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005 シャネル・カブリオレ

 村と言われて俺はたくさんの人が住んでいる集落を想像していた。だがそれは大きな勘違いだった。シャネルが案内してくれた村は廃村であり、人の気配がまったくしなかった。それどころか民家は何軒も壊されており、ここで何かしらの争いがあったことが推測された。


「そこの家ででも待ってて」


 そこの家、とシャネルに示されたのは比較的壊れていない普通の家だ。普通、といっても現代日本のそれとはかなり差がある。木造の質素な家だ。なんだか子供の頃に読んだ絵本「3匹の子ぶた」で次男が作った木の家を思い出した。


「勝手に入って良いのか?」


「良いわよ、どうせ持ち主はいないもの」


 だろうな、と思った。


 中に入り、すぐに目についたベッドに座り込む。


 たった一部屋だけの家。一階建てで、おそらく住んでいた人は一人暮らしだったのだろう。男だろうか、女だろうか、分からない。


 そんなことを考えながら、ふと壁にシミがあることに気がついた。なんのシミだろうか、まるで人の大きさくらいのシミだ。ああ、ちょうどそう。両手を上げて助けを乞うている人に見える。


 どこかで見たことがある気がする――こういった壁についた人形のシミを。どこだっただろうか?

そんなことを考えていると、シャネルが部屋に入ってきた。


「薬とか持ってきたわ」


「ありがとう」


 腕を出して、と言われたのでそのとおりにする。なにやら酷い匂いの軟膏を塗られた。けれど痛みはない。その上からシャネルは先程と同じ治癒魔法をかけてくれる。そして慣れない手付きで包帯をぐるぐると巻いてくれた。


「これでよし、と。どう痛みは?」


「今は大丈夫だな」


「なら良かったわ。でもしばらく安静にしていること。さっきみたいに乱暴に動かしたらまた傷が開くわよ」


「さっきので懲りたよ」


「よろしい。その傷が治るまではこの村に居てもいいわよ」


「どれくらいで治るかな」


「さあ、人それぞれでしょうから。でも普通は一週間もかからないわよ」


「ふうん」


 つまり俺は一週間、この村でシャネルと一緒に過ごす権利を得たわけだな!


 ゲヘヘ。


 俺の顔がよっぽど気持ち悪かったのか、シャネルは若干引き気味だ。


「なんでもいいけど、怪我して喜んでるって貴方マゾの人?」


「さあ、人それぞれだから」


「意味わからないし」


 シャネルは出ていくのかと思ったら、部屋の椅子に腰掛けた。そして退屈そうに自分の髪を弄ぶ。ちら、っとこちらに流し目を送ってきた。


 ドキッとする。


「あのさ、さっきね」


「さっき――?」


「そ、助けてくれたでしょ。ありがとう。まだお礼言ってなかったから」


「別にいいよ、お礼なんて。こっちだっておかげでいいもん見れた。魔法なんだろ、あれ。初めて見たよ。すごいな」


「魔法を見るのも初めてって、貴方どこの田舎者? そういえば名前、シンクって言ったわよね」


「そう、フルネームは榎本真紅だよ」


「エノモト……ますます変な名前ね。ああ、分かったわ。シンクは極東にあるっていう島国、ジャポンの出身なのね。知ってるわ、私はそういうのに詳しいの。あそこの国の人は魔法が嫌いなのでしょう? だから平民の中には魔法の存在を知らない人もいるって、ふふ、遅れてるわね」


「ま、そういうことだ」


 別に違うけど、訂正するのも何かと面倒だ。そういうことにしておこう。


 たぶんジャポンってのは鎖国してた頃の日本みたいな国なんだろうな、うん。


「でもジャポン人のシンクがどうしてドレンスまで来たの?」


「ドレンス?」


「やあね、そんなことも知らないの? この国の名前でしょ。貴方、もしかして奴隷船にでも乗ってきたの。それで途中で逃げ出したとか、海からここまで歩いてきたの?」


「いや、なんというか、気づいたらここにいたんだ」


「なにそれ? ま、言う気がないんなら別に良いわ」


「でも目的はあるよ」


「へえ」


「復讐してやるんだ、嫌いなやつらに」


「復讐?」


 俺の言葉を聞いてシャネルの目が怪しく光った。


 なんだろうか、この目は。そう、これは期待というやつだ。彼女は俺に期待しているのだ。


「貴方、こんな言葉は知っていて? 復讐は憎しみしか生まないって」


「一般論だな」


「だからこその正論よ」


「だとしても聞く気は毛頭ないね。俺はそのためにここに来たんだ」


「決意は硬いようね。ならもう何も言わないわ、言える立場でもないしね。頑張ってね、応援してるから」


 応援?


 どうして応援なんてされるんだろうか。俺がこの子に。


 不思議だった。けれどそれを聞き返す前に、強烈な眠気が襲ってきた。


 なんだこれ、時差ボケならぬ異世界ボケか?


