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042 エピローグ2


 古い知り合いだって? そんなの俺にいただろうか。


 いや……いる、一人だけ。


 そいつの事を考えると、俺はどこか悲しい気持ちになる。そのせいでこの前は辛くあたってしまった。


 でも今の俺なら優しくできそうだ。


 なにせ俺は今、最高の気分なのだ。5分の1の復讐。その分だけ気分が良い。


 俺はテーブルに置かれた金貨をありったけつかみ、そこら辺にあった袋に詰め込む。そして屋敷を飛び出した。


 町に繰り出し、探すのは日野だ。


 そう、俺のクラスメイト。ホームレスにまで身をやつした男。


 まだ生きているだろうか、もしかしたらもう死んでいるかもしれない。けれど、俺は探した。


 俺は俺の勘に足を突き動かされる。


 そして町の路地裏へ。ジメジメとした場所……あの日と同じだ。


「いた!」


 俺は簡単に日野を見つけた。


 日野は俺の声を聞いて弱々しく顔をあげる。


 あれからどれだけの時間が経っただろうか。日野の格好は前と同じボロ布をまとっただけ。体なんて前よりもやつれたように見える。もう骨と皮しか残っていないのだろう。


「久しぶりだな」


 俺の言葉に日野はただ頷いた。


「勇者が死んだんだ、知っているか?」


 日野がまた頷く。「知っている」と、か細い声で言う。


「月元を殺したのは俺だ」


「月元……」


「ああ、あいつが勇者だったんだ」


 そうか、とでもいうように日野は目を閉じた。もう死に体なのだ。このまま放っておけば遠からずこいつも屍となるだろう。


 だからその前に――


 俺は自分の行為のバランスをとろうと思った。


 復讐は何も生まないなんて訳知り顔で言うやつもいる。でもやった方は満足するじゃないか。しかし復讐は悪である。だから復讐者の方に罪悪感があれば満足できることでも不満となる。


