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417 警察で信じてもらえない


 いまにも暴れだしそうな冒険者たちをなだめる。


 ここで騒ぎを起こすのは得策じゃない。


 なので素直についていくことにしたのだが。


「なあ、俺たちべつに悪いことなんてしてないぞ」


「ええ、ええ。それは分かってるんですけどね。ただ町の皆さんから通報がありましてね。ちょっと署の方で話を聞くだけですから」


 丁寧な態度で接せられる。


 俺はちょっと安心した。


 警察といったらどこの世界でも高圧的な態度で、ちょっと腹がたつもんだけどそうじゃない人もいるんだな。こういう人が相手なら話も分かってくれそうだ。


 とにかく誤解があるのだと思う。


 俺たちはただの冒険者、というか兵隊で、この国のために頑張ってきたんだ。そりゃあテルロンでは負けたかもしれないけど、頑張ったんだ!


 きちんと事情を説明すればすぐに開放されるはず。


 それまで我慢だ。


「シンクくん、大丈夫かい?」


 しかしフェルメーラは心配そうだ。


「なにが?」


「このままついて行って。逃げるならいまのうちだよ」


「まさか。警察相手に騒ぎをおこしてみろ。下手したら犯罪者だよ」


「まあそうなんだけど……」


「ほら、みんなダラダラ歩くなよ。ちゃんとついてくる!」


 大丈夫だって、べつにこっちは悪いことなんてしてないんだから。


 そんなこんなで警察署まで。


 中に入り「とりあえず代表の方は?」と聞かれたので手をあげた。


「俺です」


「じゃあ貴方から事情を聞こうかな。他の人たち、案内しておいて――」


「はい」


「それで貴方はこっち」


 貴方、だってさ。気取った言い方だな。


「はいはい」


 と、俺はスキップでもしそうな感じでついていく。


 もともとが好奇心旺盛の野次馬根性ありありの俺ちゃんだ。警察なんて滅多に来れる場所じゃないからな。この機会にいろいろ見ておこうと思った。


 が、それは甘い考えだった。


「じゃあここに入って。あ、その武器は預かっておくから」


 まあ、たしかに武器なんて持って取り調べなんておかしいよなと思い、刀を腰から外して警察官に預ける。


 じつはモーゼルを懐にのんでいるが、ないしょだよ。


 部屋に入ると、いかにもな取調室だった。机と卓上ランプ、そして対面に椅子が2つ。


 椅子にはすでに警察官が座っていた。


 これはカツ丼が出る流れかな、と思いながら椅子に腰を下ろす。


「誰が座っていいと言った?」


 そしたら、いきなり文句を言われる。


 その言い方があまりにも喧嘩腰だったので、こちらも頭にきてしまう。


「椅子があれば座る、それとも椅子ってものの本質が他にあるとでもお考えで?」


 慇懃無礼いんぎんぶれいとはこのことであるとばかりの俺の言葉を、椅子に座る警察官は鼻で笑った。


 俺の後ろには別の警察官が2人ひかえる。そして扉はしめられた。


 この段階にいたって俺は自分が騙されていたと気づいた。


 あの下手に出た態度は俺を油断させるための罠。蟻地獄に落ちた獲物のように、この場所に来てしまえばおしまいだったのだ。


 武器を預けたことは失敗だったかもしれない。


 というか、フェルメーラの危惧はあたりだったみたいだ。


「それで、名前は?」


「榎本シンク」


「職業は」


「冒険者ということになってるけど、いまはいちおうドレンス陸軍の特別部隊隊長だ」


「軍人? 貴様が?」


 わっ、貴様ですって!


 初めて言われたかもしれない、そういう二人称。


「いちおうね」


 いちおう、という部分を強調する。


 半分は無理やりなったようなもんだが。


「自称軍人、と。通行手形は?」


「……あっ」


 まずい。


「なに?」


「通行手形ね、はいはい。どこにしまったかなー」


 と、言いながらもそんなものは存在しないのを知っている。


 冒険者にとって、通行手形というのはギルドが発行するカードのことだ。あれがあれば通行手形の代わりになって色々な町を行き来できる。


 のだが……俺は現在持っていない。


 なぜならそう、シャネルが預かっていてくれるからだ!


