495 戦場にて
中央、左翼に比べてあきらかに兵力の少ない右翼。
それは俺たちがわざとやっていることだ。
こちらの水は甘いぞ、なんて歌があったと思うがまあそんな感じだ。
魔族たちはとても素直に動き出す。
なにせやつらは山の上に布陣しているのだ。普通にやれば負けるはずがないくらいの有利を得ている状態。
こちらの隙きを見つけたと思えば、高地から攻撃してくるのは必然だろう。
――ここをまずは耐え抜く。
それがこの作戦の難関、その第1段階だ。
俺は刀を抜く。
深呼吸を1つして、雄叫びを上げた。
走り出す。
先頭を行くのは俺だ。
兵士たちは勇気についてくるのだというのはフェルメーラの言葉、その言葉の通りに俺は走り出すのだ。
全体の指揮はシャネルに任せることにした。
シャネルは自前の杖を指揮棒のように振りながら「あんまり前に出すぎない! ゆっくり、ゆっくり開戦するの!」と叫んでいる。
えっ、そうなの!?
ちょっとじゃあ俺、前に出過ぎてるかも!
しかしもう遅い。
魔族が雪崩のように襲いかかってくる。
「うおおおおっ!」
気合一閃、魔族の男――たぶん男だろう――をたたっ斬る。
この戦場、最初に敵を倒したのは俺だ。
べつにそれを自慢する余裕はない。すぐに次の敵が俺を殺そうと武器を振り上げてくるのだ。
それを避けて、モーゼルを抜き、乱射した。
魔族の特徴たる鎧にモーゼルの弾はあたり、しかし貫通はしない。それでも相手の兵士はよろけた。そこに巨大な斧が振り下ろされた。
「だらあっ!」
ルークスだ。
「ナイスアシスト!」
俺は格好よく英語で言う。
言葉の意味が通じるかな、と思ったがどうやら大丈夫だったらしい。それとも雰囲気で察したのか。
なんにせよ――。
次々と敵はくる。
肉弾戦を仕掛けてくる敵もいれば、矢を放つ敵も、はたまた魔法を放つ敵もいる。
すでに乱戦模様をていした戦場。
俺は周りにまで気を配る余裕をなくしてしまう。
シャネルはどんな指揮をしているんだ?
分からない。
信じるしかない。
この右翼を任されたのは俺だ。しかし俺には戦術眼がまったくない。そのため、シャネルに任せることにしたのだが。
間違った選択だとは思わない。
「隊長、出過ぎだ!」
「分かってる!」
右も左も敵だらけ!
クソ、調子に乗ったな俺ちゃん!
「地面をひっくり返すぞ!」
と、ルークスが言う。
なにやら魔法を唱え、そのままバンッ! と、巨大な斧で地面を叩く。
一瞬、大地が揺れた。
地震ではない。
地割れだ。
それで周りにいた敵たちは体勢を崩す。
俺たちはすかさず距離をとり本体に合流する。我々右翼はどうやら押されだしているらしい。
しかしそれはしょうがない。もともとの作戦通りだ。
「真ん中が薄いわ!」
シャネルの声が聞こえた気がした。
それはもしかしたら気のせいかもしれない。
とにかく前方から敵がくる。
そのことで頭がいっぱいだ。
とにかく前の敵を――。
と、思った矢先に俺たちの前方の敵を炎の大蛇が横切っていく。
「うわっ!」
たぶん、というか絶対にシャネルの魔法だ。
「あぶねえ!」と、ルークスが叫ぶ。
あたりは一瞬で火の海になる。
それでもこちらに向かってくる魔族の兵士たち。まるでプログラミング通りに前に進むだけのロボットだ。
自身の体が燃え盛ろうとお構いなしだ。
さすがの俺も不気味に思い、戦意を失いそうになる。
ドロドロと溶ける鎧。
それでも武器を振り上げて――しかしそれは俺たちの元まで届かない。
「シンク隊長、下がってください!」と、後ろにいたはずのデイズくんが俺に言う。
たぶん前に出すぎていた俺たちに追いついてきたのだ。
「なんでだ!」
「あの、シャネルさんが呼んでます!」
「分かった!」
シャネルが呼んでいる? なにか問題があったのだろうか。
分からないが、いまのシャネルの一撃であきらかに優勢にまで傾く戦場。
しかし――敵はどんどん山の方から降りてくる。
無尽蔵にも思える敵の数。
それに慌てている。
俺はその敵たちに背を向けてシャネルのいる場所へ。
シャネルは右翼の後方にいた。戦場をよく見渡せるようにだろう、馬に乗っている。
魔法を使って疲れているのか、顔色はいつにも増して青白かった。
「シンク……おかえりなさい、怪我はない?」
「無傷だ、それよりどうした?」
まだ戦いは始まったばかり。
中央部隊の一部にはティンバイたちが待機している。あれが山を駆けあげる時まで時間を稼がなくてはいけない。
「問題が発生したの。左翼の方よ」
「問題?」
「おもったより前に出れていないわ。むしろ私たちの右翼が善戦してる。相手の本体がこっちに向かって下がってきてるわ!」
「おいおい、マジかよ!」
これ以上敵が増えるってのか。
というか左翼の人たちさ、もっと頑張ってよ!
