479 ミナヅキの推理
ミナヅキにいつまで立ってるんだという顔をされたのでベンチに座り直した。
「それで、アイラルンの目標は分かった。この世界の時間を進ませる。でもなんでそんなことするんだろうな?」
俺はミナヅキに聞いてみる。
「さあ、それは分からない。ただ俺が気にしているのは……」
ミナヅキは紫煙をゆらす。
「あれできるか? 輪っかにするやつ」
なにも答えないまま、ミナヅキは出す煙を輪っかの形にした。
俺は拍手をする。
「俺が気にしていることはただ1つ。この世界の時間が再び進み始めているということだ」
「うん……」
俺も、なんとなくそんな気がしていた。
このドレンスとグリースの戦争、あまりにもグリース側の科学技術は進歩しすぎている。戦車に落下傘、あるいは量産化された魔族もその1つだろうか?
戦争は発明の母、なんて言葉もあるにはある。しかしこの世界、ミナヅキの仮設によるとディアタナはわざわざ時代を進まないようにしてあったはずだ。
それを打ち破るために送られたのが俺たちだとしたら、とんだ邪魔者なんだろうな。
そういえばへスタリア――というかヴァチカン?――で、ディアタナから間接的な妨害を受けたことがあった。オッドアイのアンさんが、異常なまでに俺に好意を示してくれた。
あそこでアンさんの気持ちに答えれば、俺はきっと復讐なんて忘れて普通に幸せに慣れていのだろうな。選ばれなかった選択肢に、いまさら未練などないが。
「グリース、あの国がこの世界の特異点になっている」
「うん」
「なあ、榎本。魔王とは何者だ?」
そこまで気付いていたか。
きっとミナヅキは俺のような察しの良さではなく、順序立てた理論的な考えと自らの知識を合わせてこの世界の答えを見つけてみせたのだろう。
「魔王は……」
「状況からみて魔王はあの5人のうちの誰かだ。水口はないだろうな。木ノ下も死んだのだろう?」
「ルオの情報を知っていたのか」
「まあな。それに月元、やつは勇者だったな」
「火西は先代の教皇だったよ」
「なに、それは本当か!?」
「うん」
俺は答えを言うつもりはなかったが、しかし答え合わせだけはした。
ミナヅキは神妙な面持ちで頷く。
「そうか……金山が魔王か」
タバコの灰が落ちた。けれど驚いているミナヅキはそれに気づかなかった。
「あいつが、アイラルンの目的を果たすための最大のコマなんだろうか?」
俺はどうだろうかと考える。
ならば俺はただの当て馬か?
「おそらくはそうだろうな。なにせあの男のせいでこの時代は進み始めている。このノルマルディだって、ありえないぞ」
「えっ、なにが?」
「すでに世界は第二次大戦にまで時間を進めようとしているんだ。ナポレオン3世の第二帝政期でなんとか持ちこたえていた時代を。いや、ガングー13世もまた時間を進められた結果なのか? くそ、情報が足りないか」
「俺、そこらへんの歴史ぜんぜん詳しくないんだけど?」
ナポレオン3世で誰だよ。
「ちなみに榎本、お前は地上最大の作戦を知っているか?」
「え、知らんけど」
「ノルマンディー上陸作戦だ」
「……聞いたことあるかもしれない。ノルマンディー……ノルマルディ? ちょっと待ってくれよ、もしかして今か!?」
「そうだ。いや、そうかもしれない。ノルマルディ上陸作戦、別名オーバーロード作戦。連合軍がドイツ占領下のフランスに攻め入った作戦だ」
「おいおい、ちょっと待ってくれよ。本当に知らないんだって、それいつの時代の話だよ、ガングー時代か?」
「バカいえ、第二次世界大戦だ。つまり1944年」
「えーっと、第二次世界大戦の終結って1945年だよな!」
さすがにバカの俺でもそれくらいは覚えてる。
「そうだ」
「ち、ちなみにガングー……じゃなかった、ナポレオンの時代っていつ頃だよ?」
「時代、と言われると長いからな。ただナポレオンの在命は1769年から1821年だ。その甥であるナポレオン3世は1808年から1873年」
「よくそんなこと空で言えるな? さてはガリ勉くんだな」
「昔とった杵柄だ」
「よく考えたら杵柄ってなんだ!?」
「杵の柄だ。伝統的な餅つきなんかで使うだろ?」
「ああ、あれか!」
よくそんなこと知ってるな、ミナヅキ。
こいつ本当に頭が良かったんだな。
きっとあっちの世界にいたままだったらいい大学とかに進学して、大企業とかに就職してたんだろうな。なんだかそう考えると数奇な運命を歩んでいそうだ。
「で、話を戻してもいいか?」
「ごめん」
ちょっとふざけすぎたかも。
「ノルマンディー上陸作戦、負けたのはどっちか知っているか。榎本くん」
まるで教師のような態度でミナヅキが聞いてくる。
「えー、知らんよ先生。俺バカだから」
「考える前から分からないと言うな」
言われてしぶしぶ灰色の脳細胞ちゃんを動かす。
まあ、すぐに察するけれど。この流れだ、負けたのは当然。
「ドレンス側、じゃなくてフランス側だろ?」
「厳密にはドイツだな。フランスは占領されていただけだ。それで改めて聞くぞ、榎本。この戦い、大丈夫なのか?」
「そこでその話につながるわけか。なるほど、この異世界が俺たちの世界の歴史を再編しているようなものならば――」
「この戦い負けるのはドレンスだろうと思ったわけだ」
俺たちは顔を見合わせた。
「しょうじき分からない。勝てるかどうかは」
「だろうな。俺だってべつに必ず負けると言っているわけでも、負けたほうが良いと言っているわけでもない。むしろ勝ち負けで考えれば、戦争は勝ったほうが良い」
「だからエルグランドも治療したのか?」
「俺は治療師だ」
つまり、社会的な思想だとかではなく医者としてエルグランドを助けたということか。ミナヅキなりのプライドがあるのだろう。
「さて、俺はそろそろ戻る。お前と一緒で、じつは暇じゃないんだ」
「ああ、そうだったね」
俺もいちおう暇じゃないという設定だった。
え、暇かどうかって?
まあ、暇だよ。べつに俺の仕事なんて戦うだけなのだから。
ミナヅキと入れ替わるようにシャネルがやってきた。なんだか機嫌良さそうにステップを踏んでいる。
「ねえねえ、シンク。あの男、果物食べた?」
「えっ?」
あの男ってエルグランドのことだろうか。いまだに名前を覚えてないのかよ。
「いや、食べてないけど。なんで?」
「あれ、食べていいのか分からなかったの。だ・か・ら、あの人を毒見役にしたわけ。で、どうだった?」
こいつひでえな……。
「いや、食べてないけど」
というか落としちゃったし。食べなくて良かったね、エルグランド。
「なーんだ。ならあんまり食べて良いのか分からないわね。やめておきましょう」
というかあの果物、どこからもってきたんだ?
まあいいか。
というかさ……。
「なあ、シャネル」
「なあに?」
「俺たち、負けるのかな?」
そんなこと知らないわよ、とシャネルは笑った。俺はでも笑えなかった。




