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464 もぐらたたき


 見えない敵を相手にすることはできない。


 もぐらたたきのゲームで、もぐらが出てきていないときに叩こうとするのと同じ。


 ならばどうするか。


 出てくるまで待つ?


 それも1つだ。鳴かぬなら鳴くまで待とう、というやつだ。


 でも俺は違う。


 鳴かぬなら鳴かせてみせよう、ホトトギス!


「てめえの大将はな、クソ野郎だ!」


 俺は金山の悪口を言う。


「…………」


 しかし返事はない。


 それでも俺はめげない。


「たいしてカリスマ性もないくせによ、強さだけいっぱしでこの世の支配者気取り! 長いこと生きてるらしいけど精神的にはガキだったころのまんまだ!」


 いきなり、頬をぶん殴られた。


 その瞬間というか、それと同時にベルファストが姿を現す。


「バカにしているのですカ!」


 頬を殴られたまま、俺はその場で踏ん張る。


「そう感じなかったかよ!」


 刀を振る。


 ほぼゼロ距離からだ。とにかくどこでも斬れれば良いと、そう思った。


 だがダメだ、刀が触れたと思うその瞬間にはベルファストは消えていた。


「貴方のような人間が魔王様のことを悪く言う、ふざけていますヨ!」


 虚空から声が聞こえる。


「あんなやつはな、ボロクソに言ってやりゃあ良いんだ!」


 俺は叫びながら、この路線で攻めて正解だったと思った。


「愛するあの御方をバカにする、殺してやりますヨ!」


 どうやらこのベルファストという男、そうとう金山のことが好きらしい。


 それはどういう意味の好きか――。


 信仰のようなものにも思える。そして同時にシャネルが俺に向けるような、そう――愛情のようにも思えた。


「おい、ベルファスト! お前は金山のことが好きなのか!」


「――ッ!」


 沈黙の中に、息を呑むような音がした。


 どうやら図星らしい。


 べつに俺は他人の性的指向についてなにかしら文句を言うつもりはない。ベルファストが同性愛者であるとかどうとか、そういうことは興味もない。


 ただ、だからこそ。


 俺はそういうマイノリティ的なものを攻めるのは違うと思った。


 だから俺は――刀をおろした。


「諦めたのですカ?」


 と、闇の中から声がする。


「いや、ただイジメみたいなのは嫌いなだけさ」


 他人に傷つけられ続けた人間は、しばしば自らも他人を傷つける。


 相手の急所が分かるから。


 もしも俺が本当に優しいとすれば、俺は意図的にそれを避けているからだ。


 俺が悪口をいうことを辞めたと気付いたのだろう。ベルファストは俺から少し離れた場所に姿を表した。その顔は羞恥に赤らんでいる。


「榎本……シンク」


 やつは俺の名前を呼ぶ。


 そこに好意的な響きはなく、ただ好戦的な色だけが浮かぶ。


「なんだい、隠れんぼは終わりかよ。できりゃあ、そのままずっと姿を隠さないでいてほしいもんだけどね」


「はっきり言いましょう、私は貴方が嫌いですヨ」


「そうかいそうかい、俺も自分を殺しにかかるやつは嫌いだよ」


 ベルファストは前にならをするように両腕を俺に向けてきた。


 俺はその瞬間に察する。


 ベルファストの十指じゅっしから放たれる爪の弾丸。マシンガンのように連射された。


 ――甘いな。


 自ら弱点をさらしたことになる。


 やつの指は10本。ならばそこにある爪も10本だ。まさか足の爪まで飛ばすまい。


 俺は回避運動を繰り返しながら攻撃をかわす。


 そして――。


「10本目!」


 気合を入れるために叫び、反撃に転じる。


 消えるなよ、と願いながら斬りかかる。


 エディンバラは逃げない。それどころかまだ前にならえの姿勢をとっている。


 ――えっ?


 次の瞬間、11発目の爪が放たれた。


 慌てて刀で応戦する。


 体に当たっても痛みは少しですんだわりに、刀に当たったときは衝撃が凄まじい。爪は斬ったものの刀も弾き飛ばされ、それに引っ張られて俺ものけぞる。


 そこに12、13発目の爪が打ち込まれた。


 この状況では体勢が悪く、よけることはできない。


 刀を振り下ろすにしても防げるのは1発だけ。ならばどうするか。


 緊急時の俺の思考は、いつもより数倍早くなった。


 そしてすぐさま解を導き出す。


「隠者一閃――」


 これしかない、そう思った時には体はすでに動いていた。


「――『グローリィ・スラッシュ』!」


 いつもは横薙ぎに使うことの多い『グローリィ・スラッシュ』を振り下ろしによる縦斬りに使う。こうすることで飛んでくる爪と、その同一線上にいるベルファストは斬る。


 黒闇に真っ黒い光が突き進んでいく。


 そして――。


 やはりダメだった。


『グローリィ・スラッシュ』が消えたあと、そこには誰もいない。


 ベルファストを消滅させたわけではないだろう。逃げられたのだ。


「危ないですネ」


 どこからともなく声がする。


 俺はちらっとシャネルを見た。シャネルの状態が気になる。いま駆け寄るか? シャネルはピクリとも動かない。さすがに心配になってきた。


「あんたの爪、どうなってるんだ。二枚爪は栄養が足りてない証拠だぞ」


「ただすぐに生えるだけですヨ」


 へんな爪だぜ、まったく。


 俺は刀を構えなおす。


 冷静になれ、と自分に言い聞かせる。


「そろそろ飽きて来ましたヨ。次で終わらせます」


「奇遇だな、俺もそろそろ眠たくなってきたところだよ!」


 冷静に、感覚を研ぎ澄まし、そしてそれ以上の第六感を信じる。


 ――ピチャン。


 まるで水の雫が水面に落ちるように、静寂の中に音が響いた。


 その刹那だった。


 俺はシャネルの方に走り出す。


 そして虚空に腕を伸ばした。


 ガシッ!


 と、なにかを掴む。


「な、なんですト!!!」


 俺が掴んだもの、それはベルファストの腕だ。


 その腕はシャネルの細い首元にいままさに伸びているところだった。


「隠れんぼは終わりだ」


 掴んでいない方の右手には刀が握られている。しかしそれで斬ることはできない。とっさに刀を手放し、拳を握りしめた。


 そのまま至近距離から顔面をぶん殴る。


 当たった!


 が、その瞬間ベルファストはまた消える。


「はあ……はぁ……」というベルファストの荒い息が聞こえていた。「な、なぜ分かったのですカ」


「どうせお前らみたいな性格の悪いやつは、どっかの時点でシャネルを狙うって思ってたからな。最初から狙ってたんだよ、そのときを」


 そのせいでシャネルの方にばかり意識がいき、攻撃をたくさんくらったが。


 けれどカウンターはくらわせたぞ。


 それに、大事な人を守れた。


「ふぉっふぉっふぉ。そういうことですカ」


 笑っているベルファスト。


 だが俺は笑えない。


 怒っている。


 1度ならず2度までもシャネルを狙われた。


 それは許せないことだった。


 だが怒って冷静さを失うことはしない。いまの瞬間、ベルファストの腕を掴んだことで俺の心にも余裕ができた。勝てない相手じゃない。


 俺の心は清らかな水面のように静かに、しずまっていった――。


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