 そうなんだよ。行軍にギルドカードは必要ないから、無くしちゃダメだと思ってシャネルに持ってもらってたんだ。というかいつも持ってもらってるんだけど。


「あはは」


 と、愛想笑い。


「通行手形は?」


「いま、ちょっと、ないっすね」


「ない? どうして?」


「いや、だから軍人だったんですよ。だから行軍で。あっ、パリィにありますから!」


 ため息をつかれた。


「通行手形なし、と。この時点で犯罪なんだけど、分かってる?」


「軍人は行軍時に通行手形はいらないってことだったけど?」


「自称でしょう」


 半笑いで言われる。


 俺は腹が立ってテーブルを蹴り上げてやろうかと思ったが、なんとか我慢した。


「で、いつになったら俺たちは開放されるんですか?」


「開放? 貴様、本気で言っているのか?」


「エルグランドだ! エルグランドに連絡をとってくれ! あいつがこの行軍の責任者だ。エルグランド・プル・シャロン! 貴族の、知ってるだろ!」


「貴族の名前を出すとは、詐欺の手口だな」


「違うって!」


「それで、なんのためにこの町へ?」


「だから、行軍の結果としてこの町に来たの! テルロンから!」


「テルロン?」


「そう!」


 話にならないな、とばかりに警察官はため息をつく。


「テルロン戦線はドレンス軍が有利と聞いている。貴様は我々を田舎の警察官とバカにしているのだろう」


 俺は背中に冷や汗をかく。


 そういえばシャネルの手紙にもそんな感じのことが書いてあった。


 こういうのあれだ、なんて言うんだったか? そう、大本営発表だ。


 エルグランドか、それともガングー13世か知らないがドレンス軍の敗走は隠されているのだ。だから俺たちが負けて逃げてきたと言っても信じてもらえない。


「あんたら、俺の言うことを信じないんだな」


「貴様たちの目的はなんだ」


「目的なんてない、強いて言うなら生きることそれが目的だ」


 そのためにここまで逃げてきたんだ。


「目的を言え!」


「黙秘する」


 たぶんあるよね、黙秘権。


「言え!」


 俺は何も言わない。


 すると、後ろから嫌な気配を感じた。


 後ろにいた警察官が俺の後頭部をつかみ、テーブルに頭を叩きつけようとする。だが俺は背筋の力で逆らった。


「くっ! 貴様、抵抗するか!」


「俺たちはべつに悪いことなんてしていない!」


「冒険者ごときが!」


 殴られそうになるので飛び上がるようにして立ち、回避する。


 どうする、モーゼルを抜くか?


 だがそれをやれば引き返せない。


「抵抗はしない!」と、宣言する。「ただ乱暴なことをやめてくれ!」


 しかし殴りかかってくる警察官。


 こうなれば、と俺はその拳を顔面で受け止めた。


 これは気合の問題なのだが、人間というのは意外と殴られると分かっていればそれに耐えることができるのだ。


 俺は体に力をいれ、つっかえ棒のように踏ん張る。


「乱暴は、するな。こっちだって我慢しているんだ」


 低く、言い聞かせるようにして言う。


 俺の鬼気迫る様子に警察官たちは明確に恐れを抱いたようだ。


 とはいえ、他人が怖がる様子というのは見ていて気持ちのいいものではない。


「はっきり言って俺は口下手だ。フェルメーラを呼んでくれ、俺の副官だ。あいつならあんたらにも上手いこと説明してくれるはずだ」


 部屋のドアを開けようとするが、鍵がかかっていた。


「あ、待て!」


「べつに逃げたりはしない。俺をみんなのところに連れて行ってくれ。それでフェルメーラと交代する」


 慌てた警察官の1人が鍵を開けた。


 そして部屋の外へ、そのまま案内される。案内してくれる警察官が無言だったので、俺もなにも言わなかった。ただ空気が悪かった。


 どうやら俺と一緒にいたやつらはみんな、1つの部屋に入れられていたらしい。


 なんのための部屋だろうか。留置所、というわけではなさそうだが。


「あ、シンク隊長!」


 と、デイズくんがまっさきに駆け寄ってくる。


「ひどい目にあったよ。おおい、フェルメーラ、交代してくれ。あいつらまったく、俺の話なんて聞かないんだ」


「僕かい? まあいいけど」


 フェルメーラならなんとなくだが、上手くやってくれる気がする。


 俺は部屋のそこらへんに座った。すると周りにみんなが集まってくる。


「どうします、隊長?」


「いっそのこと反乱しますか?」


「まさか、武器もとられてるだろう?」


 この部屋に入ってすぐに察した、みんな丸腰だ。


「なんで俺たちがこんな目に……やっとの思いでこの町へ来たのに」


「そうマイナスに考えるなよ、いまは寝床が確保できたとでも喜んでおこう」


 思ってもないことを言ってみんなを励ます。


 基本的にはならず者の冒険者たちだが、こんかいの戦争で負けたせいでみんな弱気になっているのだ。ここは隊長である俺がしっかりしないと――。


 昔じゃ考えられないような思考だ。


 他人のために俺がしっかりしないとだって?


 悪いことじゃないと思えた。だけど、人の上に立つというのはけっこう大変なことだとも思った。だって俺は泣き言が言えないのだから。


 シャネルからの手紙が読みたい気分だったが、いまは我慢するのだった。



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