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463 対決ベルファスト!

昨日更新おやすみしました、すいません


 突き刺さった針のような物体は、しかし次の瞬間には魔法のエフェクトにより雲散霧消した。


 スキルが発動した、『5銭の力+』だ。


 それでも胸に刺さった段階まではたしかに針が存在していたのだ。どれくらいの深さの穴が開いただろうか、心臓まではたっしていないはずだが。


 それでも、痛い。


「ほう、いまので死なないかネ」


「あいにくとしぶとさは売りの1つでな」


 軽口をたたく。


 そうして少しでも時間を稼いで、突破口を探し出すつもりだ。


「っそのしぶとさが私は憎いのですヨ。貴方が生きているだけで魔王様が――」


 声はどこからともなく聞こえている。


 と、思った次の瞬間には脇腹がえぐられた。それもかなりごっそりと。


「ぐっ!」


 腹を抑える。おいおい、これ内臓がはみでてないか?


 と、思ったが大丈夫だった。おそらくとっさにかわそうとしたのだろう。かわそうとして、だけどダメだったということだ。


「貴方が生きている限り、魔王様は貴方に心をわずらわせる――」


 声は上下左右、どこからでも聞こえてくるようだ。


 あるいは俺の心の中に直接語りかけているようでもある。


「あんなやつの心配するなんて、変なやつだなベルファスト!」


 俺は挑発するように名前を呼ぶ。


 けれどそれに対しての返事はなかった。


 逃げたか?


 いや、まさか。優勢なのはあきらかにあちらだ。この状態で逃げるという選択肢はないはず。


 ならばこの沈黙はただ1つの理由から。


 俺を精神的に消耗させようとしているのだ。


 ………………。


 あたりはシンと静まり返っている。ベルファストはどこからか俺のことを狙っている。


 次の瞬間にはまた攻撃されるかもしれない。


 しかしそれがいつなのか、俺には分からない。


 気持ちがはやる。いますぐにシャネルを助けたい、状態を確認したい。それをしていいのだろうか?


 分からない。


 そして――。


 シュパッ、と空気を切り裂くような音がした。


 俺は慌ててその場を飛び退く。


 目の下、頬のあたりの薄皮が切れた。


 俺の体に触れる瞬間、ベルファストが俺の頬を爪で引っ掻いたのが見えた。


 引っ掻いたなんていうと犬や猫のようだが、もはや切り裂くというほうが正しいほどの勢いだった。避けれていなければ、頬をえぐられていただろう。


「よくもまあ、器用に避けますネ」


「悪いがこんな場所で死んでやるわけにはいかんからな」


 なんとか避けることはできそうだ。


 しかしこちらの攻撃を当てるすべはない。


 ならばどうする。簡単だ、肉を切らせて骨を断つ。それは1度だけやったことのある戦法だ。奇しくも相手はいまと同じ、見えない敵だった。


 パリィの地下下水道で、サーカスと呼ばれる暗殺集団の団長と戦ったときだ。


 あのとき、サーカスの団長は陰属性の魔法を使っていた。それにより影から影へと移動していたのだ。


 いま目の前――目の前?――にいるベルファストは、影ではなくいうなれば空間から空間に移動している。それが何属性の魔法かは分からないが、サーカスの団長の上位互換というべきだろう。


「だとしても、やることは変わらないさ」


 俺はモーゼルをしまう。


 どうしても火薬を使う銃器のたぐいは、体を直接使う武器よりも反応が遅れる傾向にある。それだって極めればあるいは自分の手足のように使えるのかもしれないが、少なくともいまの俺には無理。


 ならばこの刀にすべてを賭ける方が勝算はある。


「さあ、来いよ」


 俺は刀を真正面の中段に構え、小さな声で言う。


 しかしベルファストは動かない。まったくどこにいるのかも分からない。


 根比べのような時間。


 いや、根を詰めているのは俺だけだ。相手はいまもゆうゆうと俺の緊張の糸が切れるその時を待っている。


 ずっと張り詰めているのは疲れる。


 精神的な消耗はやがて肉体にも影響をだす。


 どうしても、刀の切っ先が下がってしまう。


 その刹那。


 後ろから足首を掴まれた。


「なっ!」


 まさかそんなことをされるとは思っていなかった。


 軸足をとられ、そのまま体勢を崩す。


 無残にそのまま前のめりに倒れる。あわてて刀を横にしてひいた、そうしなければ自分の刀で自分の体を斬ってしまう。


 ドザッ、と倒れ込んだ俺。


 やられる!


