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452 執務室にて


 恐る恐る、という感じでガングー13世は執務室へと近づいていく。ある意味では自室ともいえる場所だろうに、かわいそうな人だ。


「シ、シンクくん。悪いんだけど執務室の扉、開けてくれないかい」


「いや、開いてますよ」


 中からエルグランドの怒鳴り声が聞こえてくる。ここまで近づけばもうガングー13世にも聞こえているだろう。


「そのようだね」


 いきなり、空気が震えた。


「どこにいるというのですか、この大事な時に!」


 俺はすぐに察する。


 エルグランドはガングー13世が失踪したと思って、躍起になって人を使って探させているのだ。


 たしかにこれは顔を出したらガングー13世が怒られそうだ。


「どうします?」と、俺は聞く。


「行くしかないよね」


 この人はいったい何歳くらいだろうか、と思った。40くらいだと最初は思ったのだが、こうしてみればまだもう少し若そうだ。というかガングー13世、エルグランド、ついでにフェルメーラの3人は幼馴染だったか? つまり同い年くらいだろう。


「なんならガングーさん」


「なんです?」


「俺が誘いだしたことにしましょうか?」


「シンクくんが?」


「はい。それで2人で遊びに行ってことにしましょうよ。それならあんたはエルグランドに怒られないでしょう?」


 俺がそう言うと、ガングー13世はふっと笑った。


「シンクくんは優しい人だね」


「よく言われますよ」


 自分では自覚がないけれど、よく言われる。それとも優しいという言葉は嫌味の一種だろうか。こんな俺のどこが優しいというのか。まったく。


「いいですよ、私が逃げたのが悪いんです」


 ガングー13世は意を決したように開け放たれた執務室へと入っていく。俺もそれについていく。


 部屋の中にはエルグランドの他に、3人の人間がいた。その3人はいかにもうだつの上がらない顔をしており、3人のうち2人がメガネをかけていた。


 いかにもコテコテの文官というやつ。


 もっとも、その区分でいくならエルグランドは文武両道ということになってしまうのだろうが。それってどうなの?


 エルグランドはいかにも大上段に構えて、3人を叱りつけている。


「そういうの、パワハラって言うんじゃないか?」


 俺は思わず言ってしまう。


「なんですか、エノモト・シンクですか! なんで貴方が――って、ガングー!」


「エルグランド、ただいま」


「どこに行っていたのですかガングー!」


「いや、ごめん……」


「どうしてそんなに濡れているのですか! まさか外にいたのですか。ほら、貴方たち気がききませんね! 貴方は拭くもの、貴方は着替え、貴方はなにか温かい飲みものでも持ってきなさい!」


 テキパキと指示を出すエルグランド。戦場でもこの思い切りの良さがあればね、良かったのにね。


 3人の文官たちは執務室を出ていく。そして俺たちだけが残る。


「いやあ、外はすごい雨ったよ」


 とりあえず冗談を一つ。


「そんなことは宮殿の中にいても分かります!」


「いまは雨もやんでるけどね」


 とはいえ風はまだ強いし、空だって晴れているわけではない。


「エノモト・シンク。さては貴方がガングーをたぶらかしたのですね!」


 たぶらかしたって言い方、どうなの?


 でもまあ、いいや。


「おっ、察しが良いね。そうそう、ちょっとガングーさんと遊んでたんだよ」


 もとから俺が泥をかぶるつもりだったのだ。勘違いしてくれるならそれで良い。


「貴方という人は、いまがどんな大事な時かも知らずに! そもそもいつの間にガングーと仲良くなったのですか!」


「さっきだよ、さっき」


「フェルメーラといい、貴方の交友関係は理解できません!」


「友達が多いからね」


 はい、嘘つきました。友達なんてぜんぜんいないよ。


「はあ……べつに褒めているわけではありませんよ」


 なんでもいいけど、エルグランドもちょっとやつれてるな。大変なのかな?