「あら、おねむ? いいわ、ゆっくり眠りなさい。夜になってら起こしてあげる、夜ご飯くらいは作ってあげるから」 


 ありがとう、という前に眠くてたまらず目を閉じたらもう闇の中だった。


 それは死のような眠り。


 どこか遠くからシャネルの足音が聞こえる。彼女がこの家を出ていく……。


 ああ、もしかしたら俺は無防備すぎるのではないか? ちょっとだけ、そう思ったのだった。




 ――朋輩、朋輩。素敵な朋輩。いい調子ですわよ、このままですわよ。この世は全てこともなし、貴方様の思うままに――




 目を覚ますと外は夜のようだった。


 シャネルはいない。夜ご飯はまだだろうか、お腹がすいている。


 なんだか夢の中でアイラルンに会った気もするけど、たぶん気のせいだ。というかあの女神もまあ可愛いよな、うん。好きだ。


 のっそりと重たい体を起こす。なんだかまだ眠たい気がする。


 立ち上がり、あくびを一つ。


 のびをして、覚醒。


 外に出ると、やっぱり夜だった。空には星が浮かんでおり奇麗なものだ。


 月だって出ている。なんだか俺が知っている月よりも恐ろしく感じる。光の質が硬いというか――月明かりなんて柔らかいものではない。まるで俺を告発するような、指すような光が降り注いでいる。 


 そういえば聞いたことがある。日本と違って外国では湿度が低いから、空気が乾燥して月光も強く照らすのだと。だからこそ、外国では月を日本のように優しいものとは見ていない。ルナティック――狂気、なんて言葉もあるくらいだ。


 たぶんこの異世界も同じなのだろう。


 それにしても、シャネルの家はどこだろう? 分からないし、わざわざ探すのも面倒だ。


 地面から突き出た石がある。ちょうど座りやすそうなので椅子がわりにそれに座る。寝起きで頭が回っていない。ぼーっとしているのだ。


 どうやらこの石はこの村の中心にあるようだ。たいていの家はこの石に向かって建てられており、玄関はこちらを向いている。なんだろうか、この石は?


「御神体に座るなんて罰当たりな人ね」


 後ろから声がした。見ればシャネルだ。


「そうか、これは大切な石なのか」


「別に、ただの飾りよ。でも村の御老体の中にはありがたがってた人もいたけどね」


「この村、何があったんだ? 誰もいないけど」


「やっぱり気になるわよね」


「そりゃあな。住んでるのキミだけなんだろ」


「ええ、そうよ」


「他の人はどこに行ったんだ?」


「全員死んだの」


 ずいぶんとあっさりと言った。


 全員、死んだ。


 病気かなにかだろうか。だとしたら俺もこの場所に留まるのはよくない気がする。たとえば伝染病ならば、この世界の医療技術で治る可能性は低いかも知れない。現代日本ならば簡単に治るような病気でも、異世界だとどうかは未知数だ。


「死んだ?」


「殺されたの」


 撤回だ。


 別に病気というわけではないようだ。殺された、物騒な話だ。こういうのを剣呑(けんのん)といったりするんだ。


「誰に?」


「人を殺すのは人だけよ、神様が私達を殺すのなんて神話の中だけでしょ」


 答えになっていない、つまりは答えたくないということだ。


「貴方、復讐してやりたい人がいるんでしょ?」


「ああ」


 それも5人も。


「私も同じ。この村をこんなふうにしたあいつに復讐してやるの」


 そういって、シャネルは俺の隣に座る。


 御神体だと言っていた石に、だ。


 そして彼女は空を見上げる。


 満天の星がまたたく夜空を。都会の夜じゃこうはいかない、周りに人工の光が一つもないからこその星々の光だ。そしてその中でもひときわ存在感を示す――月。


 この世界にだって月はあるのだ。


 それは地球の月となんら違わない。例えば赤かったりだとか、二つあったりだとか、やけに大きかったりだとかそういうことはない。ただの月。見慣れた月。もしかしたらウサギさんだって跳びはねているかも知れない。


「ジャポン人の貴方は知ってるか分からないけど、月はじっと見ちゃダメなの」


「そうなの?」


「ええ、あれは神様そのものだからね。どうしても見たいときは、これ」と、シャネルは石を指出す。「この御神体に映る月を見るの」


 言われてみれば椅子代わりの石は鏡のようにピカピカしていた。


「神様って、アイラルンのこと?」


「あはは、貴方っておかしいのね。それ邪神の名前よ。神様はディアンって言うの。美と月の女神」


 やっぱりあの女神、邪神だったか。


 そりゃあそうだ、因業なんてよく分からないものをつかさどる女神なんだから。人を復讐にそそのかすなんてまともな女神のやることじゃないと思ったんだ。


「でもさ、あの月がその女神なら、シャネルはいま月を見てるよな」


「ええ、そうね」


 当然のようにシャネルは頷く。


 良いのだろうか?


「見たらダメなんじゃないのか?」


「もういいの、だって私もアイラルンに復讐を誓った身だもの。だからね、貴方と同じ」


「つまり月を見ちゃダメなタブーも破ると」


「知ってる? ディアン様とアイラルンって仲の悪い女神同士なのよ」


「へえ」


 水先案内人――たしかアイラルンはシャネルのことをそう言っていた。


 つまり彼女と俺は同じような目的の元に行動することになるのだ。


「だからね、少し考えたんだけど。貴方、私と一緒に旅をしたらどうかしら?」


 それはまるで、お買い得商品を宣伝するかのような気軽さだった。


 売り込みにしてはセールスポイントの一つもないが。


「うん」


 けど、俺は頷く。


 だってこんな綺麗な人と旅ができるなんて、願ったり叶ったりってもんだ。


「そう言ってくれると思ったわ。私は魔法師で後衛、貴方は剣士かしら? なんにせよ前衛よね。いいコンビだと思うわよ」


「相性最高だね」


「それはヤッてみないと分からないけど」


 クスクス、とシャネルは妖艶に笑う。


 いや、それは嗤うという表現の方が正しいかも知れない。なにがそんなにおかしいのか、彼女はまるで誰かを哀れんでいるようだ。


 ――誰を?


 俺だろうか、それとも自分自身だろうか。


「きっといい旅になるわ――この復讐の果に見る景色は絶景よ」


 シャネルはそう言って、月に向かって手を伸ばしたのだった。

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