497 戦の中の13分
霧が晴れた。
その瞬間、俺は見た。
高地に向かって、多くの騎兵が駆け上がっていく。
――ティンバイだ!
やつはなんと言っていた、そう、13分だ。
13分であの高地を占領してみせると。
俺は20分かかると踏んだ。しかしティンバイは13分だと言った。ならば13分なのだ。俺の感覚や勘みたいなものなんて蹴散らしてくれる。それがあの男なのだ。
やつが頑張っているのに、俺がこんな場所で寝ているわけはいかない。
「かかってこいや!」
とにかくイキって自分に気合をいれる。
両手で刀を握った。
向かってくる敵を蹴散らす。そしてこちらから攻撃に移る。
そこに加勢がきた。
「うおおっ!」
ルークスだ。
「生きてたか!」と、俺は少し失礼なことを思わず言う。
「もちろんです、隊長!」
でもよく見れば左腕があらぬ方向に曲がっていた。片腕で大きな斧を振り回している。
すごい力だ、素直に驚愕する。
俺たちは周りにいる敵を倒し、そして他の兵たちも俺たちの周りで戦っている。
こちらの砲撃がなり響き、粉々にして、それでもまだ襲いかかってくる魔族たち。
いまどれくらいの時間がたったのかすら分からない。
分からないが、戦いは終わらない。
そもそもいつ終わるのだ、この戦闘は。敵があとどれくらいいるのかも分からない。
だが周りの敵は全滅させた。何十人もの敵の死体が転がっている。これはすべてどうやって処理するのだろうか、そんなどうでもいいことを考えてしまう。
まさか丁重に埋葬するわけでもあるまいし。
気がつかなかったが、俺は顔に傷を受けていた。
額のあたりを切っていたのだ、血がだくだくと出てきている。目には入らず顎のあたりまでたれているので気づかなかったのだ。
「はあ……はあ……つぎに行くぞ」
そこらじゅうで小競り合いは続いているのだ。
ふと見れば、シャネルの馬がすぐ近くにいた。
「シンク!」
どうやらまた何か問題があったようだ。
「次はどうした」
ティンバイはどうなっている?
やつが高地に登りだしてからすっかり霧が晴れていた。ティンバイの姿こそよく見えなかったが、藍色の旗はここからでもはためいているのが見える。
順調に登っている。
俺も頑張らねば。
「シンク、右翼部隊の端のほうが突破されそうなの。加勢に行ってほしいの!」
「了解だ」
この馬を使って、とシャネルは馬から降りた。
そいつはこの前俺が乗っていた、バカ馬だ。女を乗せるとめっぽうやる気を出すのだが、俺が乗るとあきらかにやる気がなくなる馬。
シャネルがひらりと降りると、馬は器用に人間のようなため息をつく。この戦場でなんという図太い馬か。
「おら、行くぞバカ馬! お前も男なら女の前で良い格好してみせろ!」
俺が馬に乗ると、バカ馬はしぶしぶといった様子であるき出した。
しょうがないので俺はケツを叩いてやる。
「いけってば!」
それでやっとバカ馬は走り出した。
俺は右手に馬の手綱を握り、左手にモゼールを構えた。
そのままバカ馬は敵の大群に対して突進していく。どうやら右翼の端のほうを攻めてきた敵は重装甲の敵が多いらしい。武器と同時に盾を持っているやつらが多い。
こういう敵には機動力をいかして撹乱してやるのが有効で――。
しかし、バカ馬は止まる気配を見せなかった。
「お、おい!」
俺は止まれと手綱を引っ張るが、馬はむしろスピードを早めるしまつ。
殺す気か、こいつ――。
いや違う。そんなことになればこのバカ馬まで死ぬことになる。
こいつだって死にたいわけじゃないだろう。
ならばなぜこんな無茶をしようとする?
そんなの決まっている。
これが一番の選択だとこのバカ馬が感じたのだ。
ならば――。
俺は手綱を引っ張る腕を緩めた。
「お前に任せるぞ」
右手を離す。
振り落とされないように両足の力で踏ん張りながら、開いている方の手で刀を抜いた。
敵は整列して、堅牢な陣形を築いていた。それに対してバカ馬は最高速で突っ込んでいく。
盾を構える敵の後方から、弓矢が無数に飛んできた。
「ビビるなよ! 当たりゃあしねえ!」
真の馬賊には弾は当たらない。
それはある種の都市伝説のようなものだ。しかしそれを現実にしてしまえる男たちがいる。そういう男たちと、弾が当たる男たちのなにが違うのか。
それは勇気である。
バカ馬が跳び上がった。
ひと1人を軽々と飛び越えた。
盾を構えている敵と、弓矢を構えている敵の間に入った。
そのままバカ馬は走る。俺は刀とモーゼルをもってあたりの敵をなぎ倒す。
後ろから他の兵たちも押し寄せてくる。俺は弓矢を持つ敵を重点的に倒す。
そして、その時がきた。
突然だった。
いきなり敵の魔族たちが動きを止めた。
そりゃあもう突然だった。
見れば高台の方には「張」の文字を染め抜いた藍色の旗と、ドレンス国旗であるアイリスの花が描かれた旗がたっていた。
「13分か」
体感時間はもう少し早かった。
なにぶん戦闘に集中しており、時間の感覚がおかしくなっていた。
バタバタとそこら中で倒れだす魔族たち。おそらく高地に敵の上級魔族がいて、それをティンバイたちの部隊が討ち取ったのだろう。
最初はこの戦い、高地をとってそのあとに敵を囲むというものだった。
だが、そこまでいかずとも決定的に情勢は決したようだ。
「勝ったぞぁ!」
誰かが声をあげた。
その声を皮切りに、そこかしこから歓声が響く。
だが俺は馬上から見ていた。
まだだな――。
中央部隊と左翼部隊の方はまだ戦っている。それに向かって、高台から騎兵が駆け下りていく。俺たちもそちらに加勢して3方向から叩くべきだ。
「お前たち、あっちで味方がまだ戦ってる! 行くぞ!」
俺は近くにいた兵士たちに叫ぶ。
そして自らを先頭にして馬を走らせた。
だがここまでくればすでに終わったも同然だった。
勝ったのだ。湧き上がる歓喜は安心感にも似ているのだった。




