430 ローマと実践訓練
朝だった。
俺は宿の裏庭でモーゼルの練習をしていた。
パンッ、という音がして瓶に銃弾が……当たらない。
「下手くそ~」
「うるさいな、次は当てるから」
見てろよ、ともう一発。
やった、今度はあたった。
瓶は粉々になった。
「お上手です」
ミラノちゃんが褒めてくれる。
ローマが次の瓶を置いた。
「ほら、さっきのより少し小さいぞ」
「離れてろよ」
もう一発。
命中。
勘は取り戻してきた。百発百中とはいかなくても、8割りがたは当てることができる。距離にもよるが。
「なあ、お前弱くなってないか?」
「……ぐぬぬ」
これはいわゆる獣の感というやつだろうか?
まあね、たしかに弱くなってますよ俺。
でも正面きってそう言われるとなんだ? お辛いものがある。
「その銃は珍しいけどさ、そんなのよりまず剣じゃないのか?」
「そうだなあ。ローマ、ちょっと実践訓練と洒落込もうじゃないか」
「いいともさ! 僕は強いぞぉ! お前に負けたあともずっと修行をつんできたんだからな!」
「こっちだってさ、いろいろ回ったんだ」
ミラノちゃんがモーゼルを持ってますよ、と手を差し出してくれる。ただそれは断った。自分の武器をもたせるというのは趣味じゃない。
馬賊の流儀にだって反する。
俺はふと、俺の義兄弟が元気でやっているか気になった。きっとティンバイのことだから、元気なのだろうけど。
すくなくともこのドレンス軍にあいつのような英雄はいないから、俺たちは負けたのだろうか?
俺とローマはある一定の距離をとる。
「武器は無しな、手元が狂って殺しちゃうかもしれないからな」
「言ってろ」
無手での戦いなんてほとんどしたことがない俺だが、こんなちびっこい(ローマは俺と比べればかなりチビ)に負ける俺じゃない。
先手必勝、と手を伸ばした。
だがその手はうまいこと絡め取られ、俺はバランスを崩す。
足払いだ!
気づいたときには地面を転がっていた。
そのままマウントポジションをとられる。
「よわっ! クソ雑魚すぎる、よわよわすぎる!」
「マジか……」
自分でもショックだった。
まさかこんな簡単に転がされるとは思わなかった。
「シンクさん、いまのは練習ですよね?」
「そうそう、練習だよな?」
「とりあえず降りてくれ、ローマ。もっかいやるぞ」
「しょうがないなぁ」
仕切り直し。
俺はどう構えをとっていいのか分からず手持ち無沙汰。
対してローマはクラウチングスタートのように姿勢を低くした。
「どうしよう……」
今度はあっちから来るのを待つことにしよう。
「え、これもう行っていいの? スタート?」
「ええよ」
「ふふ、ローマは分かってませんね。これはシンクさん一流の構えなんですよ。それも分からず、愚かですね」
「えっ、そ……そうなのか?」
おぅ。
なんと素晴らしい解釈か。
でも都合が良いのでそれっぽい余裕そうな表情をしてやる。
「い、言われてみればまったく隙がないようにも見える……」
「ふっふっふ」
「た、たとえば脇の方ががら空きに見えるけど……ええい、こうなれば!」
堪え性のないローマはそのまま俺に突っ込んできた。
俺は前蹴り気味の一撃で迎撃を試みる。
それは見事に命中した。少々の罪悪感。
しかし命中したというのは錯覚に近いなにかだった。
ローマの体が揺らめく。
気がついたときには懐に入り込まれている。
振り抜いた足の付け根をとられ、そのままくるんと軸足とは逆の方向に転がされた。
「えっ!」
これに驚いたのはむしろローマの方だったようだ。
たぶん俺がなにかしらの反撃に出るとでも思ったのだろう。
そのまま変に体勢を崩して、2人してくんずほぐれつ地面に転がる。
「あっ! ローマがシンクさんを押し倒した!」
「いてて……」
「ちょ、お前どこを触ってるんだ!」
違うから。
違う、のしかかられて動けないだけだ。
「離れて! ねえ離れて!」
「違うって、こいつが変なとこつかむから!」
「ちょ、立てない」
なんだろう、知恵の輪みたいに2人の体がからまって上手いこと置きあげれない。
「もうっ! ローマ! シンクさんもっ!」
「あー、クソ。ダメだ!」
ジタバタしていると、ルークスとデイズくんがきた。
「あれ、シンク隊長なにしてるんですか?」
「見て分からないかよ!」
「エッチなこと? やるなぁ、隊長。外でいたすなんて」
「童貞だよ!」
お、なんか離れられた。
やれやれ、と立ち上がる。
「お前、本当に弱くなったなぁ」
「うるせー」
「特訓? 俺もいいっすか?」
ルークスが手を挙げる。
「おうおう、このちびっこいのを泣かせてやれ!」
「え、隊長がやるんじゃないんっすか?」
「いまので肩を痛めたので休憩だ」
俺はちょっと離れた場所に座る。隣にミラノちゃんも腰を下ろした。
すると、俺をついたてにするようにしてデイズくんも座った。ミラノちゃんに話しかけたいのだろう。
「シンクさん、船に乗ったことありますか?」
「あるよ」
「僕はないですね。あ、ルークスがやられちゃった」
「もしかしてローマってけっこう強いのか?」
「うふふ、当たり前じゃないですか」
そうか、当たり前なのか。
じゃあそれに勝った昔の俺ってどんだけ強かったんだ?
なんだかなー。
ふと、嫌な予感がした。
なにかまずいものが近づいてくる気がする。
俺は立ち上がる。
「ルークス、行くぞ! デイズくんも、とりあえずエルグランドのところだ!」
腕はなまっても勘は健在なのだ。
なにかが起こる。
それは確定された、未来予知のような第六感。
ピリピリとした感じがした。
戦いになる、そう思った。




