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048 ケモミミ


「シャネル、俺が前に出る。援護頼むぞ」


 俺はいまだ姿を見せない敵を警戒しながら、シャネルにそういう。


「そりゃあもちろん、でもあんまり大技は使えないわよ。さすがにパリィの街を壊す訳にはいかないわ」


「そりゃあそうだ」


 必殺技である「グローリィ・スラッシュ」もこんな街中で使うべき技ではない。シャネルだって炎属性の魔法が得意で、しかも彼女の呪文はド派手なのばかりだ。


 こういった街中では不利といえる。


 しかも相手がどこにいつのか分からない。やみくもにぶっ放すわけにはいかない。


 ダガーナイフが飛んでくる。俺はそれを剣ではじく。しかしその次の瞬間には他の方向からナイフがとんでくる。俺はそれをなんとかはじく。


 そして三発目。


 これはもう剣で防げない。しかもシャネルの方へ飛んでいる。


「シャネルっ!」


 シャネルはあわててそれを避ける。


「上からの攻撃よ!」


「たしかにそう見える!」


 だがその方向が全て違うのだ。


 俺は目を凝らす。俺の目には女神の寵愛が宿っているのだ。星の光だけでまるで真昼のように周りが見える。


 とはいえこれはとにかく疲れるのだ。


 精神力というか、魔力というか、体力とはちょっと違う気力のような部分が消耗する。


「見えた、上だ。マロニエの木の上を移動している!」


 それもかなりの速度でだ。


 まさに縦横無尽じゅうおうむじん。あれが人間の動きだというのか?


 俺にだってあそこまでの動きはできない、


 シャネルが狙いをつけてファイアーボールを放つが、敵はそれをやすやすと避ける。そしてこちらにナイフを投げてくる。


 俺がそれをまた剣で防ぐと――


 一瞬にして敵はこちらに近づいてきた。木の上から飛び込んできたのだ。


「なっ――」


 敵がナイフを突き立ててくる。


 その刹那、俺を包み込むように一瞬だけ魔法が発動したことを示すような光が放たれた。


 敵は飛びすさり距離をとる。そして、手元からナイフが消えたことにたじろいだ。


 何が起こったのか分かっていないのだろう。


 それもそのはず、これは俺にだけ与えられたユニークスキル。『5銭の力』によるものだ。


 しかしこれが発動したということは、俺が致命傷を受けたということ。いまの一発でいくらお金が減った? 次も大丈夫という保証がない、この戦いの最中に財布の中身なんて確認していられないのだ。


 あ、俺財布とか持ってなかったわ。


「あんたたち、強いね。僕もちょっと本気だそうかな」


 僕、と自分のことを呼んだわりには高い声だった。


 眼の前の敵はいかにも顔を見られたくないというようにフードでその表情を隠している。しかしその雰囲気から、オペラ座に行く前に俺に視線を送っていた人間であることは分かった。


 どうやら俺たちはずいぶんと前から監視されていたらしい。


「だってよ、シャネル。どうする?」


「あら、私もまだまだ全力じゃないわよ」


「言ってろ」


 まったくシャネルは負けず嫌いだ。


 でもそれくらいの方が旅のパートナーには良いだろうな。


 俺は剣を構える。


 さて、どう攻める? いや、そもそもどう攻めてくるつもりだ。


 敵はまるで手品のようにマントの中からナイフを大量に取り出した。それをジャグリングのように放っている。


 一つミスをすれば自分の手を斬るだけだというのに、それだけ余裕ということか。


 最初に動いたのはシャネルだ。


「ファイアーボール!」


 直線的な火球を飛ばす。


 敵は当然のようにそれを避けた。だが俺はそれに合わせて剣を突き刺すように突進していく。


「うおおおっおおっっっ!」


 気合の叫び。


 しかしこれはもう一つの理由がある。こうして声を出すことで周りの人が気づくのを期待しているのだ。


 接近を良しとしないようにナイフが飛んでくる。


 2、3本刺さるのは仕方ない――そのまま突っ切る。


 ――と、思っていた時期もありました。


 1本目が肩をかすめた時点で痛みに耐えられず下がってしまった。


 いてて、やっぱり無敵のヒーローとはいかないな。


「情けないわよ、そんなのじゃあ!」


 シャネルが文句を言ってくる。


「痛いんだから仕方ないだろ!」


 無数のナイフが飛んでくる。


 今度は当たりたくなくて必死ではじく。だがシャネルを守りながらだ、こちらが攻めるタイミングを掴めない。


 そのうえ敵はそこらじゅうを飛び回っているのだ。


「シンク、そのまま守ってて。ここら一体を更地にしてやるわ!」


「待て待て、それはダメだって!」


「背に腹は代えられないわよ!」


 だとしても攻撃以外の手段が何かあるはずだ――なにか。


 はっと、気がつく。


 ――そもそも相手はどうしてこの暗さでこちらの位置が正確に見えているんだ?


