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496 戦女神と苛烈な戦場


 これは撤退ではなく、後進こうしんである!


 シャネルの言葉は、なるほどその通りだと俺を震わせた。


 敵は手を変え品を変え俺たちに攻撃を加えてくる。


 移動式の大砲がこちらに向けられていた。それが火をふいたとき、整列する兵士の一部を吹き飛ばす。


 そんな様子を見ていると、俺たちの進む速度はいきおい早くなる。しかしそれは良い事ではない。陣列が崩れた後進は、それはすでに総崩れと呼ばれる状況だ。


 断じて許容される事態ではない。


 しかしシャネルはよくやっていた。


 戦場において、まさしく戦女神のように兵士たちを鼓舞しながら、その長い髪を美しく振り乱して指揮をとっている。


 美しい。


 それはけっして俺の身内贔屓ではないだろう。


 下がっていく俺たち右翼部隊を見てだろう、高地から敵の一群が動き出す。


 ――とうとうか!


 当初の予定とは違う。


 しかし結果としてはこれで良い。


 簡単に右翼だの中央だのと言っても、実際の距離はそれなりに離れている。そして俺たちは平地にいる。そうなってくると、中央部隊がどのような動きをシているのか簡単には見えない。


 フェルメーラならちゃんとやってくれると信じていても、目で見てみるまでどうなっているのか分からない。


 俺たちの部隊は、元は中央部隊がいたあたりにきた。


 ドキドキの瞬間だ。


 そこにフェルメーラたち中央部隊は、すでにいなかった。


「やったぞ!」


 俺は思わずホッとした。


 これでいちおう作戦は成立している。


 しかし安心するのもつかの間。


 敵の追撃が苛烈になってくる。


 それもそのはず。俺たち右翼部隊には元いた敵と、そして高地から降りてきた敵が合わさって攻め立ててくるのだから。


「ここが踏ん張りどころだぞ!」


 俺は叫ぶ。


 おそらくフェルメーラは左翼部隊の援護に回っているのだろう。


 つまり俺たちの方に援軍はない、ゼロだ。


「シンク隊長、まずいです!」


「どうした、デイズくん!」


「裏から、あの変なやつが来たって報告が!」


 変なやつ?


 俺が疑問に思っていると、あたりに霧が立ち込めてきた。


「なんだなんだ!?」


 キュルキュルという音がする。


 そして大地が震えるほどの砲撃の音が。音というよりも衝撃である。


 つまり来たのは――。


 戦車だ!


「おいおい、まだいるのかよ!」


 とにかく出てきたら面倒。


 面倒なんて言葉ではあらわせない。なんせ命がけなのだから。


 誰かが対応しなければいけない。


 そんなことできるのは俺かシャネルくらいで、シャネルは軍全体の指揮をとっている。


 つまり、つまりである。


「また俺かよ!」


 こういうの、八面六臂はちめんろっぴって言うんだよな。東奔西走とうほうせいそうなんて言葉もあるけれど。


「隊長、手伝います!」


 ルークスが言ってくれる。


「よし、やるぞ! あれの装甲はめちゃくちゃ硬い、正面から破壊できるとは思うなよ!」


「はい!」


 霧が深い方に向かって走り出す。


 そちらにたぶん敵がいるから。


 敵は何両いるのか、右翼部隊は戦車の出現で崩れだしているように思える。


 とにかくこちらの攻撃が通らない移動砲台というのは、この異世界では強すぎるのだ。


 一芸――つまりなにかしらの火力の高い攻撃を持たない兵士は多いのだから。


 なにか嫌な予感がした。


「ルークス、飛び退け!」


 俺は叫びながら、自らもその場から飛び込み前転するように移動する。


 なにかとんでもない速度と質量で物体が飛んできた。


 砲撃だ。


 俺とルークスは避けたが、後ろにいた兵士たちがはじけとんだ。


「クソ、早く行くぞ!」


 このままでは被害が増えるばかりだ。


 霧が深くなり、前が見えなくなる。


 いままでこんなことはなかったのだが、なぜ今回は霧がうまれている?


