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445 戦争の終わりとは?


 フェルメーラはその手にワイン瓶を持っている。


 酔っ払ったように歩きながらも、本当は頭の中が冴えている。


 おどけるように、うやうやしくワイン瓶をガングー13世の前に置いた。


「フェ、フェルメーラ。久しいね」


「執政官殿もご機嫌うるわしく! どうですか、王座の座り心地は!」


「フェルメーラ、声が大きいですよ。この酔っぱらいめ」


「やあやあ、エルグランド! 僕のことをのけものにして皆で楽しくお喋りかい?」


「貴方をここに呼ぶ必要はありません」


「必要がなくとも来るさ! こんなバカなことをしようとしていればね! シンクくん、おはよう」


「フェルメーラ、朝から飲んでるのか?」


 さすがの俺もそこまでしないぞ。


「朝からなんて飲んでいないさ。昨日の夜から飲んでいるんだ!」


 なるほど。これは酔いというよりも徹夜明けのテンションだな。それならば納得できた。


 シャネルは呆れたように自分の髪をいじりだした。


「酔っぱらいは嫌いよ」と、小さな声で言う。「でもシンクだけは別」


 特別扱い、ありがとうね。


「まったく、門番はなにをしているのですか。貴方などを宮殿に入れて」


「入れてくれって言ったら入れてくれたよ」


「解雇です、解雇! きちんと仕事をしない門番など!」


「まあまあ、エルグランド。それでフェルメーラ、久しぶりに、それもいきなり顔をだして、なにをしにきたんだい?」


「――なにをしにきたんだい? 執政官殿、それが生死も不明だった盟友にかける言葉か?」


「信じていたさ、生きているとね」


 フェルメーラはその言葉で毒気を抜かれたようだ。なんだか気まずそうに鷲鼻をさわっている。


「ともあれこれで役者は揃いましたか」と、エルグランドは少し笑う。「ここ、執務室にいる人間が主戦派の中心人物です」


「いやいや、俺ちゃんは主戦派じゃねえよ」


 やめてよね、人を勝手に仲間にするのは。


「僕も戦争は嫌いだね」


 フェルメーラも少し怒ったように言う。


「まあまあ。私は皆さんの力を借りたいと、そう言っているだけなんです」


「そうです。全員の力を合わせて、強大な敵に立ち向かおうとそう言っているのですよ」


 うわ、耳障りのいい言葉。


 こういう言葉は怪しいと思うべきだ。


「そもそもさ、私思うのだけど。いつまで続けるつもりなの、この戦争を?」


「どういうことですか?」


「あなた達はいったいなにを目指しているの?」


「なにを、ですと?」


「グリースは魔王が世界征服をしたいというのは、まあなんとなく分かるわ」


「ま、金山のやつが本当のところなにを目指しているかなんて、分からないけどな」


 しょせんあいつは俺と同じ矮小な人間だ。


 誰かに認められたいとか、俺に勝ちたいとか、そんなくだらないことでここまで来たんだ。


「でもね、ガングー13世、あなたはどうなの?」


「私ですか?」


「この戦い、最初は防衛戦だったはずでしょう? 少なくともテルロン方面に敵が進行してきた、それに対して兵をだした。そうよね?」


「そうですね」と、ガングー13世は同意する。


「そのテルロン方面は落ち着いた。それなら、なぜまだ戦うの?」


「テルロンにはまだ敵がいます!」と、エルグランド。


「ならテルロンに残って敵を駆逐くちくしてこれば良かったじゃない。わざわざ凱旋がいせんまでしてきて、それで戦いを続けるつもり?」


「それは……」


「このさいだから、はっきりと言うわ。なにをもってこの戦いを終わりにするつもりなの? それが決まっていないから、いつまでも戦うはめになるんじゃないの?」


「戦争とはそういうものでしょうに!」


「だから、その戦争をどこで終わらせるというの? 相手を全員根絶やしにしたら終わり? 違うでしょう、どこかでもうここまでと決めるものよ」


「シャネル・カブリオレさんは、この戦争をもう終わりにしたほうが良いと、そう言うのですね」


 ガングー13世はなぜかシャネルのフルネームを呼んだ。


「そうは言ってないけど、ただ講和こうわという選択肢もあるのじゃないかしら」


「相手がそれを認めるでしょうか、シャネル・カブリオレさん。それに初代ガングーだったとしたら、この好機に講和など弱気な選択肢をとるでしょうか?」


「ガングーがどうとか関係ないでしょう。いまを生きる人間に、500年前の人間の意思がどう作用するっていうの。先人はあくまで知恵をかりるだけにしておきなさい、その人間そのものになろうなんておこがましいわ」


「シャネル、シャネル――」


 ちょっと言い回しが、なんというか、難しいぞ。


 怒ってるのか?


「あら、ごめんなさい。少し興奮しちゃったわ」


「なんにせよ、俺たちは協力することはできないな、これ以上。プロパガンダに使われるのも嫌だし」


「そうですか……」


「よし、話は終わったな。シンクくん、酒場にでも繰り出そうか」


「はあ? つうかフェルメーラ、あんたなにしに宮殿に来たんだよ」


「そんなの決まってるだろう?」


「決まってるのか」


「ただ旧友の顔を見に来ただけさ。ま、元気そうで安心したよ執政官殿」


「キミもね、アルコールはほどほどにしなよ」


 2人はなんだか笑っているけど、エルグランドは怒り心頭という感じだ。


「エノモト・シンク! 我々の手伝いをしてくれないのですか!」


「だから嫌だって」


 そもそも俺だって、もう戦争はこりごりだったのだから。


「頼みます、エノモト・シンク。私たちはこれまで、何だかんだと言って上手くやってきたじゃないですか! ここでもう一度、私に力をかしてください!」


「エルグランド――」


「なんです?」


「べつに俺は戦うことを否定するわけじゃない。もう1回、俺も戦うかもしれないからな。けれどな、俺のことを神輿みこしにするのはやめてくれ」


「しかしこのままでは国民たちは我々ドレンス軍についてきません。兵士は足りず、どうにか徴兵をしなければならない。徴兵にも何かしらの理由がいる。まかさテルロンで負けて兵を失ったから、兵を補充したいなど言えないのです!」


「分かる、分かるけどさ――」


 それは俺には関係のないことだ。


 エルグランドは捨てられた子犬のような顔をする。


 男にそんな顔をされてもそそるものはない。


 俺たちへ執務室を出た。エルグランドもガングー13世も呼び止めなかった。


「なんだかここまで言うと、可哀想ね」と、シャネル。


 彼女のことだ、可哀想なんてまったく思っていないだろう。


 ただそう言わないと、俺が落ち込むと思ったのだろう。


「そうだな」と、俺は同意する。


 こうすることで、自分がエルグランドやガングー13世を見捨てたことが、酷いことだと自覚できる。自覚できるからこそ、居直ることもできる。


「だけどさ、勝手に英雄にされちゃかなわないよ」


 何度もいうようだけど、俺はそういうガラじゃないのだ。


 それに、本当にその立場になりたいのはエルグランドのはずだ。面倒なこと言っていないで、自分がなればいいのに。メディアの力でも使ってさ。


「とはいえドレンスが危機的状況であるということはたしか。さてはて、エルグランドもガングーも、これからどうするつもりだろうね」


 フェルメーラは笑っているが、俺は笑えない。


「さあ、知らないよ」


 ただ、そう答えるだけだった。


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