 相当目が良いに違いない。それこそ俺と同じくらいに。


「シャネル、思いっきり周囲を明るくできるか? 目がくらむくらいに」


「できないことはないけど、うんと魔力を使うわ。やったあとに使い物にならなくなると思ってね」


「ああ、それでいい。それさえやってくれれば後は俺がなんとかする」


「信じてるわよ」


 シャネルが、俺の服の袖を掴んだ。


「ああ」


 ナイフをはじき飛ばしながら俺は答える。



 ――「晩夏立ち込めし陽炎、その光により万物を照らせ!」



 シャネルは詠唱を終えるとまるで空に手を伸ばすように杖を振り上げた。


 風切り音とともに打ち上がった火球は上空で花火のように弾ける。


 俺はすぐに目を閉じた。それでもまぶたの先が真っ赤になる。なんという明るさか。たしか明るさの単位ってルクスだったよな?


 そんなふうに目を閉じた俺ですらこれなのだ、いきなりやられた相手はたまったものではないだろう。


 ドサッ、という音がした。


 恐る恐る目を開けると、木の根元に敵が倒れている。たぶん木の上から落ちたのだろう。


「う、上手くいったわ……」


 シャネルは疲れているのか顔が真っ青だ。


 俺は倒れた敵に近づく。いまので気絶したのだろうか、ピクリとも動かない。


 フードがめくれていた。


 その下からあらわになった顔を見て、俺は驚く。


「――女?」


 しかもかなり若い。それこそオペラ座でネズミでもやっていそうなくらい。


 中学生くらいだろうか。そしてかなり整った顔立ちをしている。美人とは違う、どちらかというと可愛らしい顔の少女だった。


 だが驚くべきところはその若さだけではない。


 少女の耳だ。それは俺たちのように顔の横にはついていない。まるで獣のように顔の上にぴょこんとのっているのだ。


「ケモミミ――?」


 俺が驚いていると、突如としてそのケモミミ少女が動いた。


 喉元に向かってナイフを突き立ててくる。


 くそ、今までのは演技だったのだ。


 俺は掌底でケモミミ少女がナイフを握る手を横からはたく。


「あっ――」


 思った通りの可愛らしい声。


 しかしその少女が俺を殺しにかかっているのだ。


 ナイフが手から離れ、どこか暗闇の中にとんでいく。


「くそっ」と、ケモミミ少女が悪態をつく。


 容赦はしていられない。俺は少女の腹部に追撃の拳をめり込ませた。『武芸百般EX』スキルのおかげでどの動きも達人級だ。パンチのキレも冴え渡っている。


「うぐっ」


 ケモミミ少女は今度こそとどめの一撃になったのだろう。腹を抑えてその場に突っ伏した。


 その時に、バラバラと音をたててマントの中から無数のナイフが落ちた。おいおい、どんだけ隠してたんだ、こいつ。


「貴女、どうして私たちを狙っていたの」


 シャネルが杖を向けてきつい口調で問う。


 杖は握っているがそれははったりだろう、シャネルにはもう魔法を唱える魔力はないはずだ。


 ケモミミ少女は憎たらしく笑う。


「言うわけないだろう、僕にだって仕事へのプライドがあるのさ」


「そう、仕事ということは誰かに依頼されたのね」


 ケモミミ少女はキョロキョロとあたりを見回す。何かこの状況を打破するための手段を考えているのだろうか。


「誰に頼まれたの、言えば命だけは助けてあげるわ」


 ひえー、怖い。


 命だけはって、何するつもりだよ? いや、そもそも言わなきゃ殺すのか。


 まあシャネルなら当然やりかねないのだが。


「言えるわけないだろう、殺し屋が依頼主のことなんて。へへっ、ただあんたらは有名人で恨む人間がた~くさん居るってことさ」


「そう、そこまで分かれば十分だわ。もう用済みよ」


 シャネルの杖先に魔力が集中する。


「ちょ、ちょっと待てシャネル!」


「なあに?」


 シャネルはいきなり笑顔でこっちを見る。


 怖いよ、その切り替え!


「殺すのは……さすがにやめない?」


「どうして? こいつは私たちを殺そうとしたのよ。それにせっかくの良い雰囲気を台無しにしたんだから。人の恋路を邪魔するなんてね、ふふふ。ドレンスじゃあ殺されても文句言えないわよ」


