434 断首台に歩く2人
俺はエルグランドと並んで歩いていた。
少し離れた場所には、まるで定規でひいたように居並ぶ魔族の兵士たち。厳密にいえば出来損ないだろうか。
ここが戦場であると感じさせられる、ちりちりとした肌を差すような雰囲気。
どれだけ察しが悪かろうと理解するだろう、俺たちはいまから死ぬ。たった2人で向かい合う敵を倒すことなどできはしない。
「昔さ、こんな映画を見たんだ」
俺は歩きながら、言う。
さて、このスピードで歩いていけば俺たちは敵のもとへどれくらいでつくだろうか? 5分、それとも10分。そんなに離れていないかもしれない。
エディンバラの姿を探してみるがいないようだ。
「映画ってなんですか?」
「あー、つまり紙芝居みたいなもんさ」
さすがに映像作品はないけれど、絵本みたいなものはある。
だから紙芝居と言えばだいたい伝わる。
「そうですか」
なぜいまそんな話を? というような顔でエルグランドは俺を見た。
「その映画の内容がな、まあかいつまんで話すとな。男2人のバディものなんだ」
「はあ?」
「2人は荒野のヒットマンなんだがな、まあそりゃあいろいろなことがあって。力を合わせて金をかせぐわけだ。おわかり?」
「まあ、分かりますが。え? 私はいまなんの話を聞かされているのですか?」
「でもあるとき男の1人がヘマをして死んでしまう。そうなったあとはもうボロボロさ、いつも2人一緒にやってきた男は、1人じゃあヒットマンとして半人前だった。なんせ2人で1人なんだからな。で、けっきょくそいつも失敗して捕まっちまうんだよ」
「そうですか。それで、その残った男も死んだのですか?」
「死んだ。最後は断首台におくられてな。その断首台への階段を登る男の物悲しい顔がな、いまでも忘れられないんだよ」
「それで?」
「ま、つまりいまのお前みたいってことさ」
俺はちょっと笑ってやる。
エルグランドは乾いた笑いを返した。
いやはや、本当にいまのエルグランドの顔はその映画の俳優の顔と似ていた。ある意味ではエルグランドの顔は俳優みたいにイケメンだしな。
絶望や悲しみを通り越した、諦めの表情。どうでもいいと、いますぐにでも吐き捨てそうな。
けれどよく見ればその体は小刻みに震えている。
怖いのだろう、死ぬのが。
「エノモト・シンク。貴方には悪いと思っています」
「なにがだよ」
ああ、敵が近づいてきた。いや、近づいているのは俺たちだ。
歩兵は何人くらいだろうか? 戦車が3両ひかえているのは数えれば分かるのだが。
「ガングーのことがあって、貴方をこんな場所まで連れてきてしまって」
「ふん、最終的についてきたのは俺さ」
好奇心は猫を殺すって、そんな言葉もあったよな。
「貴方は優しい人だ」
気持ち悪いな、と思った。
エルグランドがいきなり俺にデレているぞ。はっきり言って吐くかと思ったくらいだ。
「なに、まさかのここでホモのカミングアウト?」
俺ちゃん、いちおう自分ではそういうのに理解がある方だと思ってますよ。
ただその……はい、自分が対象になる覚悟はしておりません。
「どうしてそうなるのですか。まったく、人の話を茶化さず聞けない人ですね」
エルグランドは、すでに声すらも震えていた。
もしかしたら恐怖のせいで、よけいに饒舌になっているのかもしれない。だっていつものエルグランドなら、こんな素直に喋らないのだから。
「すまんね」
「貴方はこの戦場についてきてくれた」
「だから自分で行きたかったんだってば」
「それに、いまだって」
「いま?」
「貴方がその気になれば、私たちをおいて1人で逃げることもできるでしょうに」
なるほどな。それは考えなかった。
