044 おぬし、死相が出ておるぞ
そのアパートはパリィの裏路地にひっそりと建っている。
部屋の数は6つしかなく、いまも満室だ。俺たちが借りられたのは本当に運の良い事だった。ちょうど前の入居者がはやり病で死んだとかで空室になっていたのだ。
シャネルいわく、
「私の幸運のおかげよ」
とのことだが。
でもたぶん俺の日頃の行いが良かったからだよ。
部屋の住人に対して、俺はそう興味をもっていない。だけどシャネルはそういったご近所事情が気になるのか自分で調べてきたようだ。
その情報によるとこのアパートの住人は典型的なパリィの人間ばかりなのだという。
一人は法律家を目指している学生――いつも貧乏そうな顔をしている。
一人は自称ジャーナリスト――こっちは胡散臭そうだ。
一人は妻子のある軍人――こいつは情婦との逢瀬にこのアパートの一室をつかっている。
一人はお針子の女――よく男の家に行っているらしく部屋を開けている。
一人は門番女――小柄な老婆で明日にでも死にそうに見える。
そして最後に俺とシャネルの二人。
部屋は狭くてベッドも一つ。だから俺は藁束の上にシーツをかぶせたものに寝ている。それなのに朝になったらシャネルが俺の寝ているほうに潜り込んでいるのはなぜだろう?
なら俺にベッドを使わせてくれ。
さて、そんなちんけな部屋だがいまはシャネルの買ってきたお洋服がたくさん並んでいる。
勘弁してくれただでさえ狭いんだから、と思うのだがシャネルは毎日洋服を買ってくる。まあ別にお金はまだまだあるからいいのだけど。
そのシャネルさん、いまは部屋で一人ファッションショーを開催しているらしく。
どうもオペラに着ていく服が決まらないそうだ。俺は別に一着しかよそ行きの服を持っていないから悩む必要もないのだけど。そういう意味ではシャネルは大変だ。
「女の準備は長いなあ……」
陽はすっかり沈んでいる。
俺はまるで捨てられた子犬のようにアパートの前で座っていた。
「なにしてるんだい?」
アパートの入り口から老婆が出てきた。
「シャネルを待ってるんですよ」と、俺は一応の敬語をつかう。
「ああ、あのお嬢さんかい」
「タイタイ婆さんは? これから買い物かなんかですか?」
門番女の名前はタイタイ。これは門番女と呼ばれるが、まあようするに管理人さんだ。
なんでもこのアパートの管理とは別に占いをやっているそうで、このまえすぐそこの道で占いをやっているのを見た。
「わしはこれから仕事じゃよ」
タイタイ婆さんは不思議な老婆だった。
片方の目が細く、その顔はアンバランスなのだが見ていて不快感はない。自分の事を「わし」と呼ぶが老婆なのだ。そしてタイタイ婆さんはここらへんでは有名人で、みんなあの老婆は頭がおかしいと言っている。俺もうすうす感じていた。
「おや、おぬし……名前はなんじゃったかのぉ?」
「榎本シンクですよ。やめてくださいよ、一応このアパートの入居者なんですから」
とはいえ、面倒な手続きなんかはほとんどシャネル任せなのだ。はたから見れば俺なんてただのヒモに見えるだろう。
「そうじゃったそうじゃった、シンクじゃったな」
タイタイ婆さんはからからと笑った。でもそれは笑いというよりも咳みたいだった。
タイタイ婆さんがじっとこちらを見てくる。
その片方だけが以上に細い目で、まるで俺の裏側を見るように……じっと。
「おぬし、まずいのう」
「なにが?」と、思わず敬語を崩してしまう。
やっぱりヒモとか人としてまずいかな?
いや、たぶんそういう事を言ってるわけじゃないな、これ。
「おぬし、死相が出ておるぞ」
「死相?」
これは穏やかじゃない話しになってきたぞ。
え、死相ってあれか? あの漫画とかでよく聞くけどどんな相なのか全く分からないやつ。俺的には北斗七星のそばに他の灯りが見える――くらいの方が分かりやすくて好きなんだけどね。
「そうじゃ」
タイタイ婆さんは言うだけ言うとテコテコと歩いていこうとする。
「ちょ、ちょっと。婆さん、タイタイ婆さん!」
俺は慌てて立ち上がる。
「なんじゃ?」
「なんじゃって、そりゃあないよ。死相が出てるって? あんたそこからだろ、大切なのは。もっとこう、ないのかよ。なにに気をつけろ、とか。もしくはラッキーアイテムとかさ。これ持ってれば死なないぞっていうさ、もうこのさい幸運のツボとかでも良いから」
というかそういう詐欺を疑っていたのだこっちは。
それが何も言わずにどっか行くとか肩透かしってもんだぜ。
「ない」
と、タイタイ婆さんは言い切る。
「そんな~」
「しかしまあ、アドバイス程度ならなくもない」
「おおっ、教えてくれ!」
タイタイ婆さんはしょうがないのお、とでも言うように首を横に振った。
「夜道に気をつけるのじゃ」
「それだけ?」
「それだけじゃ」
なんて普通のアドバイス。
そりゃあ気をつけるよ、夜道なら。なんせこのパリィは治安があまりよろしくないからな。
タイタイ婆さんは鼻歌まじりに歩いてく。今度はもう引き止めない。たぶん今から道で占いをするのだろう。
ん? そういう意味では俺はいま占ってもらえたのか。
タダでやってもらえた、ラッキーだぜ。
「変なお婆ちゃんね」
「うわっ!」
いきなりシャネルの声が耳元でして飛び上がる。
これでも俺は『武芸百般EX』なんてチートスキルを持っているんだぞ。その俺がまったく気配を感じとれなかった。
心臓に悪い女、シャネル。
「あの人、頭がおかしいんだってみんな言ってるわ」
「そ、そうか」
俺からすればシャネルも負けていないのだが。
まあシャネルの場合はきれいだから許す。
「ガングー時代からある、ってのは箔付けのために店とかによく使われるけどね。あのお婆さんったら、自分は英雄ガングーが存命のころから生きていたなんて言うのよ。この前なんてガングーに会ったことあるだなんて言っててあきれちゃったわ」
「その人、何百年前の人だったか」
「だいたい500年前よ」
そうだよな、それくらい前の人だよな。なんせオペラのモチーフになるような人なのだから。俺たちが今から観に行くオペラはその英雄さんのお話だった。
すごいよな、現代日本でいえばその人の映画が作られるようなもんか?