 ケモミミ少女は不安そうにこちらを見ている。


 いや、むしろすがるように俺を見つめている。助かるのならば、助けて欲しいとそういう顔だ。当然だろう、人間だれしも死にたくなんてない。


「寝覚めがわるい、殺すのはやめるべきだ」


「でもこいつをここで逃がせばこの女はまた私たちを襲うわ」


「ならそのたびに退ければいいだろ。な、だから殺すのはやめよう」


 シャネルはやれやれと杖を下げる。


「シンクってたまに思うけど、お人好しよ。そんなのでまともに復讐なんてできるのかしら」


「復讐相手は別だ、容赦しない。でもそれ以外は殺したくないんだ」


 シャネルは貴方が言うならなんでも従うわ、と頷いた。


 命をとりとめたケモミミ少女は自分がどうして殺されなかったのかわからないのだろう。不思議そうな顔をしている。


「後悔するぞ、僕のことを見逃したら。絶対にまた襲いにくる。命を助けてくれたことに感謝なんてしないからな!」


 ああ、こういうの良いなあと俺は思う。


 むしろこの異世界に来てから女の子に好意しか向けられていなかった気がする。こうやってむき出しの敵意を見せられると……。


 ちょっと興奮するかも。


 俺ってばけっこうマゾなのね。


 少女は俺たちを威嚇するようにグルルと喉を鳴らす。でももう戦意はないのだろう、俺がちょっと動くだけでビクリと恐れる。


 うーん、俺はマゾだけどサドも好きよ。


 なんだかこうして人をイジメるのってくせになるよね。相手をないがしろにして、自分が優位であるとしめして……ああ、俺はそんな理由のためにイジメられていたのだろうか。


 ミイラ取りがミイラになるなんて言葉もある。


 俺は他人をイジメることなんてしたくない。


「ほら、行けよ」


 と、俺はケモミミ少女に言う。


 ちょっと下心もある。もしもこれで相手がブスだったらどうでもよかったけどね。このケモミミちゃんは可愛いから。


「本当に感謝なんてしないからな!」


 捨て台詞だ。


「なんでも良いからさっさと行きなさいよ。あんまりグダグダしてると本当に殺すわよ」


 シャネルがまた物騒なことを言う。


 その言葉を本気と受け取ったのだろう。ケモミミ少女は闇に消えていった。しかしそのスピードにさっきまの凄まじさはない。


 ちょっとお腹を強く殴りすぎたかな?


「あら、このナイフ良いわね」


 シャネルがそこらへんに落ちているナイフを拾い上げる。


「せっかくだからもらっておけよ」と、俺は冗談で言う。


「そうするわ」


 シャネルがゴスロリドレスの中にナイフをしまい込む。


 うーん、シャネルったらたくましいなあ。


 俺だったら自分を殺そうとした人間が使ってたナイフは使えないなあ。


「にしてもなあ、まさか暗殺者を送り込まれるとは。俺たちってそんなに他人から恨まれてたか?」


 シャネルをじっとりと睨む。


 だってそうだろ、俺が他人から恨まれるわけないじゃないか。きっとあのアサシンはシャネルを殺そうとしたのだ。だってシャネルって人から恨まれてそうだし。


「シンクじゃないの、恨まれてるの?」


「えー、そうかな」


 いや、どう考えてもシャネルだろ。


 いや、だがあのケモミミ少女は俺たちが有名人だと言っていたはずだ。つまり俺とシャネルの二人だ。


 この異世界に来てから誰かに恨みなんてかっただろうか?


 ああじゃない、こうじゃないと話ながら二人でアパートまで戻った。


 最終的な結論として一番ありそうだったのは、先週くらいに街でシャネルをナンパしてきた男をボコボコにした事、だった。あの男が復讐のために暗殺者を雇ったのだろうか?


 うーん、なさそう。


 アパートに帰ると扉がしまっていた。


 このパリィでアパートというと、外からそれぞれの部屋にドアを開ければ入れるようなものではなく、どちらかといえばマンションのようなものだった。つまりは正門があって、それを開ければエントランス。中には通路がありそれぞれの部屋の扉が並んでいる。


 正門を開けるのが門番女、つまりはタイタイ婆さんの仕事だ。


「タイタイさん、シャネルです。帰ってきました」


 呼び鈴を鳴らし、しばらくすると片目が潰れたように小さな老婆が出てくる。


「おや、お帰り。どうだったかね、オペラは」


「楽しかったです」と、シャネルは愛想よく言う。


「そうかい、そりゃあ良かったのう」


 あれ? 俺たちオペラに行くなんてこの人に言ったかな。分からないけどシャネルが俺の居ない場所で話したのかもしれない。


 ああ、そういえば。


「タイタイ婆さん、さっきの占いだけど――」


「はて、占いのう……」


 ボケているのか、タイタイ婆さんは首をかしげる。


「俺に死相が出てるってやつ。夜道に気をつけろって言ってくれただろう?」


「おお、そうじゃったな」


 やっと思い出してくれたのか、タイタイ婆さんは乾いた笑いを浮かべる。


「襲われてんだよ、さっき。いやあ、危機一髪だった」


 ま、危なかったのは最初だけだったけどね。


 シャネルは俺の隣でうんうんと頷いている。


 しかし、タイタイ婆さんはまた笑った。


「しかしのう、シンクさん。あんたの死相はまだ消えてないようじゃぞ」


「えっ――?」


「ふぉっふぉっふぉ」


 タイタイ婆さんは妙な笑い声とともに奥に引っ込んでいく。


「俺、死ぬのか?」


 と、シャネルに聞く。


「さあ? 人間死ぬときは死ぬわよ」


 いや、そうだけどね。


 どうやらこの危機はまだ去っていないようだった。



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