481 スペシャルな火力
世の中には名将と呼ばれるような人間が、確かにいるものだ。
しかしそれと同時に凡将と呼ばれる者もいる。
エルグランドがこのどちらかと問われれば、前者であると言わざるをえない。
彼の活躍を羅列すれば、誰もが彼を認める。彼こそが現在のドレンスの守護神。500年前に存在した祖先にも引けを取らないプル・シャロン家の現当主である。
そして俺たちはその名将、エルグランドの指揮によりこの戦闘に――。
――勝利した。
とはいえ。とはいえ、である。
「なぁ、エルグラさんよ」
俺は硝煙の立ち込める海岸で、敵の死体を椅子に座っている。
「なんです。というかその呼び方を辞めなさい」
「分かったよ、せっかく良いあだ名なのに。それでエルグラさんよ」
エルグランドはため息をつく。
「だからなんですか」
俺は立ち上がり、エルグランドの肩を小突く。
「いくらなんでも行きあたりばったりすぎやしませんかって!」
作戦らしい作戦もなく俺たちはこの戦いに挑むことになった。
なにせ敵はいきなり海から現れたのだから。
ドレンス軍はどうも陸・海軍の仲が悪いらしく、海から敵が来るという情報を俺たちはまったく知らなかった。
だからある程度は泥縄の対策になることはしかたない。
え、泥縄?
泥縄ってあれだ、なんかあってから慌てて準備することだ。
「しょうがないでしょう、それに勝ちましたから結果的に私の選択は正しかったことになります」
「なります――ってよぉ」
エルグランドのとった作戦はこうだ。
まず海から上陸してくる敵にかんしてありったけの火力を叩き込む。そして揚陸してくる戦車などの大物はあえてスルー。引きつけたところをスペシェルな火力で叩き潰す。
スペシェルな火力ってなにかって?
俺だよ、俺!
「お前さ、マジでふざけんなよ。バコスカ、バコスカ魔法を撃たせやがって。『グローリィ・スラッシュ』だって疲れるんだぞ!」
しょうじきへとへとだ。いまだって疲れていたせいで敵の死体に座っていたのだから。
「しょうがないでしょう。私たちではあの戦車を倒すことができないのですから」
「お前なぁ……あんまり俺に期待するなよ」
実際、戦闘中にも俺が電池切れをおこして敵の戦車の接近を許したことが3度あった。
1度目はたまたま敵の戦車の無限軌道が砂浜でスタックして、そこで周りの人間が袋叩きにして事なきを得た。
しかし2度目は陣営のすぐ近くまで敵が進軍してきた。これにはたまらずシャネルが杖をとる事態になった。手伝わない、と言っていたシャネルだが背に腹は代えられなかったらしい。
そして最後の3度目。つい先程だ。
俺は『グローリィ・スラッシュ』をすでに撃つことができず、シャネルはすねてしまい手伝わないと言う。しょうがないので生身で突撃することになった。
誰が?
俺が。
エルグランドから金を巻き上げ『5銭の力+』を使ってのゴリ押し特攻だ。
戦車から放たれる徹甲弾を弾くでもなくただその身に受け止め、スキルを使うことで消し去る。そして敵に肉薄した。
戦車に飛び乗り、ハッチを開けて中で操縦していた魔族の兵士をモーゼル銃で蜂の巣にした。
どうやら戦車を操縦しているのは魔族の中でもそこそこ上等なやつららしく、鎧はつけておらず喋ることができた。俺がハッチを開けた瞬間、その魔族の兵士は「助けてくれ!」と懇願してきた。それを聞くことはできなかったが、いまでもそのときの切羽詰まった声は耳にこびりついていた。
「しかし勝ちは勝ちでしょう。そう卑下することはありませんよ」
「はあ……お前はなぁ。エルグランド、人はお前のことを名将と言うだろうな」
こんな戦果をあげる男が凡将というわけではない。
だが、俺は知っていた。
「そう褒めないでください」
「褒めてねえよ。俺は分かってるぞ、あんた本当は名将でも凡将でもない。ただの愚将だ」
「むっ、ひどい言い草ですね」
「そうは言うがな、凡将ってのはけっこうすごいことなんだ。当たり前のことを当たり前にやる。そういうことができる人間は少ないし、こういう防衛戦だと適任のはずだ」
俺が知っている人間の中でそれができるのはただ1人、フェルメーラだ。
あいつはアルコール中毒で一見してダメ人間に見えるが、戦場においてはじつに堅実な立ち回りをしてみせた。
その結果、積み上げた作戦として勝利を掴む。自分たちにできることをやっていくだけの戦いにおいて、兵士の負担は全員に分担されていた。
それにくらべてエルグランド!
いつもいつもそうだ、とにかく一撃必殺の逆転劇を狙う。
こんな戦い方を続けていればいつか手ひどいしっぺ返しをくらうことになる。
「閣下、すでに敵はいません!」
エルグランドの副官が駆け寄ってくる。
「そうですか。では全員に撤退を指示してください。エノモト・シンク、帰りますよ」
「先に行ってろ。俺は休憩してから戻る」
また座り込む。
エルグランドは分かりました、と歩き出した。
そのまま他の兵士たちも浜から戻っていく。少し離れた場所にはモン・サン=ミッシェルの壮麗な姿が見える。あそこにむさ苦しい男たちが帰っていくのだ。
「シンク、調子どう?」
心配するような声でシャネルが俺に話しかけてくる。
いままでどこにいたのだろうか。たぶんエルグランドが嫌で離れた場所にいたのだろうな。
「疲れてるよ、シャネル」
「すごい活躍だったじゃない」
「人殺しを褒められてもな」
そもそもこの魔族たちが人であるかは分からないが。
かつて人だったもの、というのが正しい気もする。
ただ物言わぬ人もどきならまだしも、喋り声を聞いてしまえば少し落ち込みもする。
「戦争ってつかれるのね」
「ああ」
それにこの戦いで勝ったとしても、それで終わりじゃないのだ。
ドレンス国内にはすでにグリース軍が入ってきている。それもパリィに向かっているという。その敵を迎撃しなければいけないのに。
というかもしかしたら、この戦いは敵の陽動作戦ではないのだろうか。
俺たちをこのモン・サン=ミッシェルに釘付けにするための作戦。
ありえないことではない。
もしそうだとしたら……敵は、グリースは、金山は、俺たちの上手をいっている。
「まずいよな」
俺はつぶやく。
シャネルはどうでもよさそうに潮風に髪を押さえた。少し嫌そうな顔をしているのは、潮風が嫌いだからだろうか?
「なあ、シャネル。まずいよな?」
俺は聞いてみる。
シャネルは優しく微笑んだ。
「知らないわ」
本気でどうでもよさそうだった。