 分からない。


 なにか理由があるはずだ。


 そんなことを考えている場合ではないとは分かっているのだが、俺は気になったらそちらに思考が引っ張られてしまうたちなのだ。


 戦車、魔力、霧。


 シャネルはこの霧のことをなんと言っていた?


 魔力の残滓ざんしだとかなんとか言っていたはずだが。


 その理由は、戦車の元にたどり着いたときに、なんとなく察せられた。


 戦車は兵士の死体を踏み潰しながら前進を続けていた。


 しかしその車両の後ろには鎖により兵士が繋がれていた。ドレンス軍の兵士ではない。グリース軍の兵士だ。下級魔族特有の鎧をつけている。


 だがその兵士たちは生きていないのだろう。


 あきらかに戦車に引きずられていた。そのせいで体がすりおろされたように千切れている死体もあった。その物体から、霧が噴出しているのだ。


 目くらましのつもりではないだろう。


 まさかチャフということもあるまい。


 たぶん魔族の兵士を電池のように使っているのだ。そのせいで魔力が無理やり出て、煙状になっている。


 正式の使い方ではないのだろう。


 つまり相手もギリギリの状態で戦っているのか?


「いくぞ、ルークス! 俺は右から、そっちは左から! 砲塔は1つだ、狙われてない方が攻撃を加える!」


「了解です、隊長!」


 言った通り、俺は右から攻める。


 そしてルークスくんは左だ。


 俺の狙いは1つ、この前のように上に取り付いてハッチを開け、中で操縦している魔族たちを殺すこと。


 俺は細い刀を持つだけ。


 ルークスは大きな戦斧を持っている。


 この状態で、目立つのはどう考えてもルークスの方だ。


 相手の戦車砲塔は当然のようにルークスに狙いを定めた。


 想定通り。


 ルークスだってそれは分かっているのだろう。その目からは確かな覚悟が感じられた。


 頼むぞ、一発目をよけてくれ。そしたら俺が!


 砲撃が放たれた。


 俺はそれと同時に戦車の上部に飛びついた。


 そしてハッチを力一杯切りつけた。


 上部が開く。


 それと同時にルークスは――。


 ガンッ、と音がした。


 すげえ、砲弾を斧で弾いたんだ。


 だが体は吹き飛ばされている。


 死んだかもしれない。


 一瞬、弱気になる俺。しかしいまは考えるな。


 内部にモーゼルを向けた。


 そのまま打てば良い、だが俺の手は止まる。


「な、なんでだ……!?」


 中に入っていたのは魔族の死体だった。


 鎧の隙間から煙のような霧が出てきている。俺がモーゼルを向けているのに誰も反応しない。それもそのはず、もう死んでいるのだから。


「やられた、無人なんだ!」


 そんなことってありえるかよ、と思い上がらも目で見たことは信じるしかない。


 こうなってしまえば操縦者を殺すという俺の計画は頓挫とんざした。


 ならばとれる方法はただ1つ。


「隠者一閃――」


 これしかなかった。


 刀を振り上げた。


「『グローリィ・スラッシュ』!」


 戦車の装甲であろうと、安々と切り裂ける。


 しかしその代償は思ったよりも大きかった。


 疲労が襲う。


 2つに裂けた戦車の上から崩れ落ちた。


 すぐに立ち上がらなければ、そうしなければ――。


 わらわらと俺の周りに魔族たちが群がってくる。


 思い思いの武器を振り上げ、俺を殺そうとしてくる。魔力のエフェクトが出てそれが防がれる。『5銭の力+』が発動しているのだ。


 武器の矛先がなくなる。


 俺は立ち上がる。


 獣のような咆哮をあげた。


 その瞬間、あたりの霧が薄っすらと晴れだした――。


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