453 エルグランドとじゃれ合う
俺はエルグランドに案内されて、宮殿の中を歩いていた。
「会議場ではくれぐれも大人しくしてくださいよ」
「大丈夫、たぶん緊張して喋ったりできないし」
「緊張? 貴方がですか?」
「悪いかよ」
悪くないですがね、とエルグランドは疑うような目を向けてくる。
いや、俺は本当にけっこう緊張するタイプだ。緊張というか、コミュ障なのでたくさん人がいるところでは大人しくなるのだ。
――内弁慶。
弁慶って言ったら強そうに聞こえるけど、頭に内がつくだけでなんとも情けない言葉になってしまう。自分の家の中でだけ威張ってる人、というほどの意味だ。
「言っておきますが、これは特別なことですからね。普通は会議に参加などできないのですから」
「だろうね」
元いた世界でも国会中継とかはあった。けれど傍聴みたいなシステムはなかったはずだ。
「なにか言われたら軍事顧問ということにしておきますからね。とはいえ発言をしなければならないということはありえませんので」
「それを聞いて安心したよ」
それにしても宮殿の中にはたくさん絵が飾られている。部屋にはまず1枚は絵があるし、廊下にもたくさん飾られている。変な宮殿だ。
俺たちは外に出た。
「えっ、会議場って宮殿の中にあるんじゃないの?」
「なぜそう思ったのですか」
「なぜって言われても困るけど……」
勝手にそう思っていただけだ。もし理由をつけるなら、俺が単純に外に出たくなかっただけだろうな。いつまた雨が降るか分からない、だから外にで出たくなかった。
「会議場は街の方にあります。貴方はどこにあるのか知らないのですか」
「だから知らないって言ってるだろ」
いまだに思うけど、エルグランドってどうしてナチュラルに人をバカにするようなことばっかり言うんだろうな。知らないなら知らないで良いでしょうが。
「そうですか」
「いや、なんか説明してくれよ」
「説明、なんの?」
「だから会議場がどこにあるのか! 街の方だけじゃなくてさ!」
「どうせいまから馬車で行くのですから、説明しなくてもいいでしょう」
「いやいや、会話のキャッチボールとかしようぜ。さてはお前、友達あんまりいないだろ」
「貴方に言われたくありません」
「なんだと!」
いままさにケンカにでもなりそうなところ。
エルグランドは取っ組み合いでは勝てないと踏んだのだろう、杖を抜く。
「おいおい、杖かよ。それを出したら殺し合いだぞ」
「先に侮辱したのは貴方の方でしょう!」
「こっちだっていいかげんトサカにくるぞ!」
俺も刀を抜いた。
にらみ合う。
少し距離を取り始めるエルグランド。
「殺すつもりはありません、痛い目に合わせてやりますよ」
「こっちのセリフだあんぽんたん! 誰のおかげで戦場で戦えたと思ってんだよ!」
「恩着せがましいですよ!」
杖が振られる。
なんかすげえ早口だった。
そう思ったら、次の瞬間に俺の足元の草が急成長をはじめた。
「えっ?」
気がつけば足をとられる。そのまま転けそうになるが、とっさに刀で草を斬る。
「くそっ、やりますね」
「お前、杖まで抜いておいてなんてしょうもない魔法使うんだよ!」
「誇り高い木系統の魔法です!」
「ええい、シャネルに全部燃やしてもらいたいところだ!」
地面に生えていた小さな草たちがウネウネと動きながら成長して、俺の足元にまとわりついてくる。攻撃力は皆無に近いが、とにかく面倒だ。それに気持ち悪い。
「どうですか、降参しなければこのまま草の中に埋もれさせますよ!」
まとわりつく草は足元から膝へと上がってきている。
このままでは体全体を覆われてしまう。
「調子に乗るな!」
俺は懐からモーゼルを取り出し、1発だけ弾丸を放つ。
それは狙い通り、エルグランドの顔ひとつ分くらい左を通っていく。
「あ、当たってませんよ下手くそ!」
「わざと外したんだ、このバカ!」
やろうと思えば当然、命中させることもできた。
「負け惜しみを」
「うざっ。次当てるから、次当てるからな。あと10秒でこの魔法を解除しないと当てるからな!」
「貴方が土下座でもして謝れば許してやりましょう」
「この状況でどうやって土下座しろっていうんだよ!」
そもそもしゃがめねえよ。
「それもそうですね。いま、魔法を解きます」
エルグランドはそういうと、本当に魔法を解除してくれた。
……こいつ、もしかしてバカなのか?
「さあ、土下座しなさい」
俺はエルグランドに駆け寄り、その勢いのままに頬を思いっきりぶん殴ってやる。
「やだよ、このクソ野郎!」
「ぎゃっ!」
エルグランドはその場にばたりと倒れた。
痛そうに頬をおさえている。
「ふうっ、相手がバカで助かった」
「卑怯ですよ、エノモト・シンク」
「良いことを教えてやろう。殺し合いに卑怯もクソもないのだ」
それを知っている俺だからこそ勝てた。つまりこれ、経験の差ね。
そんなふうに2人でじゃれ合っていると、宮殿の中から着替えを終えたガングー13世が現れた。
「やあやあ、遅れてすまない。もう準備できてるかい?」
「大丈夫ですよ」
と、俺。
「ガングー、この乱暴者を連れて行くのはやめましょう」
「なにかあったのかな?」
「ちょっとしたケンカですよ。そして俺が勝った」
「少し油断しただけです! あれは実質私の勝ちです!」
「負けず嫌いだな、エルグランドは。シンクくんは冒険者なんだから腕くらべをするのがおかしいのさ」
「そうそう」
エルグランドは悔しそうに立ち上がる。そしてしぶしぶ納得したのか、「行きますよ」と俺たちを仕切る。
宮殿の門の近くには馬車が用意されていた。
ガングー13世の馬車だ。いかにも王様が乗っていそうな馬車。アイリスの家紋が特徴的。
これ、暗殺者とかにすげえ狙われそうだけど大丈夫なのだろうか。
まあ、嫌な予感はしないし良いか。
俺は足にまだ少しついているそれをむしりとる。
「早く乗ってください、エノモト・シンク」
「うるせえな、誰のせいでこんな草まみれだと思ってるんだよ」
「時間がないのですよ」
はいはい、と俺は適当に答えている。
馬車に乗り込んだ。ふかふかの椅子、さすがお金がかかっていそうだ。
「出したまえ」
と、ガングー13世は言う。
その言葉とともに門は開き、馬車は進みだしたのだった。




