462 魔王軍四天王ベルファスト
シャネルが地面に倒れた。
「えっ?」
最初、なにがあったのか理解できなかった。
――生きている!
直感的にそう思う。シャネルは死んでいない。だが倒れていることは確かだ。
なぜ?
そんなの決まってる。攻撃されたからだ。
誰に?
どこを?
怒りが湧いた。
自分がシャネルのことを守れなかったことに。言い訳をすることはできる。狙わていたのが俺じゃないから、『女神の寵愛~シックス・センス~』が発動しなかったのだ、と。
でもそれは本当に苦しい言い訳で。いままでだって他人の危機を何度も察知してきた。それはおもに他人の命の危機だが。
俺は倒れたシャネルの状態を見るために、周囲を警戒しながらもしゃがみ込む。
気絶しているだけだろうか、息はきちんとある。まるで寝ているだけのようだ。
起こすべきか? いや、あまり動かさないほうが良いかもしれない。シャネルにこんなことをしたやつに落とし前をつけさせてから、専門の知識のある人間に見せるべきだ。
俺はもう一度立ち上がる。
「どこにいる――」
最初、小さな声で俺は言う。
だが返事はない。
それに一層の怒りが湧いた。
この瞬間、内面的な怒りは外に放出された。
「どこにいるってんだ、出てこい!」
自分への怒りが反転し、シャネルを傷つけた者への怒りになる。
自分が守れなかったのが悪いのではない、シャネルを傷つけた者が悪いのだ。
刀を抜く。
モーゼルもだ。
右手に刀、左手に拳銃。
出し惜しみはなしだ。最初から全力で行くことに決めた。サーチアンドデストロイ、見えた瞬間にありったけの弾をぶち込みながら接近して、たたっ斬ってやる。
だが相手は姿を見せない。
殺気は依然として存在しているので逃げたわけではなさそうだ。
怒りで感覚を研ぎ澄ますことができない。それが悪い兆候だと分かっていても気持ちの高ぶりを抑えられない。水のようになる――それがルオの国で師匠に教えてもらった奥義であるというのにだ。
一瞬、噴水の水が止まった。
そちらに気を取られた。
その刹那――。
なにかが俺の肩をえぐり取った!
痛みを感じる前に俺は身を引き、当てずっぽうにモーゼルの弾を乱射する。
しかしなにもない。命中などしない。
どこからか肩を削られた、それは確実だ。1センチくらいだろうか、えぐり取られたような感覚があり血がダラダラと出てきた。
痛みは遅れてやってくる。
肩を抑えたいがそれでは隙きを見せることになる。
「卑怯者が!」
と、俺は叫んだ。
それに反論しようとしたわけではないだろうが、声が響く。
「ここまで弱いとは思いませんでしたヨ」
その声は広場にある噴水の、その上から聞こえていた。
水の止まった噴水の頂点に男が立っている。真っ黒いバイクスーツのようなぴっちりとした服を着た男だ。この異世界にはそぐわない、機械的な衣装である。
「お初にお目にかかります。私は――」
相手が名乗りをあげているその時に、俺はモーゼルの弾丸を放った。
命中する。
そういう確証を持って撃たれた弾だったのだが、弾丸はなにもない中空を貫通していった。
消えたのだ、バイクスーツの男が。
「おやおや、これは困りまたヨ」
背後から声が聞こえる。
振り向けばバイクスーツの男は俺の後ろにいた。
瞬間移動したとしか思えない素早さ。
いや、実際に消えて、また新しく現れたのだ。
――なんだこいつ?
「人が名乗っている時に攻撃するとは、無粋ですヨ」
甲高い声。
もしかして女か、と思ったがたぶん違う。だって股間の部分が盛り上がってるから。うげぇ、嫌なもんを見ちまった。
「何者だ? なぜ俺を狙う」
「私の名前はベルファスト。魔王軍四天王が1人」
「魔王軍の四天王だと?」
いや、それはおかしい。
魔王軍の四天王はもう4人、会っている。
俺が殺したのが2人。エディンバラとロンドン。
そしていまだ生きているはずのカーディフ。グリースで会った武人のような男だ。
最後にシャネルの兄、ココ・カブリオレ。
この4人で魔王軍の四天王はすべてのはずだ。
「不満そうな顔ですネ」
「そりゃあな。魔王軍四天王っていったら4人全員と会ったことがあるからな。なんだお前、語りの偽物か?」
「ふぉっふぉっふぉ。それは嫌な言い方ですネ」
変な笑い方。
気味の悪いやつだ。
「私はれっきとした魔王軍四天王の一員ですよ。貴方が2人も殺したせいで入れ替わりでなれた、まあ言ってしまえば補欠での人員ですがね」
「なんだよ、お前ら入れ替わり制だったのか」
頑張って倒したのに、補充されるのか。
「しかし補欠と言っても単体での戦闘力は他の四天王に引けを取らないと自負しておりますのでネ」
そりゃあそうだろうさ。
単身、敵の国に乗り込んできたんだ。それも相手の陣営の大本に。実力に自信がなけりゃあできることじゃない。言ってしまえばグリースに行ったときの俺と同じことをしているわけだからな。
「狙いは俺じゃなくてガングー13世か」
普通に考えば、そのはずだ。けれど俺は違うなと思った。自分で言っておいてなんだが、狙いはガングー13世じゃない。
ベルファストと名乗った男の目には、明確な憎しみがある。俺に対しての。
「あんな太った豚のような男に、興味はありませんネ」
俺はベルファストの姿を観察する。
身長は俺と同じくらい。髪は黒色で、短く借り揃えられている。ラバーでできたようなテカテカした服を着ている。下着とか履いてんだろうか? もしかしたらノーパン? だって履いてたら下着のラインが出るだろうしな。
手に武器は持っていない。しかしその指の先が血に染まっている。俺の肩をえぐったときについた血だろう。つまり素手でやったというわけか。
「狙いは俺か」
「その通りですヨ」
「なぜ俺を狙う」
どうする、モーゼルを撃つか? しかし相手の――おそらく魔法が理解できない。このまま撃っても無駄弾を消費するだけだ。
「なぜですと? 本気で言っているのですかネ?」
「まあな」
この状況で俺を殺す意味が分からないからな。
「ふぉっふぉっふぉ。――ふざけているのですネ!」
うわっ、いきなり切れた。
そして消えた。
どこにいる。見えない。と、思った次の瞬間に背中に衝撃が走る。
蹴られたのだ。
俺は飛ばされて、前のめりに倒れる。
しかし倒れたあとですぐさまその場から横にローリング。追撃をくらわないためだ。そして振り向き、モーゼルを構えた。
「――いないっ!?」
ダメだ、また消えている。
「貴方に私をとらえることはできませんヨ」
「舐めるなよ!」
見えない相手に苛立つ。
気が高ぶって冷静になれない。
「魔王様のために、死んでいただきます!」
なにかが来る。
避けなければいけない。どちらに?
右?
左?
俺は一瞬だけ迷ったすえに、右に飛び退いた。
鋭い針のようなものが、なにもない空間からいきなり飛び出してきた。
それは俺の心臓に突き刺さった――。




