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501 アイラルンとの会話――童貞である理由


 船室で俺はモーゼルの手入れをしていた。


 ずっと使っていたので、いくらかガタのきていた部品があった。その問題は馬賊のみんなに変えの部品をもらうことによって解決された。


 他人に武器の手入れをしてもらう、というのは当然のごとく馬賊の流儀ではない。部品は調達してもらっても、実際の修理は俺の仕事なのだ。


「あー、手が、手がつりそうだ」


 慣れない作業に悪戦苦闘。


 シャネルは少し前に部屋を出ていったので俺は1人だ。


 やり方はティンバイに聞いているのでなんとかできるのだが……。もともと手先はそんなに不器用なわけじゃないし。


 船は海の上を進んでいるというにぜんぜん揺れることがない。やっぱり大きな船ほど安定感があるのだろうか。それとも俺が少しだけ海に慣れたのだろうか。


 どちらにしよ作業はしやすかった。


朋輩ほうばい……」


 ふと声をかけられた。


 俺のことをそんなふうに呼ぶ相手は1人しかいない。


 顔をあげると、はたしてそこにはアイラルンがいた。


「よぉ、久しぶりじゃないか」


 もう来ないのかと思ったよ、とそういうふうなニュアンスを込めて俺は言う。


 アイラルンはロングの金髪をふわりとかき上げると、照れたように笑った。


「少々朋輩のことが心配になりまして」


「心配されることなんて1つもないさ。あ、そこの油とってくれない?」


 機械に油をさすというのは、大事なこと。


「これですの?」


「うん、ありがとう」


「手が汚れてしまいましたわ」


 アイラルンは少しだけ嫌そうな顔をしたが、俺の目からはどうしてもアイラルンの手が汚れているようには見えなかった。


「それで、今日はなんの用だ?」


「あら朋輩、用がなければ来ては行けませんか?」


「べつにそうは言ってないけどさ」


 アイラルンはなにかを言いたげにこちらを見ている。


 そういえば船からは微振動を感じる。アイラルンお得意の時間停止はおこなわれていないようだ。


「いやあ、朋輩は元気そうですね」


「なんだよ、いきなり」


「最近シャネルさんとはどうですか?」


「いや、本当にいきなりだな」


 どこぞのステーキか?


「朋輩、ちなみに子供とか興味あります?」


「えっ、怖い! いきなりなに?」


 こちとらまだ童貞なんですけど!


「いえいえ、ただすこ~しばかり気になったものでして。朋輩、まさか子供なんていませんよね」


「質問の意味がまったく分からないぞ」


「おほほ」


 笑って誤魔化してるし。


 俺は考えてみる、アイラルンがいったい何を思ってそんなことを言っているのか。


 理解できない。


 ことを長々と考えるのは好きじゃない。頭が痛くなってくるからだ。


 なので俺はすぐに思考を打ち切ってアイラルンに答えを聞いた。


「無意味な質問だとは思えないな。わざわざそんな意味深に聞いたんだから」


「答えなければダメですか?」


「おいおい、共犯者。お前がよく言う『朋輩』って呼び方、あれは嘘かよ」


 1度バラバラにしたモーゼルを部品を変えて組み上げる。


 空打ちでもしようと思ったが、それはあまりにも威嚇いかく的なのでやめた。


 俺はアイラルンに優しく微笑むと――自分では優しいつもり――モーゼルをテーブルの上に置いた。


「なんですの、朋輩ったら。そんなにニヤニヤして。あ、胸を見ているんでしょう?」


「ちがうわい!」


 どうやら優しいではなく、やらしい微笑みに思われたようだ。


「わたくしのではなく、シャネルさんのを見たらよろしいのでは? 僅差ではありますが、あちらのほうが少し大きいですわよ」


「べつに胸の大きさで女性の価値が決まるわけではない!」


「はいはい、殿方はみんなそう言いますわ」


 本当にそう思ってるんだけど……。


 ちなみにロリコンではない。


 それにしてもアイラルンのやつ、今日はえらく俺のことをからかうな。童貞だからか、俺が童貞だから!?


