんと回収している。
どうやら上級魔族はすでに絶命しているらしく、その体がボロボロと崩れていっていた。
「それにしてもシンク、とんでもないことをしてくれたわね」
「え? あ……うん。ごめん」
思わず飛び出してしまった。
けれど俺はあの場で子供を見捨てて隠れていることなどできなかったのだ。
「まあ良いわ。終わったことをいまさ言っても仕方ないもの。それより、さっさと移動しましょう。これ以上ここにいるわけにはいかないわ」
「ああ」
見ればティンバイが子供になにかを言っている。
励ましているのだろうか。
肩を叩いて、優しげな顔をしていた。
「あいつ、あんな顔もするんだな」
ローマが俺たちに寄ってきて、ポツリと言った。
「子供好きなんだよ」
「ふーん、そうなのか。というかあいつって、偉いの?」
いまさらな質問だった。けれどよく考えてみればローマが正式にティンバイのことを知る機会はなかったかもしれない。
「ここだけの話、すっげえ偉いぞ」
「どれくらいだ? 町一番の人気者くらいか?」
それは偉いのか?
「そうだな、国で一番偉いんじゃねえのか?」
「え、そんなに!?」
「まあな」
ティンバイは話を終えたのか、こちらに来た。
「おう、兄弟。いい話を聞いたぞ」
「どんな?」
「さっきちょっと聞いた世直しのやつらけどな、どうも俺様たちとまったく同じようなことをやっているらしい」
「つまり?」
「こういうふうに魔族どもを倒してるとか。これなら俺様たちの存在は敵に気づかれない可能性もあるぜ」
「そいつは良い事だ」
良かった良かった。
俺ちゃんの失態がなんとか誤魔化せそうだ。
できれば金山にいまいちど相まみえるまで、俺たちの存在は秘匿しておきたいところだ。
「というかシャネル、いいかげんあの火を消してくれよ」
戦車を溶かすほどの火柱は、すでにその場にドロドロした鉄の塊だけを残す状態でも燃え盛っていた。暑いったらありゃしない。
「了解よ」
火は消えた。
それを見てか、恐る恐るという感じで村の人たちが集まってくる。
「お集まりの皆様、お騒がせしました! 私たちは旅の者であります! ただ正義を愛する気持ちを持ち、この国に安寧をもたらそうとしております。こたびのこと、軽率な行いではありましたが、しかし悪ではないと信じております!」
まるで演説でもするようにティンバイは村の人たちに言う。
こういうことはこいつに任せるにかぎる。
「義によって立つことになんの後悔がありましょうか! ただ我々が心配しているのは、私どもが去った後の皆様の息災であります! この行為によって皆様には多少のご迷惑をかけるかもしれません、それだけは心より申し訳なく思っております!」
たしかに、魔王軍のやつらは憂さ晴らしのようにこの村になにか危害を加えるかもしれない。
そのためか、俺たちに向けて恨みのこもった目を向けている者もいた。
それはある程度はしかたのないことで――。
だがそれとは異質な、ねっとりとしたからみつくような雰囲気が。
人はそれを殺気というのだ。
誰が、どこで、なぜ?
恨み程度の感情ではない。これはあきらかに敵意を持った――。
その瞬間だった。
すでに背後をとられていた。
「まさか貴方だったとはネ」
その声は、俺はこれまでに1度だけ聞いたことがあった。
すでに戦闘態勢だ。
なにも言わずに、振り向きながら刀で斬りかかる。
だが。
すでにそこには誰もいない。
「なんだ、いま誰か――」
ティンバイも気づいたのだろう。
だが敵の姿はすでにない。
そして。
ティンバイの体を、なにか弾丸のようなものが貫いた。
「がっ――!」
それでも飛んできた方向に向かってモーゼルを撃つティンバイ。
だがダメだ。それではやつに。ベルファストに当てることはできないのだ。
目視でティンバイの傷を確認する。左半身を無数にえぐられている。
ベルファストの武器はその爪だ。爪を弾丸のようにとばして攻撃してくる。そして魔法だかなんだか知らないが、空間を自由自在に移動してくるのだ。
だからやつをとらえるときは、その動きを予想する必要があるのだ。
「ティンバイ、下がれ!」
俺は傷を負った仲間をいたわる。
「バカ野郎、それよりも町の人を逃がせ!」
だが、怒られた。
なるほど、自分の命よりも他人が大切か。俺には真似できないことだ。
「シャネル、町の人たちを逃してくれ! ここは俺が食い止めるから!」
まさかベルファストが町の人間を狙うとは思えない。
やつの狙いはおそらく俺の命。
だが、そうではないとも言えない。
「おい、僕も手伝うぞ!」
ローマが俺の隣に並ぶ。
「あいつは厄介だぞ。ローマ、ティンバイを守ることを覚えておいてくれ。あいつはどうせ下がるようなことはしないから」
俺の予想通り、ティンバイは半身を血だらけにしながらもモーゼルを構えた。獣のような怒りに満ちた目を向けている。
そして、魔王軍四天王の1人。ベルファストは無表情をたもちながらも、さきほどまでは走行していた戦車の残骸の上に立っていた。
どうでもいいが、熱くないのだろうがあの金属。さっきシャネルが溶かしてたぞ。
「ここで会ったが100年目、ですヨ」
ベルファストがそう言う。
俺は返事をせずに深呼吸をした。




