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465 勝利とシャネルの狸寝入り



 いいかげん、そろそろ学ぶべきだ。


 冷静さとは戦いにおいて何事にも勝る武器であると。


 感覚を研ぎ澄ます。水の一滴さえも見逃さぬほどに鋭く。


 刀を構え、シャネルを守るように立つ。


 チッ、チッ、チッと舌打ちでタイミングを図る。


 なにもない空間。


 しかし――。


「そこだっ!」


 俺は刀を振り下ろす。


 その場所に、いきなり人間の二の腕から先が現れた。


 ザクッ、と感触がして腕を斬った。


 おそらく斬られた相手はそれを想定していなかったのだろう。


「ひっ!」と、悲鳴をあげる。


 そして腕はまた消えた。だが地面には小さな血痕が落ちている。本当は腕をまるまる切り落とすつもりだったのだが、失敗した。


 心を落ち着かせ次のチャンスを狙う。


 現れるそのタイミングは、これまでの経験。やつがどれくらいのペースで姿を現すのかを推測して、さらには自慢の第六感で補正をかける。


 このタイミング、この場所。


 そう思った瞬間に刀を振る。


 まるで俺が刀を振るその場所にベルファストは姿を現すよう。


 手首を斬り落とす。


 どうやら相手も俺の手首をつかもうとしたみたいだが、それより先に俺が回避行動をとっていて、そしてカウンターぎみに攻撃をくらわせたのだ。


 ベルファストの腕はまた消える。


 いったいどうなっているのかまったく検討はつかないが、ふたたび出現する場所だけは勘で分かるようになった。


 これは勝ったな。


 俺は冷静に確証した。


「なぜ、なぜ、なぜ! なぜ私が現れる場所が分かるのですカ!」


 叫ぶように言ってくるベルファスト。


 答えてやる義理はないが、まあいいだろう。


「勘ってやつだな」


「勘ですト! ふざけた男!」


 あれ、本当のことを言ったのに怒られた。いやまあ、世の中真実がすべての人に受け入れられるとは限らないか。


 どこからともなく、爪の弾がとんでくる。


 それをなんなくかわした。


 かわしてから思った。


 まだまだだな、俺も。


 相手の動きを先読みして攻撃を当てる。それはたしかに素晴らしいことだ。しかし俺が師匠に教えてもらった『水の教え』。あれはさらにその先に行ったものだった。


 避けるではなくすでに避けている。


 当てるではなくすでに当たっている。


 ただ流れる水のように自然に、それができなくなっているのだ俺は。


「ここは、ひきます」と、ベルファスト。


 その姿を少し距離をとった場所にあらわす。


 モーゼルで撃ち抜こうかと思ったが、やめた。相手はひくと言っているのだ、いたずらに刺激する必要もないだろう。


 シャネルを狙った怒り、それは消えていなかったがこれ以上戦うと面倒だ。なにせいまだに起き上がってこないシャネルが心配なのだから。


 おや?


 見ればベルファストの手はどちらも生え揃っていた。


 回復した?


 爪をすぐに再生させるように、腕すらも再生させられるのかもしれない。


 地面にはどうやら右腕の手首から先が落ちているみたいだから、さきほど斬ったのは錯覚可なにかではないのだということだが。


「早く行け。それで金山のやつに報告するんだな、俺にもうちょっかいは出さないほうが良いってよ」


「誰がそんなこと、魔王様に言うものですカ」


「そうかよ」


 それで会話は終わった。


 というよりもベルファストが消えたのだ。


 今度は気配すらもない。


 おそらくここからどこか離れた場所に言ったのだろう。


 なんて便利な魔法だろうか。ようするに瞬間移動をしているわけだ。


「ああいうの、あったら便利だろうな」


 と俺は思うがないものねだりはしてもしかたない。


 それよりもいまはシャネルだ。


 近づいて、しゃがみ込む。


「シャネル? おい、シャネル」


 と、声をかける。


 返事はない。


 がっ……。


「うふふ」


 笑っている。


 えっ、なにこの子?


「お前、起きてるのか?」


「さあ、どうかしらね」


 なんだこいつ? もしかして狸寝入りしてたのか? 俺、すっごい心配してたんだぞ!


 シャネルはひょこりと起き上がった。


 不思議なことにその服には汚れの1つもついていない。


「なんで加勢してくれなかったんだよ」


「だって私のために戦ってくれる貴方が素敵だったんだもの」


「そんな理由で……」


「私のこと守ってくれたのよね。ありがとう」


「ぐぬぬ……」


 こいつ、あの時もすでに起きてたのか。いやまあ、良いんだけどね。怪我がなさそうで。


 でもさ。


 なんだろうね。


 あのさ。


 俺はシャネルの肩を抱き寄せた。


「あんまり心配させないでくれよ」


 シャネルはしばらくの間、俺にされるままに抱きしめられていてくれた。


けれどそのうちに、サービスは終わったとばかりに軽くトンと俺を突き放す。


「ごめんなさい」


 と、素直に謝ってくれる。


「良いんだけどさ、お前が無事なら」


 それにしても……。


 はあ、抱きしめるといい匂いしたな。


 でもそっちばっかり気にしてたせいで体の感触とかあんまり分からなかった。柔らかいな、とは思ったけど。


 抱きしめるときまではただ安心して、やっただけだけど。こうして離れてみるとなんというか、エロいことばっかり思ってしまう。そんな俺は男の子。


 おや、シャネルがなんだか顔をしかめている。


 怒っているのだろうか。少しだけ顔が赤い気もするが……。


 そうだよな、いきなり抱きしめたら驚いたりするよな。軽率な公道だった。


「戻りましょうか」


「そうだな、いちおういまのことはガングーさんに報告しておこう」


 少しだけ庭も汚してしまったことだしな。


「それにしてもあの敵、バカだったわね」


「そうだな」


「私たちじゃなくて他の人を狙えばもっと大きな戦果を挙げられたのに」


「恋は盲目ってことかな」


 やつが俺を襲った理由、それは嫉妬からだった。


 しかし逆に言えば、あいつには次の機会もあるのだ。俺を狙っても返り討ちにあうとしても、俺ではなくそれこそガングー13世を改めて狙うこともできる。


 そのさいには、暗殺は成功する可能性が高い。


 金山のやつ、とんでもないカードを隠し持っていたわけだ。


 あんな神出鬼没な相手に狙われて、助かる人間はそういない。


 いざとなったらやつは、いつでも戦局をひっくり返すことができる。やっぱり魔族ってのは卑怯だ。普通はできないことが、魔法で簡単にできるのだから。


 だがそれは幾多いくたの犠牲の上に成り立った技術だ。


 技術に良し悪しはない。ただそれを使う人間が善悪を持っているのだ。


 ならばそれを戦争に使う金山は悪だろうか。


 俺は首を横にふる。


「難しいことは考えないことにするか」


「どうしたの?」


「独り言だよ」


 俺はシャネルと一緒に、光り輝く宮殿の中へと戻っていく。


 血と、硝煙、戦いのにおいをまといながら。


予約投稿忘れておりました、すいません

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