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487 怯懦なやつはお呼びじゃない


 宴もたけなわになって、なかにはゲルに戻る馬賊もいた。


 それでも酒に強いものは焚き火の前に集まって博打をしたりしていた。


「兄弟、ちょっと来な」


 部下の前では酒を呑まぬティンバイは、いまだシラフだ。


 俺は少しばかり酔っていたが、歩けないほどではない。


「どうした?」


 ティンバイは真剣な顔をしていた。


「ぐずぐず言わずに来な」


 どうも大切な話のようだ。


 俺と同じくらいの量を飲んだシャネルはけろりとしており、当然ついてこようとする。しかしティンバイが手でせいした。


「なによ、ついてくるなって言うわけ?」


「その通りだ。俺は兄弟と2人で話がしたい」


 シャネルが俺を見る。


 ――ついていっても良いわよね?


 と、そう言いたげだ。


「悪いな、シャネル。そこらへんの酒、美味しかったな。飲み干される前にとっておいてくれ」


 シャネルはあまり納得していないようだったが頷いた。


 こうして仕事を与えておけばシャネルも満足するだろう。


 シャネルの膝の上では飲みすぎたのか、スーアちゃんが眠っていた。眠っている彼女は小さな子どものようだった。可愛い。


 それを見ているのがバレたのか、シャネルは俺を睨む。


「むっ」


「あはは」


 笑って誤魔化す。


「そういえば忘れてた、シンクってば小さい子が好きだったんだわ」


「ソンナコトナイヨー」


 それだけ言って俺は焚き火の方から離れていく。


 ティンバイは俺の少し先を行く。


 周りには誰もいなくなる。


「兄弟――」


 と、ティンバイは重々しく口を開いた。


「なんだ」


「さっきのあれはなんだ」


 さっきのあれ、というのが何を指すのかすぐに理解できた。


 さきほどハンチャンが放り投げた饅頭を撃った、まあいわゆる曲芸のことだ。


「やっぱり分かったか」


 他の馬賊ならばどうあれ――酔っていることもある――ティンバイの目は誤魔化せるものではない。


「はっきり言ってド下手の撃ち方だったぜ。もっとも俺様たち馬賊は誰しもが我流の撃ち方をしているからな。他人のやり方にとやかく言えるもんじゃねえが」


「いや、言ってくれても良いんだ。自分でも分かってる」


 実際、モーゼルの撃ち方に関してはずっと練習してきた。それである程度は見れるものになったと自覚している。だがかつてのキレには程遠いのだ。


「狙いがブレブレだった。それでも当てるってのはまあ大したもんと言えなくもない。ただあの撃ち方じゃ、いざというときに外すかもしれない。百発百中の弾丸とはいかねえだろ」


「うん」


「なにがあった、説明してみせな」


 ティンバイに隠すことはできないだろう。


 それに、どうせいつかは言わなければいけないことだ。


「じつはな――」


 俺はいままでのことを言う。


 グリースに行ったこと。


 そこで魔王の城まで攻め入ったこと。


 魔王と対峙し、そいつのスキルで俺のスキルが奪われたこと。そのせいでモーゼルの撃ち方だけではなく、武芸に関することを前ほど自由自在に扱えなくなったこと。


 もちろん俺の復讐のことは言わなかった。


 そんなことはわざわざ言うつもりはない。


「なるほどな」


「だから俺は前ほどまでに強くない」


 俺は意を決してそう伝えた。


 失望されるかもしれない。そういう思いはあったがきちんと伝えないわけにはいかなかった。


 だがティンバイは薄く笑う。


「そうは思えねえな」


「えっ?」


「兄弟、お前は俺様の元を去ってからも数多くの経験をした。違うか?」


「そりゃあ……」


「いいか。男の貫禄ってのは場数だ。いまの兄弟はルオにいたころよりも確かにでかい男になってる。さっき、小舟を降りたときだってそうだ。ああやって馬賊のやつらにねぎらってやるだけの言葉を、かつての兄弟は持たなかった」


「なるほど」


 たしかに昔の俺だったらそういうのは嫌いだと逃げていたかもしれない。


 なすべきことをなすと思えるようになったのはここ最近だ。


「体の強さがなくなっても、心の強さがある。ケンカに大切なのはたしかに腕っぷしもそうだが、胆力たんりょくだって同じくらいに大切さ」


「ありがとう、慰めてくれてるんだな」


「おい、兄弟!」


 いきなりティンバイは怒鳴る。


「な、なんだよ」


「あんまり卑屈がすぎるとしまいには怒るぞ!」


 いや、もう怒ってるでしょ。


「ご、ごめん」


「いいか、お前はこの俺様、張天白チャンティンバイが認めた漢だ。たかだかスキルの1つは2つで泣き言なんて言ってんじゃねえ! 分かったか!」


 無茶苦茶な理屈である。


 お前は俺の認めた漢なのだから、できないこともできるのだとそう言ってくるのだ。


 だけど不思議なことにティンバイに言われれば、なるほどできるのではないかと思えてくる。俺の中にも期待に答えたいという気持ちが芽生える。


「分かった」


「それで良い。ただまあ、モーゼルに関しては1つ、コツを教えてやれないこともない」


「コツってなに?」


 ティンバイといえば馬だけではなく射撃も名手だ。


 そのティンバイの教えとすれば、それは誰もが聞きたがるほどのものだ。


「いいかい、よく聞け。モーゼルってのはな、気合で撃つんだよ」


「えっ?」


「つまり心で撃つんだ。体なんかで撃つもんじゃねえぞ、さっきの兄弟みたく当たれ当たれって願いながら撃つもんでもねえ。神頼みなんて必要ねえんだ。俺様が当たると思ったから当たる、それで良いんだよ!」


 またもや無茶苦茶な理屈だった。


 当たると思うから当たる。


 それができたら苦労しない。


 俺は思わず笑ってしまう。


 なんだかそれと同じようなことを言っている人がいた。ココさんだ。


 ココさんも言っていた、水魔法は愛で使うのだと。あれもまあ無茶苦茶な理屈だったが、シャネルは見事にそのアドバイスを聞いて苦手だった水魔法を使えるようになった。


 ならば俺も――。


「ティンバイ、なにか投げてくれ」


「饅頭はないが、これならあるぞ」


 そう言ってティンバイが取り出したのは小さなコインだ。ルオの国は紙幣を使っているので、もしかしたらドレンスのお金かもしれない。


「いいよ、それで」


 と、俺は言った。


 さっきの饅頭よりも難しい。


 だとしても、外すつもりはなかった。


「先に言っておく、これを外すようなら俺様は兄弟のことを副攬把から外す。弱い人間はまだ良い、ただ怯懦きょうだなやつはお呼びじゃねえ」


「ごちゃごちゃ言わずに――投げな」


 俺はモーゼルを構えない。


 あくまで先程までと同じ抜き打ちだ。


 ティンバイは無表情のまま、コインを放り投げた。


 俺はそのモーゼルを抜き。


 ――当たる!


 そう思いを込めて弾丸を放つ。


 甲高い音が鳴った。


好打ハオタア!」


 ティンバイが手を叩いた。


「どんなもんだい」


 俺はモーゼルをしまう。


「兄弟は弱くなんてねえよ。それは俺様が保証してやる。さあ、戻るか」


「そうだな」


 俺たちは2人で歩く。


 モーゼルは心で撃つか、なんとなくだが分かった気がした。


明日更新おやすみします

すいません

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