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485 馬賊たちとの再会


 小舟で海を渡る。


 海岸沿いには馬賊の面々が歓喜余ってモーゼルの弾をやたらめったらに撃っている。中には見知った顔もあって、俺は久しぶりの再開に嬉しくなった。


「にしてもけったいなところに住んでるもんだぜ、兄弟。おかげで馬に少しばかり無理をさせちまった」


「べつにわざわざ閉じようとする道に飛び込まなくても、あっちから使いでも出せば良かったんじゃないの?」


「それじゃあつまんねえだろ」


 なにかにつけて派手好きなティンバイのことだ。久しぶりの再開を少しでも印象的なものにしたかったのだろう。民草の英雄は誰に対してもサービス精神旺盛だ。


 小舟に乗っているのは俺とティンバイ。それにシャネル、あとはエルグランドだ。


 エルグランドはべつに来なくても良かったと思うのだが、責任者として馬賊の兵隊の練度を見ておきたいと言われれば断る理由もない。


 本当は1人取り残されるのが寂しかっただけかもしれないが。


「兄弟、少しばかり手でも振ってやりな」


「そうだな」


 俺が手を振ると、馬賊たちから歓声があがる。なんだかアイドルにでもなった気分だ。


「本当にどうなっているのですか? エノモト・シンク、貴方がルオにいたことは知っておりますが、そこでなにをやっていたのですか?」


「まあいろいろかな」


「なんだ兄弟、言ってないのか?」


「べつに言うほどのことじゃないでしょ」


「そうなのか、俺様はてっきりルオでの活躍を取り立てられてドレンスの重鎮じゅうちんになってるのかと思ったぜ」


「重鎮ってなんだったかな」


 文鎮ぶんちんなら分かるけど。


「1つの勢力で重い立場にある人のことよ。そういう意味ではシンクは重鎮だと思うけど」


 シャネルが教えてくれる。


「まさか。俺はただの冒険者、ただちょっとドレンスが人手不足なだけ」


「人手不足か、そいつに救われたなエルグランドよぉ」


 ティンバイはさっきまでエルグランドを「さん」付けで呼んでいたが、やめたらしい。


「なにがですか?」


「最初の増援要請、俺様たちはまったく手を貸すつもりはなかった。だが兄弟からの手紙がきて気が変わった。というよりも、行く理由ができた」


「……はい」


 俺はエルグランドの脇を小突く。


 このことについては何度も文句言われたからな。それ見たことか、ルオからの援軍は来てくれたのだ。俺は嘘つきじゃないぞ。


「どうだよ、エルグランド。だから助けに来てくれるって言っただろ」


「そうですね、ここに謝っておきます」


「素直に『ごめんなさい』って言えよ……」


 まあいいけどさ。


「それで、エノモト・シンクはルオの国でどのような活躍を?」


「そうだな、俺様たちの革命が成功したのは兄弟のおかげと言っても過言じゃない」


「そりゃあ言い過ぎだ、ティンバイ」


 たぶんだけど、俺が1人いなくてもティンバイは革命をやってのけた。そりゃあ少し時間はかかったかもしれないが彼ならやり遂げたはずだ。


「エノモト・シンク、貴方が一角ひとかどの人物であることは認めましょう」


「ひとかど?」


 あんまり難しい言葉使わないで、訴えるよ!


「人より優れてることよ」


 すかさずシャネルのフォローが入る。


「しかしですね、エノモト・シンク。このドレンス軍の総大将は私ですからね。それを忘れないように」


「なに言ってんだ、エルグラさん」


 俺がそんな地位を狙っているとでも思ってるのかよ。俺はべつに復讐ができればいいのだ。そういう意味ではティンバイと一緒だ。目的が重要であり、地位はその目的のために手に入れた、ないし手に入ったものである。


「さあ、海岸だぜ。降りるぞ」


 ティンバイは最初に降りる。


「よいしょっ、と」


 エルグランドも次だ。


 ドンドンドン、とモーゼルの弾が打ち上がる。


「うるさい……」


 シャネルは美しい顔をしかめながら降り立つ。なんだか馬賊の間からため息のような声が聞こえた。間違いなく、何人かの馬賊はこの瞬間にシャネルに惚れたな。


 シャネルが美人だと認められるのは嬉しいことかもしれないが、シャネルのことを好きな人間はなんだか腹立たしい。俺もシャネルのことを言えないくらい嫉妬深い。


 俺は小舟を降りる前に、いま一度、小舟を取り囲む馬賊たちを見た。


 みんな期待を持った目で俺を見ている。


 誰もが俺の言葉を待つように、モーゼルを撃つ手を止めている。


 これ、なにか発言しなくちゃならない感じか?