うーん、自分の人生が映画になるだなんてちょっと想像ができないな。
「それでシンク。何か言うことはないの」
「え?」
なんだろうか。
言うこと……遅かったね、じゃなさそうだし。
俺が言葉に迷っているとシャネルはちょっと不機嫌そうに膨れた。
必死でシャネルが求めている答えを考える。そうしたら気がついた、シャネルの着ている服は今日買ってきたばかりのものだったのだ。
「似合うね」
と、言ってみる。
「あら、そう?」
シャネルは澄ました顔をしてちょっと顔をそらしたが、その頬が照れくさそうに赤くなっていた。
どうやらこの言葉で正解だったようだ。
シャネルが着ているのはこんな言い方しちゃあ悪いが、いつもどおりのゴスロリドレスだった。下手したら今までの服と違いが分からないくらい。
でも本人的にはやっぱりおニューのお気に入りの服なのだろう。
こういうのってあれだ、あれに似ている。クルマに興味を持てない人がどんなクルマも同じに見える現象。それがそっくりそのままシャネルの服にも当てはまるのだ。
でもこのゴスロリ服、俺もアニメとかで見慣れてて嫌いじゃないんだけど、こうして異世界で見るとなかなかどうした。
ついでにこのパリィの街にも合ってるしね。
さてさて、シャネルのせいで時間がかなり掛かってしまった。オペラの開演時間まではもう少しあるが、ここから行けば時間はギリギリだろうか。
夕方のうちに道順を確認しておいてよかった。
こういうのを備えあれば憂いなしとでも言うのだろうか。
俺とシャネルは並んで歩きだす。
「そういえばシンク」
「なんぞ?」
「パリィに来てもう一週間だけど、復讐相手のことは何か分かった?」
「それがまったく全然これっぽっちも。そっちは?」
「私も兄の消息はつかめないわ。ここには居ないのかもね」
「分かったら闇討ちでもなんでもしてやるんだけどなあ」
俺たちは物騒な会話をしながら歩いていく。
道行く人々は仕事終わりなのだろうか、足取りはどことなく軽やかだ。さすがに首都、人の数は多い。
街道の脇には木が生い茂っている。
さわさわ、さわさわと音をたてて揺れている。
その木の陰に、こちらを見ている人間が一人。俺は直感的にそれに気がついた。
――誰だろうか?
もちろん知り合いではない。どころか、その顔はこちらからではよく見えない。たぶん意図的に顔を隠している。
「ねえ、シンク」
「うん?」
シャネルに呼ばれる。
「なに見てるの? マロニエの木がそんなに気になるの?」
「そんな名前の木なんだな、あれ」
マロニエの木はこのパリィのいたるところに植えられている。そのため景観がよくなっているのだ。
ふと見れば、先程の陰がない。
どこに行ったのだ。
もしかしたら俺のことを見ていたというのも俺の思い過ごしかもしれない。
こういのってあれだからね、被害妄想みたいなもんだから。もしくはあれだ、俺があんまりにも格好よくて見てたんだろうな。
「ぐへへ」
「シンク、なに笑ってるの。気持ち悪いわよ」
「そんなこと思ってないくせに~」
「キモっ……」
普通に言われたらさすがにへこみます。
しょげます。
そしてその場にへこたれます。
「ちょっとそんな場所に座りこまないでよ。冗談、冗談よ。早く行くわよ、オペラに遅れちゃうわよ」
シャネルが俺の手を引っ張っていく。
俺はずりずりと引きずられる。
ああ……このままどこに連れて行かれるのか。天国か、地獄か? バーカ、オペラ座だよ。
「もうっ、ちゃんと歩きなさい」
とうとうシャネルは怒り出した。ははは、怒っても可愛いね。
さすがに嫌われたくないので俺は立ち上がる。
さっきこっちを見ていた人のことは覚えておこうと思った。なんだか嫌な予感がするのだ。こういうのはそう、たいてい当たるのだから。