 そう思ったが、しかし追撃はない。


 俺は慌てて立ち上がり、周囲を警戒した。


「弱すぎますネ」


 と、ベルファストの声。


「クソが――」


 頭に血が登っている。


 いまのは明らかな挑発だ。とどめをさせる状況で、わざわざ見逃された。


 俺のことをバカにしているのだ。


 もしかして、さっき金山のことをバカにした意趣返しだろうか。


「貴方のような人間が魔王様のお心のほんの少しでも支配している。それが私には許せません」


「ああっ?」


 言っている言葉の意味が分からない。


 なにを言ってるんだこいつ?


 いや、なんとなく察している。だがなんというか……この、気持ち悪すぎて理解したくないのだ。


「貴方は魔王様のなんなのですかっ!」


 いきなりの激高。


「……まあ、元カノじゃないことだけは確かだな」


 つまらない冗談を言う。


 しかしそれを冗談だとは思わなかったのか、ベルファストは姿を現す。


 その顔には憤怒ふんぬの表情が浮かんでいた。


「貴方のごときやくたいのない人間が魔王様のその心のたった一欠片ひとかけらでもわずらわせる。こんなことがあってもいいでしょうか!」


 はっ、と俺は小さく笑う。


 俺が金山の心をわずらわせる?


 まあ俺と似てコンプレックスのかたまりであるあの男のことだ。俺に勝ったとも思っていないだろうな。なにせ俺は生きているのだから。


 俺だって負けたなんて思っていない。よくて引き分けだ。


「狂信者が」


 と、俺はベルファストに吐き捨てる。


 この男は金山のことが相当好きらしい。


「ふぉっふぉっふぉ」


 べつに褒めてもいないのに喜んでやがる。


 気持ちが悪い。


「あんな男に付き従うとはな、酔狂なやつだ」


 刀を構える。


 距離は10メートルほど。思いっきり踏み込んでも刀は届かない。


 にじり寄るように俺は距離をつめる。


 ベルファストは俺の足に一瞬だけ視線をやって、そして笑った。


「滑稽ですね」


「なにがだ」


 モーゼルを抜くか?


 いや、その瞬間にまた消えられるかもしれない。


 いまのこの状況、少なくともベルファストは姿を表せている。これはチャンスだ。


 ここでなんとか決着をつけるべきだ。


 そのためには会話を長引かせるのも1つの手。


 だが――。


「ただの人間とは、距離の概念を持つ」


 また、消えた。


 俺はシャネルの姿を確認する。シャネルは気絶しているのか寝転がっている。


 ひとまず安心、シャネルは狙われていない。


 だがその瞬間、油断がしょうじた。


 背中にひやりとした感触。


 あわて横に飛ぶ。


 背中側の左わきに激痛が走る。


 ただただ殴られたのだ。


 吹っ飛ぶようにして俺は地面に投げ出される。痛みを怒りで飲み込んで、なんとかすぐに立ち上がるが、敵は見えない。


 正体を表さない敵、それはなんとも戦いにくいものだ。


 ならばいっそ、範囲攻撃で――。


 ここら一体を『グローリィ・スラッシュ』で薙ぎ払えばあるいは。


 いや、それは意味のない行為だろう。ベルファストは隠れているのではない、この空間から消え去っているのだ。まるで次元のはざまとでもいうべき場所に入っている。


「心臓を狙ったのですがネ、良い勘働きですヨ」


「褒められても嬉しかねえよ」


 見えない相手に言葉を発することのなんと虚しいことか。


 相手が俺の話を聞いているかも分からない。


 ならば、挑発してでももう1度姿を見せさせるしかない。


「やーい、やーい。金山のバーカ、出ベソ、昔貸した金返せ!」


 とりあえず思いつく限りの悪口を。


 いてっ!


 いきなり後頭部を殴られた。


「低俗な悪口はやめなさいヨ」


 怒られる。


 しかし――なぜ殺さない?


 いや、違うのか?


 殺せないのか?


 やつがいままでしてきた攻撃を思い出せ。よく分からない針のようなものを投げる。あとは指で俺の肩をえぐる。そして足を取る、ただ殴る。


 殺傷能力がないのか、ベルファストには。


 ふと見れば、地面になにかが落ちている。


 爪のように見える。


 もしかして先程投げられたあれは、針ではなく爪?


 分かったぞ、やつの攻撃方法が。爪で肩をえぐることはできても、後頭部を潰すことはできないのかもしれない。そしてそれらはすべて威力の低い攻撃だ。


 なるほど四天王の補欠か、理解できたぞ。


 こいつはたしかにすごい魔法を持っている。しかし敵を倒す力がないのだ。


 とはいえ、こちらにもベルファストを倒すことができない。


 手詰まりだった。


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