 あ、なるほど。疲れがたまって怒りっぽくなってるわけだな。


「うんうん」


「なにを1人で分かったように頷いてるんですか。貴方への処分は追って連絡します。いまはガングー、貴方のことが大事です」


「エルグランド、シンクくんを怒るのはやめてくれたまえ」


「え?」


「悪いのは私だよ。彼は外でたまたま会っただけだ」


「そうなのですか?」


 ガングー13世はなかなか良いやつだと思った。


 他人が怒られている時、じつは自分が悪いのだとはなかなか言えないものだ。誰だって自分に火の粉が降りかかるのは嫌だからな。


 責任感だろうか。あるいは正義感。なんにせよ偉い。


「だからシンクくんを叱らないでくれたまえ。叱るなら私だよ」


「ガングー、どうして逃げたのですか。会議の時間はもうすぐですよ」


「……ごめん」


「きちんと質疑応答の予習をしておかなければ。どのような質問が飛んでくるか分かったものでもありませんよ。ここで我々主戦派が勢いに乗らなければ、政治の世界ですら首が飛びますよ」


「分かっている、分かっているよ」


「いいえ、貴方は分かっていません! 私やエノモト・シンクが戦場でどれだけ苦労してきたか! たしかに言っていた通りの大勝はできませんでした。しかし一矢報いたのですよ、こちらは。このチャンスを活かさなければ――」


「ちょっとごめん。エルグランド、俺あんまり話が理解できてないんだけど」


 会議って言ってるけど、それそんなに大事な会議なの?


 会議……というか、話し合い?


 いったい誰と話をするのだろうかガングー13世は。


「べつに貴方が知る必要はありません」


「そうつれないこと言うなよ、エルグランドちゃん」


 俺は慣れなれしくエルグランドの肩を叩く。こいつとはなんだかんだで長い付き合いになってきたからな、勝手知ったるというやつだ。


 とはいえエルグランドは更に怒ったらしい。怒り心頭という感じで、


「うがー!」


 その端麗たんれいな顔からは想像もできないほど野太い声を出して俺の手を振り払った。


「なんだよ、そんなに怒るなよ」


「こっちは真剣にやっているんです! 貴方のようなちゃらんぽらんに、このっ、このっ!」


 エルグランドは俺に殴りかかろうとする。


 よくハエが止まるパンチ、なんて言葉があるけどまさしくそれだ。


 大ぶりで、人のことなんて殴ったことなんて一度もない拳。


 ひょいと避けて、ごめんごめん。


「悪かったよ、ちょっとふざけすぎた」


 俺の悪い癖だ。


「とにかく、私たちはいま急いでいるのです。貴方にかまっている暇はありません。いつものあの女性はどうしたのですか」


「シャネル? いま着替えに帰ったよ」


「着替え?」


 意味が分からないというようにエルグランド。だよね、俺もあんまり意味が分からないもん。


「お洒落が大事だって、そう思ってるんだよシャネルは。それで会議ってなんの?」


「そんなに気になるのですか」


「まあね」


 野次馬根性は昔からおうせいだからね。


「今回の会議は――」と、ガングー13世が説明してくれる。「今回の戦争についてのものだよ。このまま戦争を進めていくか、それとも辞めてしまうか」


「会議ってつまり議会みたいなもの?」


 会議と議会って不思議な言葉だよね、文字を逆にしただけなのに、議会の方はお硬い感じがする。いかにも国会って感じだ。


「我々の場合も議会と言ったほうが正しいでしょうが、伝統的に会議といいます。一節によればかつてガングーの側近であるタイユランが言った言葉のせいだとか言うんだよ」


「へえ、ガングーさんは物知りだな」


 ぜんぜん説明してくれなかったエルグランドに対しての嫌味だ。お前はもしかして知らなかったの、という。


「それくらい常識です」


「うざぇ……」


「ガングーのいる議会はあくまで『議』、すなわち相談は行われずガングーの決定によりすべてが決まる。それゆえ議が先にくることはなく、集まり決定事項を聞くだけ。会議である、とね。私たちもそれにならって議会のことを会議と言っているのだけど……」


「ま、初代ガングーの真似はできないって感じか」


「させてみせますよ、私が」


「エルグランドちゃんは野心家だなー」


 また殴られそうになるので、また避ける。


 相変わる手が早い男だ。弱いくせに喧嘩っ早い。ダサいぞ、そういの。


「と、とにかく早く着替えてきてくださいガングー」


「ねえねえ、エルグランド」


「なんですか!」


「その会議ってさ、俺も聞けないの?」


 いまから2人が会議に行くというのなら、俺は1人になってしまう。そしたらつまらないからな、せっかくなのでついていきたいのだけど。


 エルグランドはどうしますか、とガングー13世を見た。


「良いと思うよ。せっかくだから出席してくれたまえ」


「やったね」


「これで貴方も主戦派、言い訳できませんよエノモト・シンク」


「いや、それは違うだろ」


 でもちょっとした社会見学だ。あとでシャネルに自慢しちゃおう。と、俺は思うのだった。



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