みんなのことを考えて、仲間の兵隊や町の人たち。知り合いの命を守ることは考えた。けれど自分の命は、もしかしたら二のつぎだったかもしれない。
だってまず真っ先に助かりたいのであれば、エルグランドの言う通り1人で逃げれば良いのだ。それくらいなら、たぶんわけない。
「考えなかったよ」
「だから貴方は優しい人なのです。申し訳ございません、私たちのせいで」
「いいよ。それにな、エルグランド」
「はい」
「俺はまだ諦めてないぜ」
どうにかして生き残る方法を。俺だけじゃない、みんなそろってだ。
ただいまの俺には武器すらない。
刀は置いてきた。それがグリース軍の要求だったからだ。そりゃあそうか、いまから捕虜になりに行く人間に武器なんてもたせないさ。
でもこっそり懐にモーゼルがあるのはいつものこと。
それと――気になることが1つ。
俺は歩幅を小さくして、ゆっくりと歩きながらエルグランドに聞く。
「なあ、その剣はなんなんだ?」
「これですか?」
「武器はもってくるなって話だろ?」
それを鵜呑みにして俺は刀を置いてきたのに。
「これは武器ではありませんよ」
「じゃあなに?」
「これは降伏するさいの作法です。相手に刃をつぶした剣を渡す。大昔からのこの地方での作法……なので私はこれをもってきました」
「そうなのか」
なんだ、じつは必殺のマジックアイテムなんていう都合のいい展開はないわけか。
そうだよなあ、ないよなあ……。
やっぱり俺がなんとかしなくちゃ。
エディンバラの姿が見えた。やつは後ろからいきなり出てきて、ニヤニヤと笑っていた。
空に浮かんだ茶色いカラスのような鳥が急降下してくる。
「ぎゃはは、早く来いよ」
と、鳥がエディンバラの声を出す。
「うるせえよ」
俺は鳥、ではなくエディンバラに言う。
「おいおい、そんな態度でいいのかよ。ぎゃはっ、もっと下手に出ればお前の命も助けてやるかもしれねえぞ」
ありえない嘘だ。
そんなの誰も信じない。
エディンバラは俺を殺したくてしかたがないはずだ。
それにしてもエディンバラの姿のなんと醜いことか。
あきらかにバランスの悪い両手。その手は生身ではなく、やつの魔力が生み出すどす黒い手だった。
「そういえば俺、あいつの両手を斬ったんだったな」
忘れてた。
魔王の宮殿でだ。あのときはシャネルと離れ離れになって頭に血が登ってたから。とにかく助けたい一心で必死だったのだ。
「なんですか……あれは? あれが人間?」
「魔族だろうさ。あれが真の魔族。俺たちがいままで戦ってきた出来損ないや、あまり強くないやつらとは違う」
エルグランドの足が止まった。
深呼吸を一つ。
そしてまた、ゆっくりと歩き出す。
「怖いか?」と、俺。
「いいえ」
まったく、強がっちゃって。こんなときでも強がれるエルグランドは、なかなかどうした男らしいじゃないか。俺は嫌いじゃないぜ。
「なんとかするさ――」
「なんとかって、どうするんですか」
「いま考え中だ」
黒い手がまるでゴキブリの触覚のように揺れて俺たちを手まねいている。
ぎゃはぎゃはと笑うエディンバラは楽しそうにあちらからも近づいてきた。
あきらかにおかしい態度。その理由は少しだけ察せられた。
エディンバラの奇形は腕だけではなかったのだ。
胸元に、なにか真っ黒い球のようなものが埋め込まれている。それはエディンバラの着ていた服と癒着するようにぐちゃぐちゃと繊維を溶かしている。
痛々しい姿。
それでも楽しそうに笑うエディンバラ。
肉体の変化はやつに精神的な変化をももたらしたようだ。
「早くこい、榎本シンク! 早く、早く、殺してやるからさぁ!」
あれは俺のせいだ、と思った。
あれは俺が壊した魔族――いや、人だ。
そんなつもりはなかった。けれど、心のどこかで申し訳ないと思った。




