049 カブリオレ
パリィには無数のカフェがある。普通の飲食店よりも、居酒屋よりも、なんなら通りのたびに2つも3つもカフェがあるのだ。
パリィの人間はこのカフェをこよなく愛している。
いつもここでコーヒー、カフェオレ、あるいはワインなんかを飲んでいるのだ。
中にはもちろん有名な店もある。
ここ、英雄通りにあるカフェ『カブリオレ』もその一つだ。
「ふふっ、このカフェにくるのが長年の夢だったの」
「そうですかい」
人気の店とはいえ、現代日本のように行列ができるわけではない。パリィの人は個人主義で、他人が絶賛しているから良いものだとは思わないらしい。
有名な店というのはあくまで名前が知られているというだけで、誰もがこぞってやってくる店というわけではないのだ。
そんな店でも通りに面した一等地。テラス席は満席だった。
中もある程度人が入っており、俺たちも店内に通されるかと思った。
だが、シャネルは店員さんにアイコンタクトを送る。黒いスーツを着た男の人、身長は俺よりも低そうだ。
「どうなさいました?」
「テラス席に座りたいのだけど」
こいつ、いきなりワガママ言ったな。
俺はちょっと笑ってしまう。そういうワガママ、俺にだけにしようね。
「申し訳ありません、現在テラスは満席でした。もしお待ちいただけるなら、空きしだいご案内しますが」
シャネルはその瞬間、待ってましたとばかりに微笑んだ。
それは俺に見せる底抜けの笑顔というよりは、冷たい微笑だった。
「私、シャネル・カブリオレって言うんです」
シャネルがいきなり自己紹介をした。
「ああ、そうでしたか」
店員さんがなぜか嬉しそうにする。
シャネルはいつものゴスロリドレスから、ギルドカードを取り出す。あのスキルとかが確認できるやつだ。分かりやすく身分証でもある。
「シャネル・カブリオレ様ですね。どうか少々お待ち下さい」
店員さんはそういうと、テラス席に座る女性二人に声をかける。いかにもパリィの女性という感じの美人さんだった。
二人は何か説明を受けると、こちらを見て嬉しそうに微笑んだ。手を振ってくれる。そして何をするかと思えば、席を移ってくれた。
二人が中に行く。
なんで?
シャネルはご満悦だ。
「どうぞ、こちらへ」
店員さんはさっとテーブルの上を片付けると、その開いた席に俺たちを通してくれた。
シャネルは嬉しそうにテラス席に座る。
メニューを開き、
「決まったらまた呼ぶます」
と、店員さんを下がらせる。
いきなり席を奪ってしまったみたいで、なんだか居心地が悪い。
「ほら、シンク。どれにする? コーヒー? それともワイン? お昼時だから軽食もあるわよ。オススメはサンドイッチですって」
「どういう事だよ」と、俺はシャネルに聞く。
「なにが?」
シャネルはメニュー表から目を離さない。
しかしその様子は、どこかイタズラを成功させた子供のようだ。
「なんであの人たち、席を譲ってくれたんだ?」
「あー、それね。うふふ、実はこのお店、カブリオレ家の人には優しいのよ」
「カブリオレ家って――」
シャネルのファミリーネームだよな。
シャネル・カブリオレ。
でもカブリオレ家ってなんだ?
「シャネル、貴族だったのか?」
「まさか。そういう意味じゃなくてね、このお店ってガングー時代からある由緒正しいカフェなのよ。パリィでも一二を争うほどに歴史のあるカフェよ」
「へー、それで?」
「一説によると、ガングーはこのカフェで将来妻になるお姫様と出会ったらしいわ。その時お姫様は自らの身分を隠して平民としてまだ若いガングーに接したそうよ」
「ほうほう、それで」
正直興味ない。でも女の子の話はこうして聞くものだ。ほうほう、それで。とりあえずこれが魔法の言葉。
「このカフェはそんなガングーが大きくなって、英雄となってからもずいぶんと贔屓されたらしいわ。逆にガングーが失脚した後はその部下の身柄をかくまったりと、何かと縁のある場所だったらしいの。そういった歴史があるからこそ、こんにちまでこのカフェは繁盛してるのね」
シャネルはつらつらと説明していく。
俺はふーん、と聞きながら店員さんを呼ぶ。ぶどう酒とカフェオレあと、サンドイッチ二人分。かしこまりました、と店員の渋い声。
シャネルはその間も喋っている。
「そしてこのカフェはいまでもガングー・カブリオレと同じ、カブリオレ家のものが来たらテラス席に座らせるそうよ。なんでもこの席が、さっき言ったお姫様がよく座ってた席なんだとか」
「ほえー」
でもカブリオレ家って。それつまり織田信長で例えると織田さん全員に良くするようなものか。変な風習だぜ。
「ちなみにね私たちみたいなカブリオレの人間は、たいていが歴史的に見てこのガングーに関係があるのよ」
「そーなのかー」
適当返答モード、オン!
あいづちをうちます。
「皇帝となった後のガングーがアイザレルロットの戦いで大勝したときに、その戦いで戦争孤児になった子たち全員に『カブリオレ』の名前を与えたっていうのはまあ、有名な話ね」
「それ世界史のテストに出る?」
まったく、何が悲しくて異世界での歴史の勉強をしなくちゃいけないんだ。
飲み物がきて、やっとシャネルの話しが一段落した。
俺たちは適当に乾杯する。ぶどう酒は何度のんでもそんなに美味しいとは思えないけれど、なんだか昼間のカフェテラスでワインを飲むのって格好良い気がしてつい頼んでしまった。
シャネルは甘いカフェオレだ。実はシャネルはコーヒーが苦手なそうな。
ふと気付いたことをシャネルにたずねてみる。
「なあ、ここの通りの名前『英雄通り』だろ? それもそのガングーさんが関係あるのか?」
シャネルの顔がもう花が咲くように笑顔になった。
「ええ、ええ! そうなのよ!」
はい地雷ふんじゃいました。
シャネルが嬉しそうに説明をしだす。
どうでもいいなあ、と思いながらも彼女があんまりにも可愛いのでまあいいか。そのまま話しを聞く。
なんでもいいけど、シャネルが楽しそうだとこっちまで楽しくなる。
これが恋だろうか?
わからなかった。
でもよく分からない話しだけはやめてね、お願い。




