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480 ダンビラ・ビーチ


 それから、俺は何度からミナヅキに情報を聞いた。


 この世界のことについてよりもむしろ元いた世界のことを。


 ミナヅキは勉強を教えてやる、と俺に言って、意外とそういうのが好きみたいだった。ポツリと、本当は先生になりたかったのだと言うこともあった。


 ノルマンディー上陸作戦はパラシュートでの降下作戦から始まり、それから5つの海岸沿いをほぼ同時に連合国側が攻めてきた作戦だという。


 だが、この異世界ではそのとおりにはいかなかった。


 それは金山の方にノルマンディー上陸作戦の知識がなかったからだろうか。それとも5つの地点を同時に攻める戦力がなかったのか。


 現実には3地点からの攻撃となった。


 そのうちの1つは俺たち――というよりもシャネル――が迎撃し、事なきを得た。そしてもう1地点では潮の調子が悪く、海から攻めてきたグリース軍に大打撃を与えることに成功した。


 ただし最後の1地点、ここは敵に占領された。


 ドレンス軍が悪かったわけではない。


 ただ、相手に戦車がいたのだ。それも水陸両用の。そんなのに攻め立てられれば、生身の兵士ばかりのドレンス軍ではひとたまりもなかった。


 というわけで、現在ノルマルディ地方では1つの海岸が敵の手に落ちている。


「奪還作戦を提案します!」


「へー、そうなの。頑張ってねエルグラさん」


 俺はエルグランドの部屋の窓から海を見ていた。


「やる気を出しなさい、エノモト・シンク!」


 怒られるけど、無視する。


 だってエルグランドのやつ、ベッドに座ってるんだぜ? 人様がいるのに失礼じゃないでしょうか? いや、まあアポ無しでいきなり来た俺も問題かもしれないが。


「どう、シンク。なにか見える?」


 シャネルが聞いてくる。


「いや、なにも見えない。敵はいないな」


 俺はシャネルの言葉には答える。


「エノモト・シンク!」


 叫ぶように名前を呼ばれたので、しぶしぶ振り返った。


「なんだよ、エルグランド」


「奪還作戦です、奪還!」


「そんなことして何になるわけ?」


 すでに敵は占領した浜辺からパリィに向けての進行を開始したという。なるほど、たしかにここで敵の補給路――戦争には補給がいる――の最初の地点である海沿いの拠点を奪還すれば、内陸部に入った敵は孤立するだろう。


 しかしそうするにはかなりの労力と、そして兵力がいるのだ。


「エノモト・シンク、あなたは分からないのですか?」


「なにがさ」


「敵はダンビラ・ビーチからドレンスに攻め入っているのですよ。この場所にはもうせめてなどきません」


 グリースに占領された浜辺は『ダンビラ・ビーチ』といった。


 俺はその場所がどこにあるのか知らない。ここからそれなりに離れた場所にあるということは知っているのだが。


 離れた場所に軍隊を運ぶ。


 つまり行軍だ。


 行軍は嫌だな、面倒だ。


「バカは貴方でしょう。シンクがそのダンビラ・ビーチに行くのを反対している理由がわからないの? 私たちがこの場所を開けたら、その間に敵がこのモン・サン=ミッシェルを落としに来るかもしれないって、それを警戒しているのよ」


「そうそう」


 シャネルがそれっぽいことを言ってくれたので調子を合わせる。


 行軍が面倒なだけとは言えないな。


「もちろんその可能性もあります。そのためにある程度の兵は残しておくつもりで――」


 エルグランドのセリフの途中でミナヅキが部屋に入ってきた。


「エルグランドさん、検診をします」


「ああ、ミナヅキさん。どうも」


 なんかよく分からないがこの2人は意外と相性が良いらしく、仲は良好なようだ。たぶんお互いに真面目な性格だからだろう。クソ真面目、と言い換えてもいい。


 たいして俺のようなちゃらんぽらんな人間は真面目なやつとは合わないのだ。


 というか……。


「なあ、シャネル」


「どうしたの?」


「ちゃらんぽらんってなんだ?」


「たしか『ちゃらほら』がなまった言葉だったって記憶してるけど。『ちゃら』はふざけてるとかそういう意味で『ほら』は嘘の意味ね。ホラ話って言葉もあるでしょ?」


「なるほどなー」


 そんなふうに適当な話をしている横で、ミナヅキはエルグランドの目を診察している。


 最近はいつも眼帯をしているが、いまは外している。


 あまりジロジロ見ないようするが、思わずエルグランドの目を確認してしまう。


 外傷はなさそうだ。


 けれど、目の中心が濁っているような気がした。


「うん、うん。良いな、この調子ならもう眼帯を外しても良いですよ」


「……そうですか。これで治りきっているのですか?」


「これ以上となると」


 ミナヅキは首を横にふる。エルグランドは少しだけ悲しそうな顔をする。事情を知らないシャネルは「なんのこと?」と首をかしげている。


「エルグランド、無理するべきじゃないと思うぞ」


「べつにまだ生きているのです、戦うこともできます」


 エルグランドは眼帯をつけ直した。


「言っておくけど、私たちのことをあてにしないでよ」


 シャネルは私たち、というが厳密には『私』だろう。俺はべつにシャネルのように戦場をひっくり返すような魔法が使えるわけじゃないからな。


「べつにあてになどしていません。もっとも先日の戦闘のことは感謝しております。貴女の活躍のおかげで兵力を失わずにすみました」


 シャネルは顔をしかめる。


「なんだかそう素直に言われると――」


「照れる?」


「腹がたつわ」


「なんで!?」


 まあシャネルの考えることなんて俺には分からないのだけどさ。


「冗談よ」


 冗談なのか? なんて分かりにくい女だろうか。


 でも冗談だと言うのだからとりあえず笑っておこう。わっはっは。虚しい……。


 部屋が静まり返る。あーあ、この空気作り出したのはシャネルだからな。


 なのになぜだ、シャネルさん。俺のことを非難がましい目で見る?


 これはあれか、俺がなにか面白いことでも言って場を盛り上げなければならいのか?


 ……無理だ。


「閣下、よろしいですか!」


 いきなり部屋の扉が開く。


 入ってきたのはエルグランドの副官の男。何度か見たことがあるが、いまだに名前は覚えていない。


「どうしました?」と、エルグランド。


「大変です! 敵が、敵が進軍をはじめました!」


「なんですって!? どこに、ここにですか?」


「パリィに向けてです。ダンビラ・ビーチから!」


「すぐさま迎撃に向かいます!」


 エルグランドは立ち上がる。すぐに部屋を出ていこうとした。


 だが、俺は嫌な予感とともに窓の外に目を向けた。


「エルグランド、そうもいかないみたいだぜ」


「なぜです?」


 水平線の彼方かなたに、小さな影が見える。


 それが何隻なんせきかの船であることはなんとなくだが勘で理解できた。


「敵さんが来たぞ」


 と、俺は重々しく言う。


 エルグランドが生唾を飲み込む音が部屋の中に響く。


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