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455 ガングーおろし


 会議場の中に入って俺は「なるほど」と納得した。


 段々になった会場、よく考えてみれば日本の国会もこういう場所で議論をしている。大学のキャンパスとかもこういう感じだ。なんなら映画館だってそう。


 どうして段をつくっているのかといえば、それはつまり前の人の頭が邪魔になって前が見えないのを防止するため。


 じゃあなぜ邪魔になったら困るのか。それは前の方になにか見なければならないものがあるということだ。


 大学なら講師だろうし、映画館なら映画。議事堂ならば発言者。


 それは時代や、なんなら世界が違っても変わらない。人間が生み出した叡智の形。


「段差のある会場だから外には階段もあったのか」


「そういうことです」


 外の通路に扉がたくさんあった理由もなんとなく分かる。すべての段、というよりも列には扉が用意されている。


 なぜそんなことをしているのか。それは段と段の間に金属のさくがあるからだ。


「なんか動物園のオリみたいだな」


「言い得てみょうですね」


「冗談のつもりだったんだけどね」


 エルグランドは席に座る。


 俺は、どうしようか。横に座っても良いんだろうか?


「早く座りなさい、目立ちますよ」


「それは嫌だな」


 目立つのは嫌いだ。だって俺、陰キャだからね。


 俺たちのいる列に他の人はいない。椅子はたくさん用意されているんだが。


 数えてみる。


 ふむ、10くらいか?


 この会議室はどれくらいの人がいるのだろうか。えーっと、100人くらい? もっといそうだけど、まあ目視で数えるのは無理だ。


 というか、やっぱり俺たちは遅れて入ってきたようだ。他の人の声が聞こえた。


「エルグランド氏が遅れるとは珍しい」「ですな」「なにかあったのでしょうか?」


 他の人たちはみんな随分前からここにいたのだろう。こそこそとエルグランドが遅れた理由を話し合っていた。俺は耳が良いのでそれをよく聞くことができた。


「おいエルグランド。みんなあんたのこと気にしてるみたいだぞ」


「私は遅刻などしたことがありませんからね」


 ふーん、まあ俺も小学生の頃は無遅刻無欠席だったけどね。そのあとで引きこもりになっちゃったけど。


「あれはどなたでしょうね」


 おや?


「エルグランド氏が連れてきたということは何かしらの参考人なのでしょうか」


「貴族、のようには見えませんが」


 どうやら今度はそこかしこで俺のことが話題にあがっているらしい。手でも振ってやろうかと思ったけど、やめた。バカバカしい。男相手に媚びを売る必要はない。


 どうでもいいけど、この会議場には女の人がいないな。なんでだろう。


「そろそろ始まりますよ」


 と、エルグランドが言ってくる。


「うん」


 ガングー13世の姿を探す。あ、いた。かなり前の方の席だった。


 こちらを振り向くようにして見てくる。不安そうな目だ。


「……ガングー。会議場ではそういう顔をするなと言っているでしょう」


「本番に強いんじゃなかったのかよ」


「ふんっ」


 一番前の壇上には立派な白い髭をたくわえた老人が立っている。


 あれが議長というやつだろうか。たぶんこういう会議場の中では執政官のガングー13世よりも偉い立場なのだろう。


「それでは、定例会議を開始します」


 ヒゲ老人の言葉で、どうやら会議は始まったようだ。


 発言する人間はもともと決まっているらしい。学級会のように挙手して当てられて、というわけではなく、準備していましたよとばかりに壇上に出ていく。


 みんな小難しそうな話ばかり。


 メガネの妙チキなヒゲを生やした男が、財政問題の話をしている。


「ふんふむ、軍事費が財政を逼迫ひっぱくしているわけね。ねえ、ヒッパクってなんだ?」


「静かにしてください」


「……あっ、もしかしてエルグラさんも意味知らないとか?」


 どうせ教えてくれないので煽ってやる。


「うるさいですね、余裕がないとい意味ですよ!」


「ほうほう」


 新しい言葉を知ったぞ。明日には忘れてるだろうけど。


「――この財政難の原因は明らかです!」


 壇上で喋っている男が声を荒らげる。


「明らかなのか?」


「まあ、そうですね」


 俺はちょっと考えてみる。そしたらすぐに答えは出た。


「戦争はお金がかかるって、そういやどっかで聞いたことがあるな」


「勝てもしない戦争をダラダラと続けたからであります!」


 そうだそうだ、とヤジが上がる。


「どこの世界もヤジってのは下品なもんだねぇ」


「しかしこのヤジによって議会感情が動いていくのもまた事実です。会議において相手を説得するということは、すなわち相手に納得させること。雰囲気にませる必要があるのです」


「なるほどね」


 おそらくいま現在、壇上で発言をしているのは戦争反対派。隣にいるエルグランドやガングー13世は主戦派で、対立関係にあるのだろう。


「現在、この議会では我々主戦派が大半を占めています」


 いきなり、エルグランドは説明をはじめる。


 いやいや、人が質問してもぜんぜん答えてくれないくせに自分が説明したいことは説明するのね。まあいいけどさ。


「そりゃあ良かった」


「割合でいえば主戦派は6割、反対派が3割。残り1割は中立派というか、まあ浮動票ですね」


「決議とかとるんでしょ? 過半数以上いるんなら勝ち確定じゃないか」


 エルグランドは小馬鹿にするように俺を笑う。


「それがそうもいかないのですよ」


 たぶん聞いてほしいんだろうなぁ……エルグランド。


「なんで?」


 俺は両手いっぱいの愛でエルグランドに質問してやる。


「主戦派といっても、その全員がガングー派ではないのです」


「と、言いますと?」


「戦争には賛成。しかし執政官ガングー13世の思想には反対。そういう人間がたしかにいるのですよ。その数は主戦派の2割」


 なるほど、それは問題かもしれない。


 エルグランドがなにを恐れているのか、理解した。


 ガングー反対派が2割、そして戦争反対派が3割。もしもこの2つの勢力が手を組めばガングー賛成派の4割よりも数が多くなる。


 そうなれば――戦争は続行される、が、しかしその責任者はガングー13世ではないということになりかねない。


 もちろん浮動票もあるので必ずそうなるとも限らない。戦争反対派が絶対にガングー13世をトップの座からおろしたいと願うかも分からない。


 ただ可能性として。


 そしてエルグランドが恐れているということは、その可能性は低くないのだろう。


 ガングーおろし。


 現在、この会議にはその暴風が吹き荒れようとしているのだった。


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