 うーん、しょうがない。


「みんな、来てくれてありがとう」


 口下手というよりコミュ障だ。


 だからこんなことしか言えない。


 けれど馬賊の流儀として、感謝の言葉を長々とたれる奴はいない。


 どこまで行っても男の世界なのだ。


 これで十分。


 馬賊たちは馬のひづめをひみ鳴らさせて、歓迎の意を示す。そこかしこでモーゼルの弾が打ち上がり、怒号のような歓喜の叫びが上がる。


「福攬把!」


小黒竜シャオヘイロン!」


「榎本真紅!」


 思い思いの呼び名が叫ばれて、俺は少し照れてしまう。


 ティンバイが俺の肩を組むようにして隣にたつ。


「よし、野郎ども! 今日は久しぶりに宴会だ! やっとこさルオから兄弟の元へたどり着いたんだ。飲めや歌えや! 今日ばっかりはどれだけ乱れても良いぞ!」


 ティンバイが言って、歓声が上がる。


「こちらの蓄えも出せば良いのですね?」


 エルグランドが恐る恐る聞く。


「おうよ。全部出しな、全部たいらげてやるぜ」


「く、食い荒らすつもりですか?」


「俺様たちは馬賊だ」


 それが答えだとばかりにティンバイは堂々と言う。


 たしかに馬賊は治安維持をしたさい、近隣の村から報酬として食べ物や酒などをもらっていく事が多い。むしろ金品よりもそちらをもらうことがメインだろう。


 そういう理由を考えれば、ドレンスの援軍に出てきてくれたティンバイたちを食べ物と酒でもてなすのは当然のことだ。


「エルグランド、出してやりなよ。そしたらあんたの株も上がるぜ」


「株が上がる――そうですか、分かりました」


「おうおう、気前の良いやつは好かれるぜ」


「分かりました、外に待機していた兵たちに蓄えを放出することを指示してきます」


 そんなことを言っていると、俺のの頭上から影ができた。


 見上げれば巨漢の男が1人。いや、巨漢と言っても縦ではなくて横にでかいのだが。


「ダーシャン!」


 と、俺はその男の名前を呼ぶ。


「久しぶりだな、シンク!」


 ダーシャンはトレードマークの青竜刀を背中にかついでいる。いやはや、本当に久しぶりだ。


「元気してたか、太りすぎて死んでなかったか?」


「バカ言うな、これは全部筋肉だ」


 俺はダーシャンの腹を叩く。ぶよん、という感触がした。


 腹の肉もおっぱいも同じ脂肪だろうに、どうしてこんなに感触が違うのか。


 ミステリーである。


「シンク、元気そうじゃないか」


 すすけた黒髪の男が話しかけてくる。筋骨隆々の肉体は、まるで岩のようだ。


「ハンチャンか! お前こそ元気そうで」


 この男は『不死身のマゥ』の二つ名を持つ切り込み隊長だ。数々の戦いで俺とくつわを並べた。


「本当に久しぶりだな、シンク」


「奥さんと子供は元気かよ」


「ああ、最近はもう騒がしくて。こんど、2人目が産まれるんだ」


「それはおめでとう!」


 でも、そしたらこんな戦場にいて良いのだろうか? ダメだと思うのだけど……。まあ、止めて止まるような男はティンバイの部下にはいないか。


「シ……シンクさん」


 恐る恐る、という感じで声が聞こえた。


 しかし、音はすれども姿は見せず。


「むっ!」


 シャネルがなにかに警戒したように俺の手をつなぐ。その手にはさらさらとした手汗が。


 姿は見えなくても、俺は声をかけてきたのが誰か分かった。


 臆病な子猫をあやすように言う。


「出てきなよ、スーアちゃん」


 そして。


 ひょっこりと。


 人垣の中からスーアちゃんが恥ずかしそうに姿を現すのだった。


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