 ではどうすればいいか? 簡単だ、悪いことをやった分だけ良いことをすればいい。


 そうしてバランスをとっていけば、俺の復讐は楽しいものとなるはずだ。


「なあ、日野。これやるよ」


 俺は金貨の詰まった袋を日野に差し出す。


 日野はその中身を見ると、驚いたようにう目をしばたかせた。


「これ……」


 よく見れば日野の歯は何本も抜けている。


「まずは差し歯を入れると良いな。その後で美味いもんでも食え」


 俺は優しく言ってやる。


 日野は涙を流して俺に感謝し始めた。


 ああ……気持ち良い。これこそ俺が欲しかったったものの一つだ。誰かにこうして感謝される、あちらの世界ではついぞ経験できなかった。


「ありがとう……ありがとう」


「別にあぶく銭さ」


 それに俺にとってはどれほどの価値の金かも分からない。まあ全部持ってきたわけじゃないしシャネルも許してくれるだろう。


「それでさ、日野。俺のことをイジメてたやつらの行方を知らないか? 知ってたら教えてくれ」


 日野は俺を崇めるように見上げると、必死で思い出そうとしているようだった。


「聞いたことがある……たしか水口は首都で商人をやっているらしい」


「水口……」


 俺をイジメていた一人。


 野球部の坊主頭だ。


「あと金山は冒険者をやってる」


「金山か……」


 こちらは思い出したくない相手だ。


 にしても冒険者ねえ。奇しくも俺と同じか。


「なあ、悪いことは言わないから金山には関わらない方が良い……」


「あ、なんでだ?」


「あいつは……」


 いや、聞きたくないとばかりに俺は手で日野の話を遮った。俺だってできることならあいつとはもう一生会いたいくない。でも、一番憎んでいる相手でもあるのだ。


「心配してくれるのか。でも俺は行くよ」


「あ、ちょっと待ってくれ」


 現金なもので、金を手に入れた日野は先程よりも元気そうだ。


「なに?」と、俺は振り返る。


「……本当にごめん。榎本がイジメられてる時に見て見ぬふりして」


 俺は笑う。


 ははは、その言葉が聞きたかったんだ。


「それ、言わなかったら殺してるところだったぜ」


 許すよ、と心の中で言う。


 俺はもう振り返らなかった。


 目指す場所は決まった。まずは水口がいるという首都だ――。





 シャネルに事情を話すと、彼女はすぐに首都行きに賛成してくれた。


「良いんじゃない、少なくともこうして部屋にこもっているよりも有意義だわ」


「そこに俺の復讐相手がいるんだ」


「それなら好都合ね。私の方も……できれば人の多いところで探した方が良いでしょうし」


 シャネルの復讐相手……それは彼女の兄であり肉親なのだ。そこらへんの事情はあまりよく知らない。こちらから聞く気はない。彼女が自分から話してくれるまで。


「それにしてもシンク。どうしてこんなにお金がなくなったの?」


「あげた」


「誰に?」


「ホームレス」


 さすが何か言われるかな、と思ったがシャネルは一つも文句を言わなかった。それどころか、「あら、良い事したわね」


 と、俺を褒めてさえくれた。


 本当にこの子はなんというか……俺に優しい。それともいわゆるところのチップ文化がこの国にはあるのだろうか?


 分からないけど、シャネルは優しい。それだけで良い。


「それにしても首都ねえ……」


「なにかあったか?」


「いいえ。とりあえずフミナちゃんに言ってきましょうか」


 フミナに事情を説明すると、彼女は悲しそうな顔をしたがしかし俺たちを笑顔で送り出してくれた。そのために馬車まで貸してくれるという。


 思い立ったが吉日とは少し違うが、言ってから次の日にはもう出発することになった。


「お二人とも……それでは」


「ええ、またねフミナちゃん」


「はい、また」


 俺たちはプル・シャロン家の馬車に乗り込む。ほっとしたことが一つ、馬車をひいているのはスケルトンではなくて普通の人間だった。そいつはとても無口で、もしかしたら口が聞けないのかもしれない。


「また来るよ」と、俺は馬車の上から言う。


「待っています」


 フミナはまだ何か言いたいようだったが、でもそれ以上なにか言えば泣いてしまうとでも思ったのだろう。悲しそうに微笑んだだけだった。


 馬車はフミナの屋敷を出ていく。


 町は葬式中のように静かで、それは勇者が死んだからだ。あんなやつでも死ねば悲しむ人がいるのだ。


 でもそんな辛気臭い町ともおさらばだった。


 城門から外へ。


 空は晴れていた。


「あら、あれってジャイアント・ウコッケイよ」


 シャネルが窓の外を見て嬉しそうに言う。


「ねえ、シンク」


 彼女がこちらを見る――。


「好きよ」


 なんだか知らないが悪寒がした。無条件に与えられる好意がこんなに恐ろしいだなんて知らなかった!


 その瞬間、俺は勘付く。


「おい、アイラルン!」


 と、俺は唐突に言う。


「なんですの、朋輩?」


 シャネルの隣に、いつの間にかアイラルンが。


「お前、もしかしてシャネルの感情というか愛情というか、そういうのを操作したのか?」


 たしか最初に俺の罪悪感や恐怖心のようなものを消していたはずだ。


 それと同じように、もしかしたら人に好意を植え付けたりもできるのではないだろうか?


 だが、アイラルンは首を横にふる。


「朋輩……そういったことは一切やっておりません」


「本当か?」


「ええ、神に誓って」


 いや、むしろお前が神だろ。邪神だろ。


「じゃあシャネルのこの好感度マックスなのって……」


「私も分かりません。だからこそ、正直怖いですわよね」


 アイラルンはそう言って、そして時は動き出した。


 ……けっきょく分からずじまいだった。


「首都、楽しみね」と、シャネルが言う。


「あ、ああ……」


 冷や汗が出た。


 どう考えてもこの女が一番おかしい。それは確定事項だった。


 シャネルは可愛らしく笑っている。その笑顔が、俺にはちょっと怖いのだった。


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