419 レオンくんが出してくれる
レオンくん……?
喉のここまで出かかってるんだよ。けれどいま一歩で出てこない。レオンくん、誰だったか!
いや、顔はだいたい覚えているんだが。
「や、やあレオンくん」
俺はモーゼルをおろす。
「もしかして、俺のこと忘れてます? あの、シンクさんに助けてもらったことがあるんですけど。いまはこっちで弁護士をやっています。本当に覚えていませんか?」
弁護士、と聞いてちょっとだけ思い出した。
「ナナさん、だったか? 女の人と結婚した!」
「そうです、そのレオンですよ! 借金、ちゃんと返してますよ」
完全に思い出した。
パリィの街で受けた依頼、好きな人に指輪を渡したいと言いそのための材料を俺が集めてきた。それではれてプロポーズ。ただ借金があったとかでパリィの街を出る、と言っていた。
そういえばそれがテルロンだった気がする。
「テルロン、だよな……」
と、俺は呟いてしまう。
「はい」
「大丈夫だった? だってあそこは……」
「はい、しばらく前からこっちのポラン・クールにいたので。でも故郷の方はいま、大変みたいですね。親戚がまだ残っているので心配しているんですけど」
「ごめん、俺たちが負けたばっかりに」
負けた、と言っても誰も信じてくれないが。実際に俺たちは負けたのだ。
あれ、というかどうしてレオンくんはここにいるのだろうか?
その疑問を氷解するべく、フェルメーラが聞いてくれた。
「あんた、誰だい?」
「あ、すいません皆さん。申し遅れました、自分はレオン・マクウェルです。ここらへんで弁護士をしているものです」
「弁護士?」と、フェルメーラが首をかしげる。
「はい。そして本日は皆さんをここから解放するべく、馳せ参じっ――」
あっ、噛んだ。
馳せ参じる、って言いたかったんだろうな。いかにも気取ったセリフだ、用意していた言葉なのだろうけど。噛んでしまえば台無しだ。
でもそれがみんなかすれば緊張をときほぐすきっかけになったのだろう。
冒険者たちが笑う。
レオンくんもつられて笑った。
「緊張しなくてもいいよ。みんなナリは強面だけど悪いやつらじゃないから」
「は、はい。じゃあ、あらためて。俺は弁護士です、不当に逮捕されたみなさんをいまから解放します」
「それはありがたい、けどなんでレオンくんが来てくれたんだ?」
それだけが疑問だった。
「たまたま町で聞いたんですよ、怪しい冒険者たちが捕まったって。で、よくよく聞いてみればそれがシンクさんじゃないですか。これはなにかあるな、と思って」
「ありがたい限りだな」
と、言いながらも俺は思っていた。
――怪しい。
基本的に不運な俺だ、幸運が重なってこのタイミングで知り合いが助けに来てくれた?
ありえない。
そういう幸運が俺にはめぐってこないから、自分たちの力で脱出しようとしたんだぞ。
「とりあえずこれ、皆さんのギルドカードの写しです。これがあれば身元の引き受けができますから。どうぞ、みなさん」
「ありがとう」
俺はいちど全員のカードを受け取ってから、みんなに渡す。
けれど、1枚だけカードがなかった。
「ニコニコ」と、声に出して笑っている変なやつ。
「おい、フェルメーラ。あんたの分がないぞ」
「そりゃあないでしょう。僕は貴族だよ、冒険者じゃない」
言われてみればそうである。
「レオンくん、どうしよう。こいつだけ出られないのか?」
「あ、いえ。1人ぐらいならなんとか……というか貴族様なんですか?」
「いかにも」
「自称な、自称」
往年のロックスターみたいなもんだ。
というのは冗談で、フェルメーラの場合は本当に貴族なんだろうな。いちおうエルグランドとも幼馴染みたいだったし。
「困りました……あの、なにか自分が貴族だと示すものはありますか?」
「しいていうならこれかな。家宝のコイン」
そう言って、フェルメーラは古びたコインを取り出した。
たぶん現在のお金じゃない。
「えーっと、これは?」
「これは由緒正しいコインなのさ。かつて我が先祖のアルピーヌがロガン将軍とジョストで一騎打ちしたときに、開始をしらすために使われたコインさ」
「アルピーヌって、ガングー時代のですか?」
「いかにも」
「それはすごいんですが。あの、これは貴方様の身分を示す証拠にはなりませんね」
「ま、そうだよね」
ならねえだろ、そりゃあ。
というかジョストってなんだ? さらっと流されたので聞けなかった。
「分かりました、こうなれば無理やりでも出ましょう。大丈夫です、俺たちにはディアタナ様の加護がありますから!」
嫌な名前を聞いた。
けれど、心のどこかでやっぱりなという思いもあった。
たとえばアイラルンが俺に手を貸してくれたならこう上手くはいかない。きっとクソみたいな不幸を経験をして、それでもなんとかなった程度のものだろう。
それこそ大脱走った感じになってたはずだ。
それと比べればこの脱出劇のあざやかさはなんだろうか。
もっとも、少々物足りない気もするが。
部屋の前には警察官が待機していた。
「この人たちの身分は俺が証明します」
と、レオンくんが説明する。
さすがに弁護士が言うと説得力があるのか、警察官たちも何も言わなかった。
俺たちはこうして一切の血を流すことなく警察署を出ることになる。
結果的に一晩を警察署の中であかしただけだった。
「シンクさん、この後の予定はありますか?」
「いや、ないね」
「酒を飲まねば!」と、フェルメーラ。
「あ、でしたら俺がいま住んでる宿に来てくださいよ。酒場も一緒にやってるんで、飲んだり食べたりできますよ」
冒険者たちがいっせいに歓声を上げた。
「いいのかい?」
「はい、もちろん。ナナにも会ってやってください、喜びますよ」
そうだろうか?
しょうじきナナさんのことはあまり印象にないが。
しかしそう言われては断ることもできない。
どうせ行く場所もないのだ。
「じゃあ厄介になるよ」
「あ、でもその前に――」
「ん?」
「みなさん、風呂に入って、服も洗ったほうが良いですよ」
俺たちはお互いの身なりを見てみる。
なるほど、これは盲点だった。
ずっと敗走を続けてきた。服も汚れていれば、体も異臭を放っている。それが普通になっていたせいで違和感もなかったが。こんななりじゃあ、そりゃあ警察にも捕まるさ。
冒険者というよりも浮浪者に近いようにすら思えた。
「よし、じゃあまずは風呂だな」
そう言って、俺たちはレオンくんに案内されて歩きだすのだった。
『レオン』
短編『お針子』で出てきた青年。パリィに住んでいた学生だが、卒業を期に田舎のテルロンに帰る。借金がありそれで首が回らなくなっていた。シンクとシャネルのおかげで返済を待ってもらった。




