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414 敗走


 俺たちは粛々(しゅくしゅく)と歩き続けていた。


「シンク隊長、あんまり手紙ばっかり読んでると転けるよ」


 少しばかり元気のない声でフェルメーラが指摘してくる。


「ああ」


「それに手紙もこない連中のことを考えてやるんだ」


「うん、ごめん」


 俺は素直にシャネルからの手紙を服の内ポケットにしまった。


 届いてから何度も読んだ手紙、一字一句覚えているといえば嘘になるが、大体の内容は読まずとも思い出すことができる。


 つまりシャネルは俺のことを好きだと、俺がいなくて寂しいと手紙に書いてくれたのだ。


 それはもちろん俺も同じ気持ちで、つまり俺たちは相思相愛なのだ。


「あーあ、それにしても。せっかくとった砦を捨てちまうなんてもったいねえ。あそこをとるのにどれだけ苦労したか」


 後ろを歩くルークスが、何度目かもわからない恨み言をもらす。


 そうなのだ、俺たちはテルロン砦の1つ、せっかくとったアルニタクを放棄した。


 そして現在、敗走の途中である。


「優柔不断な指揮官のくせに、逃げ足だけは早かったな」


 俺もエルグランドの悪口を言う。


「そういうなよ、2人とも。実戦で迅速に撤退の指揮ができるのは優秀な証拠さ。この戦い、はっきり言って我々の惨敗だ。けれどエルグランドはギリギリのところで最善手をうったんだ」


 戦術に明るいフェルメーラが言うのだ、たぶんその通りなのだろう。


 それにしても砦を攻めてきた魔族たち……最初のときとは比べ物にならないほどの強さだった。


 そもそも周囲で操っている魔族がおらず、鎧が単体で動いていたのだ。あるいはずいぶんと遠くから遠隔操作しているのかもしれないが、どちらにせよ操っているやつを倒すという作戦がとれなかった。


 それに加えて死を恐れない軍隊だ、奇襲ということもありこちらは総崩れに近い負け方をした。その場ですぐさまエルグランドが撤退の指示を出さなければ、もっともっと兵が死んだだろう。


「けっきょくさ、あいつらは最初手を抜いてたわけだろ」


 と、俺はしみじみ言う。


 金山のいつものやり方だ。


 それを見極められなかった俺はバカだ。


 もっと……もっと俺がしっかりしていれば。


「勝って兜の緒を締めよ、って言葉もあるからな。それを怠ったこちらの落ち度だろう。きちんと準備していれば、防衛戦だ。無理な戦いでもなかったはずだよ」


「そういいますけどフェルメーラさん」と、デイズくん。「僕ら、見張りはちゃんとしてましたよ」


「はっはっは、僕たちだけが気にしたってダメなのさ。戦争ってのは数でやるものだからね。個人がいくら頑張っても戦局がひっくり返ることなんてないんだ」


 その言葉に俺ははっとする。


 そうだ、戦争なのだ。


 俺が1人、いくら頑張ってもどうしようもない。


 フェルメーラの言葉に少しだけ救われた気分になった。


「にしてもこれ、いつまで歩くんだ、フェルメーラ?」


「シンクくんはどう思う?」


 質問したのはこっちなんだけど……。


 ただ、勘で言ってみる。


「宛もなく歩いているように思える」


「たぶんね、それが正解だ」


 え?


 まさかの正解だった。


 俺が宛もなく、と思ったのには理由がある。この行軍には勢いというは、覇気のようなものが感じられないのだ。


 たとえばテルロンへと向かう行軍では歩く速度がある程度は決まっており、規則的に休みもあった。


 しかしいまは違う。だらだら歩き、とりあえず休み、また歩き出す。


 敗走とはこういうものかと思っていたが、違うのか?


