415 敵が戦車でやってくる
戦車。
あるいはタンクとも呼ばれるそれは、主に駆動輪を無限軌道とし、分厚い走行に覆われ、回頭可能な巨大な砲塔を備えたものだ。
もちろん色々な種類があるのだが、簡単に説明してしまえばそんなところだろう。
悪路であろうとなんだろうと関係のない走破性を持ち、敵を蹂躙することたやすく、歩兵からすればこれほど恐怖の対象となるものもない。
その戦車がいま、俺たちのわずか先。500メートルほどの距離からこちらに向かってきていた。
見通しの良い場所だったので確認することも用意だった。
「まずいってあれ、時代設定どうなってんのさ!?」
俺は叫ぶが、この混乱を理解してくれる人は周りにいない。
クソ、金山のやつ。あんなもんを開発して。異世界謳歌してやがる!
「なんだい、あれ」
「逃げるぞ、とにかく逃げる!」
あんなもんと真正面から戦って勝てるわけがない。
ここは逃げの一手が最適だ。
なんて思っていると、前方の戦車の砲塔が火をふいた。
――届くのか?
砲塔はずいぶんと上を向いているようだった。
1秒。
2秒。
3秒。
数えるのを一瞬やめた瞬間に、着弾があった。
冒険者たちが密集していた場所に砲弾がぶち当たり、何人かが無残にも死んでしまう。
死んだ? こんなにあっけなく?
ふざけるなよ。
俺は刀を抜こうとする。
あんなものを倒すには魔法でもなんでも使うしかない。だけど、刀に魔力をためることができない。これじゃあ『グローリィ・スラッシュ』を使うこともできない。
それでも、叫んでみる。
「隠者一閃――『グローリィ・スラッシュ』!」
だけど、そんな弱気ではでるものもでない。
とうぜん、俺の刀から魔力のビームは発生しなかった。
「おいおい、あれなんだ? 動く砲台かよ!」
ルークスが慌てたように言う。
「そういうこと。たぶんこっちの攻撃は通らない。よし、逃げるぞ」
俺は気持ちを切り替えるように言う。
それでも向こう見ずな冒険者たち、中には戦車の方に向かっていくやつもいる。
命知らず。
というよりも戦車というものがなんなのか理解できていないのだろう。
「やめろ!」
俺の言葉など届かない。
戦車には機銃もついているようだった。
豆鉄砲のように見えるそれが、よっていく冒険者たちを片っ端から肉塊に変えていく。
「全員、各個に撤退だ! それぞれの判断で撤退!」
フェルメーラはこの場において瞬時に戦車の制圧力を理解したのだろう。
この場所で敵を足止めすることなど不可能なのだ。
しかもまずいことに、戦車は後ろからさらに2台やってくる。その戦車の周りには鎧を着込んだ魔族の出来損ないが。
そのさらに奥に操っている魔族が見えた。
「あそこ、てきの急所! どうする!?」
俺はフェルメーラに聞く。
「まさか、あんなもんを超えて頭だけとれるもんかよ! 逃げるしかないよ!」
「だな!」
俺たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。
こういうとき、密集して逃げてはいけない。密集すればそのまま全員が殺される。
だが戦車というものは俺が想像している以上に早い。
キュルキュルと音をたてて俺たちが走る速度よりもさらに早くこちらに迫る。
「うわあぁっ! こっちにくる!」
「来るな、来るな!」
「助けてくれ!」
ダメだ、もうこんなものは軍隊の体をなしていない。
「うわっ!」
デイズくんが転けた。
「デイズ!」と、ルークスがそれを助けようとする。
だがそれが時間をロスさせる結果となった。
戦車の砲塔がこちらを向いている。
「クソ!」
俺は思わず動いていた。
あんな大砲で撃たれれば人間なんてバラバラになる。それを俺たちは見ていた。
いくらルークスの体が丈夫でも無理なものは無理。
それならば俺が盾になるしかない!
俺は2人の前に立つ。頼むぞ、『5銭の力+』!
砲弾が打ち出された。
俺の目は弾の回転までをその目で認識する。風を切る空気の流れも――。
俺の目の前に魔法のエフェクトが。
バチン!
音がして、砲弾が消え去った。
「逃げるぞ! デイズくん、立てるか!」
「だ、大丈夫です」
「よし、とにかく走る!」
もうこうなれば一目散だ。
だが、それが逆に良かった。
ガタガタと動いていた戦車が、突然ピタリと止まった。
「えっ?」
振り向いた。
止まっている。
戦車が完全に停止している。
「なんでだ?」と、ルークス。
「そういうことか! 離れすぎたんだ、魔族と!」
あの戦車も魔族の魔法で動いているんだな!
いまならば、魔族の方を倒せるかもしれない。
目算、距離は300メートル。
ここから走り切るのにどれくらいの時間がかかる? 1分ほどで行けるか? 無理か? なんでもいい、やるしかない。
「みんな、戦車の動き。とくに砲身の回頭をとめてくれ! その間に俺は操っている魔族を斬る!」
返事を聞く前に走り出した。
なのでもしかしたら誰も援護にまわってくれないかもしれない。
だとしても俺は走り出すしかないのだ。
ここで俺がやらねば、死ぬ人間の数が多くなるのだから。
走り出した俺に、相手の魔族も気づいたのだろう。
うまい具合に逃げるように後ろを向く。
馬鹿め!
ここで相手がしなければならない選択肢は後退じゃない。むしろ前に出て戦車に魔力をあたえて再起動させることだ。
それをやらない時点で、こちらの勝ちは見えたようなもの。
俺は刀を抜いた。
魔族の出来損ないがこちらを迎撃しようと剣を抜く。
しかし遅い、俺は白刃をかいくぐり魔族へと肉薄。刀を振り上げ――。
「うわああっ!」
魔族が叫び声を上げた。
叫び声。
そうだ、こいつらにだって意思があるのだ。
魔族だって人間なのだ。
だとしても――俺はこいつを斬るしかない。
迷いはなかった。
だってこいつらは、俺の仲間たちを殺したのだから。
一閃。
首と胴体が離れ離れになる。
それで周りの魔族の出来損ないは動きを止めた。
さらに近くにいた魔族を斬る。
何人いるかわからない。それをすべて斬ったとき、俺は返り血にまみれていた。
俺だけではない。
周囲は死体と、そしてそこから吹き出した血が大量にありまるで血でできた河のようにすらなって見えた。
「はあ……はあ……」
腹の立つことに、傷だらけの死体とは別に魔族の出来損ないや戦車は無傷に近い。
いちおうこちらの勝ち、ということになるのだろうが……。
「かなり死んだな、いまので」
俺は1人でポツリと言う。
「シンクくん!」
フェルメーラがこちらに歩いてくる。
せめて走れよ……俺、けっこう頑張ったんだぞ。
「とりあえず、なんとか倒したな」
と、俺は。
「いますぐ撤退だ。第二陣が来るかもしれない!」
「なるほど」
さすがフェルメーラ、よく考えている。
「よし、じゃあみんな!」俺の声は残る冒険者たち全員に聞こえるほどによく通った。「すぐに尻尾を巻いて逃げるぞ!」
さすがにもう一回、戦車と戦うのは嫌だ。
動かなくなった戦車はできれば壊しておきたかったが、いまの俺たちにはどうにもできない。
こういうとき、すごい魔法がぶっ放せれば良いのに。
シャネルがいてくれれば……本気でそう思うのだった。




