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424 すでに晩年?


「なぜ逃げないんですか」


 という俺の質問に、老人は微笑んだ。


「私たちはこの町に根を下ろす木のようなものです。木が自分で歩けますか?」


「そりゃあ……無理でしょう」


「そういうことです」


「はぁ」


 俺の不満そうな顔を見て老人はからかうように笑う。


「いまの言い方は少々イジワルでしたね」


「そう思います」


「では簡単に説明しましょう。私たちは歳を取りすぎました。歳をとった人間というものは、新しいことが怖くなる。いままでの人生で手に入れたものだけを正しいものとしたがる」


「なんとなく、わかります」


 つまり挑戦をしなくなるということだろう。


「人間は元来、自らの知らないものを恐れる習性があると言います。そして歳をとればその知らないものの範囲が広くなる。私はね、すでにこの町を出てどこかに旅行するのですら怖い」


「戦争は、じゃあ怖くないんですか? この町だってダメになるかもしれないのに」


「……死は、怖くないんですよ。私たちの歳になればそれはすでに親しい隣人です」


「では若い人間は?」


「若い人間にとっては逆に死は遠すぎて、現実味がない。だから怖くもないのです。貴方は自分が明日死ぬと、そう信じられますか?」


「……いいえ」


 もしかしたら、とは思っても死ぬかもしれないという程度。死が近くに迫っているという実感はなかなかわかない。


「いまを生きているこの人生が、すでに余命であるかもしれません。それは人には分からないのですから。だから普通の人間は死を恐れない」


「なるほど、よく分かりました。だからこの町の人はみんな逃げない、と」


 それは俺たちも同じかもしれない。


 負けて、負けて、負けて。


 それでもなまじ命が残っているから、まだいけると思ってしまった。それでこんな場所まで来てしまった。俺たちはすでに崖っぷちなのだ。


 それなのにエルグランドなんかはまだ戦おうとしていた。


 バカなんだなぁ、俺たちは。


「ただ……私たちのような老人は子供たちのことだけは考えてしまうのです。あの子たちはだけは生き残ってほしい。死んでいく私たちはなにかを残してあげたい」


「はい」


「人が生まれて、死んでいくだけの人生で、その間にあるものはすべてが無駄であると断じることは簡単でしょう」


「はい」


「ただ、そこに意味を探すならば――たとえば子供を産み次の世代に繋げていくことなどが簡単だと思います。もっとも、私に実子はいませんから。レオンが来てくれて良かった」


 俺は少しだけ、背中にイヤな汗をかいた。


 先程、子供に与えた薬莢を触った手がうずきだす。


 もしかしたら俺はすでに晩年なのだろうかと思った。


 あるいは老人の言う通り、俺はすでにいままで集めてきたものだけを大切にして挑戦をやめてしまったのではないか?


「先生、なんの話をしてるんですか」


「ん、レオンや。お前の話をしていたよ」


「なんですか、恥ずかしいですね。シンクさん、先生は変なこと言ってませんか?」


「ははは、よく褒められてたよ。頑張ってるみたいだねレオンくん」


「そりゃあ借金を返さないといけませんからね」


 レオンくんがお茶をおいてくれる。紅茶だった。飲んでみると苦かった。


「レオンや、ナナさんも呼んできてみんなで休憩にしよう」


「はい、ナナのこと呼んできますんで」


 すぐにナナさんは中に来た。それで俺たちはお茶会をすることになった。


「レオン、この紅茶まずいわよ」


「あ、ごめん。それでシンクさん、今日はなにしてるんですか?」


「なにもしてないよ。ただアメリアからの援軍が来るまで暇してる」


「アメリア?」と、ナナさん。


「ほう、アメリアからですか」


「あ、これ言っちゃダメだったのかも」


「あはは、俺は知ってますけど」


 そんな感じでお茶会をしていると、ドタバタと外が騒がしくなってきた。


 こういうとき、いつも最初に気づくのは俺だ。


「あ、なんか騒がしいな」


「そうですか?」と、レオンくんが外の窓をあけた。


 すると広場をフェルメーラと、ルークス、デイズくんの3人が走っていくのが見えた。


 みんな釣り竿を持っている。それがぶんぶんと揺れている。


 俺はすぐに外に出た。


「おおい、どうした3人とも!」


 3人は慌てて振り返る。


「あ、シンク隊長! 大変、大変なんですよ!」


「デイズくん、とりあえず落ち着け」


「これが落ち着いてられっかよ! 隊長、やばいんだよ!」


「やばい?」


「アメリアの軍艦が来たんだよ、くそこれで魚が逃げたんだ! 今夜のツマミにするつもりだったのに!」


「フェルメーラ、あんたこんなときもアルコールのことかよ。まあなんにせよアメリアの軍隊が来たんだな。なら良かったじゃないか」


「そうとも言えないんだよ、シンクくん」


「なんで?」


「見りゃあ分かるよ、シンク隊長!」


「ふむ……」


 これは野次馬するしかないな。レオンくんも外に出てきて、俺も行っていいですかと提案してくる。良いよ、と俺たちは2人で港の方に行くことにする。


「僕たちはエルグランドに報告してくるから!」


 フェルメーラがエルグランドに報告までするとは。


 本当にまずいことなのか。


 野次馬での興味よりも、嫌な予感の方が強かった。


 アメリア、どことも知らない国だが……。


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