 と、まあ自虐はおいといて。


 こちらからも切り込んでいく。


「なあアイラルン、そういやお前ディアタナに復讐したいのか?」


 それは俺がミナヅキくんと話をしていたった結論。


 アイラルンはこの異世界の歴史を進めたい、それはディアタナに復讐するためだ。


「……ッ!」


「どうやら図星みたいだな」


「ま、まあ隠すことでもありませんし」


「なんで?」


「べつに、復讐には理由などありませんわ」


 いや、それはおかしいだろ。復讐ってのはなにか嫌なことをやられたから、恨みをはらすためにやるもんだ。


 でもアイラルンが言いたくないのなら、これ以上は聞かないことにしよう。


 アイラルンを嫌な気持ちにさせたいわけでもない。


「まあいいよ、もう聞かない」


「そうしてくださいまし。ただ朋輩、最初の質問の意味を教えておきますわ」


「はいはい」


 子供がいるかどうかとかいうたわけた質問だな。


「もしも朋輩に子供がいた場合――童貞ではなかった場合、この戦いは負ける可能性がありました」


「なにっ?」


 俺が負ける?


 なんでいきなりそんなことを言われなきゃいけないのか。


「落ち着いてくださいませ、朋輩。負ける可能性が生まれると、そういうだけです」


「いやいや、なんで童貞じゃなかった負けるのさ」


 そんな理不尽あっていいのかよ?


 いや、まあ俺は大丈夫なんだけどね。そういう意味じゃ。


「朋輩、英雄とはどういう者か分かりますか?」


「え? いや、分からんけど。そりゃあティンバイみたいな……」


 少なくとも俺はそういう格好いい存在じゃないだろうな。


「その通りですわね。英雄とはなにごとをも投げ売ってでも自らの目的を果たす者。そしてその自らの目的を国家という大きな枠組みに当てはめることのできる者ですわ」


「難しい言い回しだな。つまり自身を国家と同一にできる人物、ということか?」


「そうですわね。たとえば初代ガングーや、張天白、あるいはそういう意味では朋輩の復讐相手である金山さんも英雄と言えば英雄なのかもしれませんわね」


 あれはただ独裁国家を打ち立てただけに思えるが……。


 まあ、独裁者も英雄なのかもしれないな。


「それで?」


「朋輩は当然、英雄ではありませんわ」


「だな」


「ただ、それに似た性質を持つとわたくしは信じております」


「かいかぶりだ」


 俺のことをそんなに褒めてくれるのはアイラルンとシャネルくらいだ。


「ご謙遜」


「まあいいけどさ、それで俺にもその性質があるとしよう。そしたらどうなるんだ?」


「英雄とは!」


 英雄とは?


「すべてのことわりを通り越し、目的を果たす存在! その目的が果たされるまで折れることはなく、諦めることはなく、負けることはないものです」


「道半ばで死ぬ英雄だっているだろう?」


 と、言った瞬間だった。俺はなんとなく察した。


 アイラルンもニヤリと笑う。


「そうなれば誰かがその道を継ぎますわ」


「なるほど、つまりは子供か――」


 子供でなくてもいいが、親のかたきを子がとるというのは自然な流れだろう。


 そして金山は寿命で死ぬことはなく、もしも俺に子供がいればその子供が金山と戦うことは十分に可能なのだ。


「運命とはそういうものですわ」


「理解した。だから俺が童貞だったほうが都合が良いわけだな」


「そうですわ。朋輩、貴方はわたくしの想像通りの人でしたわ。情けなくて、ヘタレで、けれど優しくて。貴方みたいな人をわたくしは求めていた」


「お前の復讐に必要だったから?」


「はっきり言うと、そうですわ」


 ちゃんと言ってくれたほうが安心するというものだ。


 俺は笑う、アイラルンも笑う。


「共犯者」と、俺は呟いた。


「朋輩、貴方は勝ちますわよ。このわたくしが保証します」


 その言葉の中にある慰めのような響きを俺は敏感に感じ取る。


 たぶんアイラルンが言うほど、決まった運命ではないのだろう。俺が金山に勝つというのは。


 だけど俺は信じるフリをした。


「任せろよ」


 と、自信満々に言うのだった。


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