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423 弁護士事務所へ



 次の日、俺たちはエルグランドの部隊がもっていた予備の軍服をもらった。


 これで格好はかなりマシになった。


「いやあ、この服を着るといかにも軍人って感じがするね」


 ヒゲの生えた顔でフェルメーラが下品に笑う。


「ヒゲくらいそったら?」


 と言うが、この男なかなかにヒゲも似合っている。


 それがあるだけでぐっと大人っぽくなってダンディな感じになるのだ。


 俺はつるつるの自分の顎を触る。うーん、たぶん俺には似合わないよな。


「そういえばシンクくん」


「なに?」


「エルグランドのやつ、大丈夫だったかい?」


「いやー、さっき下の井戸で吐いてたけど」


「ま、あいつにはいい薬だろう。いつまでも夢みたいなこと言ってないで、とっとと尻尾を巻いて逃げるべきなのさ」


「それに関しては大賛成だけどね」


 フェルメーラはいそいそとなにか棒のようなものを持っている。


 なにそれ、と聞くと釣りだよと返された。


「今日は海釣りと洒落込もうとね。シンクくんもどうだい?」


「あー、暇だったら様子見に行くわ」


 釣りってなーんかあんまりね、性に合わないからね。


 そもそもじーっと待って獲物を待つというのは苦手なのだ。


「そう? じゃあ僕は遊んでくるから」


 おい、遊んでくるってなんだ。


 いちおう俺たち軍人なんだろ? こんな軍服まで着て。


 まあ……どうせやることもないのだ。アメリアとやらの軍隊がくるまで俺たちは暇なのだから。


「いってらっしゃい」


 俺もどっかへ行こうかな。


 軍服の襟ボタンを外し、首元を楽にする。


 腰に刀を差す。刀はいつも重たく感じる。


 懐にしまったモーゼルの弾数を確認。パリィの街でならば、探せば意外とモーゼルの銃弾がある。けれどこんな田舎じゃまず売ってないからな、弾数管理は大切だ。


「よしよし、こんなもんだな」


 俺は宿から外にでた。


 町はなんだか活気があるようだった。それもそのはず、エルグランドが連れてきた軍人たちがお金を使っているのだ。


 食べ物やアルコールはもちろん、武器やちょっとした雑貨みたいなものも売れているらしい。エルグランドも堅物だが、今日くらいは兵隊たちも休みなのだろうか?


 けど、たぶん違うと思い直した。


 あいつは今頃落ち込んでいるんだ。あるいは二日酔いで寝込んでいるかもしれない。


「フェルメーラはいい薬って言ってたけど、俺はそうは思わないなぁ」


 他人が悲しい思いをしているなら、寄り添ってあげるのが優しさだよ。


 そもそも俺……他人のことを嫌いって思ったことあるのか?


 いや、その嫌いというか……憎しみを持ったことはもちろんある。イケメンだって気に入らないし、悪口を言ってくるような人間は嫌いだと思う。


 けどなんていうか、人様に対して長いスパンで悪い感情を持ったことがないのだ。


 俺ってもしかしてノンキな人間なのだろうか?


 うーん。


 子供が寄ってきた。


「兵隊さん、なんかちょーだい!」


 なんて素直で、臆することもなく人に喋りかける子供か!


「良いとも良いとも」


 きっとこういう子供はいい大人に成長するだろう。


 俺はモーゼルを抜いて上空に向けて一発撃つ。


 そして出てきた空薬莢が地面に落ちた。これをあげるつもりだ。こういうのが子供に喜ばれることをよく知っている。しかも実演つきなので子供は大喜び。


「ありがとう!」


「あ、まださわるなよ。熱いぞ」


 俺はしゃがみこんでモーゼルの薬莢を恐る恐るつついてみる。


「すごいね、その銃!」


「まあね。でもお兄ちゃんこの銃を撃つのが少しだけ苦手なんだよ」


「そーなの?」


「ああ」


 最近では、狙った的にちゃんと当てることができなくなってきている。


 昔だったら百発百中だったのに。


「ふーん」


「ほら、もう触れるぞ」


「うん!」


 子供はありがとうとお礼を言って去っていった。


 いまの銃弾の音で周りの人たちがこちらを見てくる。俺もそそくさとその場を去った。


 ポラン・クールの町は港町だ。海の方は石畳になっており歩きやすい。港の方へと道が伸びており、港の近くには広場があった。


 その広場に俺はきた。


「おや?」


 その広場の前で箒を使って掃除をしている女性が1人。


 ナナさんだ。


 あちらも俺のことに気づいたようで「こんにちは」とペコリと頭を下げてくれた。


 良かった、あっちから話しかけてくれた。こっちから挨拶なんてできないからね、俺ちゃん。


「こんにちは。レオンくんは?」


「中でなにかしてますよ。寄っていかれますか? いまはお客さんもいないですし」


「じゃあ」


 せっかくなのでと寄っていくことにする。


 レオンくんが働いている弁護士事務所はポラン・クールの一等地にあるようだ。なにせ広場にあるのだから。少し年季は入っているが立派な店に見えた。


 看板の文字はきれいなブロック体で書かれており(英語みたいにも見えるけど、やっぱり違う)、外には実をつけていない観葉植物が並んでいた。


 中に入ると、見たことのない老人がソファに座っていた。


「いらっしゃいませ」


 この人、目が見えているんだろうかと疑問に思った。


 それに椅子から立ち上がらないし。


「あ、どうも」


 誰?


「どうぞそこにお座りください」


「はい」


 素直に座る。


 そしてマジマジと老人を見た。


 白いヒゲを三編みに編んだ老人だ。それがチャームポイントなのだろうか、あごひげの先には赤色のリボンがついていた。


「それで、本日はどのようなご相談で?」


「えっ?」


「離婚調停、財産分与、それとも土地の線引関係でございましょうか?」


「あ、いや違います」


 たぶんこの老人、弁護士の先生だ。


 それで俺のことをお客さんかなにかと勘違いしているんだ。


「あれ、シンクさん?」


 奥の方からレオンくんが出てきた。


「ああ、レオンくん。おはよう、ちょっと暇で遊びに来たよ」


「そうなんですか。先生、この日人が言ってたシンクんさんですよ。俺のお客さんです」


「はあ……そうですか。それでご用件は?」


「あはは、先生少しボケちゃってるんです。あ、でも仕事はばっちりですから」


「そうなんだ、あはは」


 大丈夫か、この弁護士の先生?


 あ、でもだからこそレオンくんをそばに置いてるのか。きっとレオンくんに仕事を継がせるつもりなのだろう。たぶんそうなのだろうな、と察した。


「外はどうですかね……騒がしいですか?」


 老人はよく分からないことを聞いてくる。


「え?」


「戦火はどこまで広がりましたか? 新聞にはドレンスは勝っている、と書いてありますが」


「それは、そうですね。全部が全部とは言いませんが嘘も混じってます」


「でしょうね」


 老人は深々とため息をついた。


「あ、ちょっと俺お茶でも入れてきますよ」


 レオンくんが部屋を出る。


 俺は目の前の老人に聞いてみたいことがあった。


「あの、1つ良いですか?」


「はい」


「貴方たちはなぜ逃げないんですか?」


 そう聞いた時、老人はとても優しい目をした。


 そして小さく「貴方はまだ若い」と、呟いた。


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