「いかんせん、我々は数が多すぎる。いまだに総勢で2万を超える大所帯だ。こんな人数をどこかの拠点で受け入れるとなれば、そうとうの準備がいるんだ」


「なるほど」


「ここらへんだとリーヨンの街が候補だろうけど」


「リーヨン? それって、クッサン・ド・リヨンのできた街か?」


「ああ、よく知ってるね。そう、あのお菓子だよ」


「どんなお菓子?」と、デイズくん。


「知らねえ」と、ルークス。


「甘いお菓子さ、パリィに帰ったらみんなで食べようぜ」


 と、俺はてきとうな約束をする。


 甘いものなんてついぞ食べていない。というよりも食料も底をつきそうなくらいだ。敗走の行軍を初めてからというものの、物資なんてものはほとんどない。


 中にはそこらへんの畑から略奪してくる兵士もでる始末。最初こそそういう兵士に罰を与えていたエルグランドも、あまりの数にすでに黙認状態だった。


 フェルメーラいわく、負けた軍隊の評判が下がるのはこういうところにもあるらしい。


「でも、追撃が来なくてよかったね」


「それはどうかな、デイズくん」


「え?」


「たとえばこうは考えられないか? 相手はこちらを疲労させて、疲れ切ったところを襲うってね」


「なるほど、獲物をそうやって襲うモンスターもいますしね」と、ルークス。


「この前のヘルウルフみたいなもんか」


 なんにせよやりにくい。こちらの士気はガタ落ちの状態。いまここで襲われれば、それこそ全滅だってありえる。


 俺たちの足を動かしている活力はただ1つ、生き延びたいというシンプルなものだけだった。


「伝令です!」


 俺たち、という俺のほうにいきなり兵士がきた。


「はいはい、なんですか?」


 と、おどけながら聞く。


「エルグランド将軍より、特別部隊はこの場において敵の足止めをされたし、とのことです」


「ここで?」


「ふむ、まあ妥当だね」とフェルメーラ。


「そうなのか?」


「ここはリーヨンにつながる大事な道の1つだ。ここを制しておけば、他は山や川を超えることになる。たぶん相手も追撃するさいはここを通るだろうね」


「なるほどね。でも俺たちが殿しんがりをする理由にはならないだろ。ここで敵の足止めをしろなんて、みんなに言って納得してもらえる分の説明がいる」


「そこが問題なんだよね。足止めと言っても死ぬ気でやれというわけじゃないんだろう?」


 フェルメーラは伝令の兵士に聞くが、困ったような顔をされるばかりだ。


 ここで何かを言う権限は、この兵士にはないのだろう。


「まあ命令されたらやるしかないよな」


「そういうことだね、シンク隊長」


「よし分かった、フェルメーラには了解したと伝えておいてくれ。ルークス、兵たちに大休止だと言っておいてくれ」


「大休止、いつまでだ?」


「敵が来るまでとでも。それが来たら小競り合いをする。ただし、足止め程度。フェルメーラ、こんなもんで良いか?」


「上々だろう。あとはまあ、文句のあるやつらは休憩の間に言いに来るはずさ」


「ちなみに、エルグランド将軍からは1日しても敵が来なかった場合はポラン・クールの町に向かって行軍を始めろ、と仰せつかっております」


「ポラン・クール?」


 知らない名前だ。


「港町だ。ここからなら2日ほどかかる。テルロンほど大きくない町だよ」


 フェルメーラの補足。


「リーヨンに向かうわけじゃないのか?」


「部隊を分散させるのかもしれないね」


 おいおい、そんなんで大丈夫なのかよ?


 それって各個撃破される流れじゃないのか?


 ま、エルグランドがそう決めたのならば従うけどさ。


 伝令の兵士は走り去っていく。


 俺たちはそれぞれに道端で休み始める。


「国破れて山河あり、か」


 しみじみ言う俺。


「なんだい、その言葉」


「いや、意味はよく覚えてないけど」


 どんな意味だったかな?


 たしか国がわちゃわちゃになっても山や河は変わらない、みたいな意味だったかな。


 さてはて、誰の詩だっただろうか。


 俺はシャネルからの手紙をまた取り出す。シャネルからの手紙は日本語で書かれていた。


 とても丁寧な字でかかれており、読みやすかった。


 文面は少し小難しい気もしたが、それがシャネルらしいとも思えた。


「しばらくここで休憩だから、僕は寝るよ」


「うん」


 俺たちとは別の部隊、つまり正規の兵隊たちが歩いていく。


 俺たちはそれを見送った。


「このまま俺たちは逃げちまうか」


 ルークスが冗談交じりに言う。


「それもいいかもな」


 と、俺は答えた。


 ………………。


 そして、数時間がたったあるとき。


 俺の耳はキュルキュルという不思議な音を聞いた。


 なんの音だったかしらん? と、俺は首を傾げた。


 道の先、遠くからなにかがやってくる。


 重厚な鉄の塊が、力強い足取りで動いている。足取り? 無限軌道も足取りというのだろうか。なんにせよ、とんでもない威圧感。


 げえ、と俺は顔をしかめる。隣でアホ面をして寝ているフェルメーラを叩き起こした。


「フェルメーラ、まずいぞ!」


「んんん? ……なんだい、シンクくん」


「戦車が来た!」


 俺の言葉にフェルメーラはなんだいそれと首をかしげるのだった。


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