お前らが左から敵を攻めて本体を誘い出すんでしょうが! それでもぬけの殻になった山頂を、いっきにティンバイたちが攻め落とす。そういう作戦だったのだ。
いや、しかし……つまり?
どういうことだ?
「シンク、シンク――それでね、聞きたいの!」
戦場において俺がシャネルに質問をされる?
いやいや、分からないって。
けれどシャネルは不安そうに俺を見つめた。
ここで「聞いても答えられないよ」なんて男なら言えない。
「どうした? なんでも聞けよ」
たとえ無責任だったとしてもそう言うしかない。
「最初は左翼が中央まで下がる、中央がこっちの右翼に来る。そういう予定だったわよね?」
「ああ、そうだ」
俺たちは少ない兵力で相手と戦い、なんとか中央部隊がこちらに合流するまで時間を稼ぐのが目的だ。だが現状、俺たちは俺たちの力だけで持ちこたえられている。
「私ね、思うの。私たち右翼部隊が中央まで下がるべきじゃないのかしら?」
「なるほど」
いま現在をもって、俺たちの役割はもともと左翼部隊がはたすべきだったものに成り代わっている。逆に左翼の状態は、俺たち右翼部隊の当初予定に似ている。
戦場における策など、その時々で変わるものなのだ。
「けど私にはわからないの――あの男、ほら、あの……」
「フェルメーラ?」
「そう、そのフェルメーラ! また名前忘れちゃったわ」
いいかげん覚えて、というツッコミはいまはなし。
「それで、フェルメーラがどうしたよ?」
「あの男はどう思うかしら。私たちと同じことを思うかしら、それとも最初の予定どおりにこちらに合流しようとするかしら? 分からないのよ、シンク、私には人の気持ちが!」
「落ち着け、シャネル」
戦場でハイになっているのはシャネルも同じなのだろう。
こんな場所で正常な判断をくだせる人間などほとんどいないはずだ。
俺はシャネルに変わって考える。
フェルメーラはどうする……?
あの男だったら……。
右翼の兵士たちはよく持ちこたえていると思う。ここにいるのはほとんどがもともと俺と同じ冒険者だったならず者部隊だ。そいつらが国のためか、それか自分のためか知らないが必死で戦っている。
みんな全力をつくしているのだ。
それはフェルメーラも同じ。
あいつなら、最善をつくすだろう。
「下がろう」と、俺はシャネルに言った。
「いいのかしら?」
「ああ、大丈夫だ。フェルメーラなら気付いているはずだ、この現状。あいつを信じよう」
まったく、嫌になる。
戦場にスマホの1つでもあればこんな悩みはすべて解決、すぐに連絡を取り合えるというのに。そりゃあ狼煙みたいなものでちょっとした意思の疎通はできるが、そんなもの全軍を動かすときの号令にしかならない。
大きな作戦の流れの中では、指揮官の選択というのがなによりも大事なのだ。それが初動になり、全体の動きにつながる。
1度間違えれば撤回もできない。
その責任重大な決断を、俺は下した。
「分かったわ、シンク。私は貴方を信じるわ。そして、その貴方が信じるというあの男を信じるわ」
「ああ」
シャネルはよく通る大声で叫んだ。
「後退よ! 中央部隊の場所まで! 全体、ゆっくりと下がって!」
その号令とともに、花火のようなものが上がる。
黒い煙が大空にはぜる。
これが赤なら前進だが、黒は後退なのだ。
「じゃあシャネル、俺はまた前に出るぞ」
「ええ、お願い」
俺はゆっくりと下がりだす右翼部隊の中で、あえて自分は前の方に出ていく。
人は勇気についてくる。
その勇気を見せるのだ。
そしてここで後退することもまた勇気の必要なこと。
もしもこれでフェルメーラが予定通り右翼部隊の方にこれば、そうなれば下がりだす左翼が中央に、俺たち右翼も中央に行き、戦場の真ん中ですべての部隊が団子状態になる。そうすれば左右、そして山の上の方から敵に囲まれ、俺たちは壊滅するだろう。
だが大丈夫、フェルメーラなら!
俺は俺の友人のことを、信じている。
すいません、更新遅れました




