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410 戦闘開始


 生暖かい風が吹いた。


 海から吹いてくる潮風だ。


 戦闘が始まった。


「とうとうか……」


 俺たちはテルロンの要塞近くにある『勇者たちの丘』の麓にいた。


 ちなみにこの近くにはテルロンの町がある。そこにはもとは数千人の人がいたらしいが、いまは廃墟のようになっている。戦争が始まってから、みんな他の場所に逃げたのだ。


 おかげで食べ物の補給はできたらしいが、兵隊の数に対してはぜんぜん足りなかったようだ。


「僕はいまのうちにトイレしておくよ」


 と、フェルメーラ。


「……のん気だねえ」


「シンクくん、戦争の前に縮こまってしょんべんもできないようじゃあ、隊長の資格なんてないよ」


「なるほど、一理ある」


 とはいえ俺はそこまで豪胆にはなれないよ。


「シンク隊長」


 と、旗を持ったルークスがこちらに来る。


「どうした?」


「デイズがもらってきたんだけど、これ」


「おお、缶詰。どこにあったの?」


「なんか町に備蓄されたのを見つけたらしいぞ」


「略奪か?」


「まあ、そんなところだな」


 まったく嫌になる。人のいなくなったテルロンの町じゃあ、兵隊たちが我が物顔で略奪をしている。食べ物ならまだ良い。腹が減っては戦はできぬという言葉もある。けれど金目のものを奪ってくるやつらもいるくらいで……。


 そういうのってダメだと思うぞ、俺は。


 まあ缶詰は良い、ありがたくいただくか。


 俺とルークスはその場に座り込む。


 デイズくんもやってきた。


「隊長、たくさん缶詰あったよ」


「最後の晩餐だな」と、言ってからこれさすがに不吉だったなと思い直す。


 戦闘はすでに始まっていた。


 最初の拠点からは火の手が上がっている。周りからは大砲の音がする。魔法のエフェクトが上がっている。敵のものだろうか、味方のものだろうか。分からない。


「缶詰って保存がきいて良いんだけどさ――」俺は缶詰の口の部分にがじがじとナイフをあてる。「なんで缶切りがないの?」


 普通こういうのって缶切りがあってしかるべきでしょ? テコの原理を使ってさ、簡単に缶詰を開けられるやつ。


 でもないのだ! それがこの世界には存在しないのだ!


 なんで、なんで缶詰はあるのに缶切りはないの!?


 誰か作ってくれよ(他人任せ)。


「お、なに食べてるの?」


 フェルメーラも帰ってきた。


「缶詰。しかもこれ、乾パンじゃないぜ。果物の缶詰だぜ」


「僕ももらっていい?」


「どうぞ」と、デイズくん。


 デイズくんは半人はんじんだけあってこういう物を探す嗅覚に優れているらしい。そういう意味では俺もやろうと思えばできるんだろうけど。


 強いスキルはたくさん持っているけど、それを上手いこと使えている気がしない。


 とくにこんな戦争じゃあ……。


 缶詰を食べながら、ぼうっと思う。


「ねえ、あれ。奥の方の部隊大丈夫なの?」


 デイズくんが目を凝らして砦の方を見る。


「奥の方って?」


 ルークスが立ち上がり、遠くを見渡そうとするが、いかんせん距離がある。見えていないようだ。


 俺も立ち上がる。『女神の寵愛~視覚~』のスキルを発動させる。


 たしかに、奥のミンタカという拠点を攻めている軍隊の足並みが揃っていないように思える。それどころか崩れだしているようだ。


 負けている。


「まずいかもな」と、俺はつぶやく。


「当然だね」


 と、フェルメーラは見もしないのに言う。


「当然?」


「あんなところを狙えば、中央の砦とミンタカ、双方から十字砲火を浴びることになるんだよ。被害は甚大になる」


「でもさ、500年前は成功したんだろ?」


 その真似をしているんなら、今回も成功するのでは?


 しかしフェルメーラは空を指さす。


「雨」


「雨?」


 いまは快晴だ、いったいなにを言っているのだこの男は。もしかして酔っ払っているのか?


「500年前は雨が降っていたんだ。そうなれば小銃は点火できない。馬鹿げた肉弾戦になった。でもいまはどうだい?」


「どうもこうも……」


 そもそも魔族たちが使っている武器は銃だけじゃないのだ。やつらは魔法も使う。それも人間が使うそれとは桁違いの威力で。


「分隊は負ける」


 と、フェルメーラは言い切った。


「はっきり言うな」


「見なくても分かるさ」


 俺たちのいる場所に、伝令の兵士が走ってきた。


「フェルメーラ将軍からの指令です!」


 と、慌てるように叫んでいる。


 まあそうなるわな、と俺は周りのやつらに「準備をしろ!」と宣言する。


 どうせ出ることになると思っていた。


「将軍はミンタカ拠点への増援を要請しております!」


「はいはい、分かりましたよ」


 予備兵力ってのはそういう仕事だからね。


 気合い入れて行きますか、と俺は大きなため息を吐いた。それ気合入ってます?


 だがフェルメーラが手で俺を制する。


「却下だ」


「え?」と、伝令の兵士は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。


「エルグランドのバカ野郎に伝えておけ、僕たち特別部隊はミンタカへの援護へは向かわない」


「お、おいフェルメーラ」


 さすがにそれはまずいんじゃないか?


 この前、夜に出かけたのとはわけが違う。戦場での明確な命令違反だ。


「いいかい、予備兵力なんてのは負けているところに投入しても負けなくなるだけなんだ。そんなものは戦場で意味がない。それなら勝っているところ、勝てるかもしれないところに投入してあいてを蹴散らすべきだ!」


「なるほど」


「僕たちはミンタカの変わりに手前のアルニタクの援護に入る。いいか、ミンタカはもう見捨てろ。高い勉強料だったとな!」


 フェルメーラの剣幕におされて、伝令の兵士はとにもかくにも頷いた。


 戦闘が始まると決まった途端に、フェルメーラの雰囲気が変わったように思える。


 こちらもきちんと気合を入れる。


「よし、じゃあそれで行こう!」


 なんせ俺にはいわゆる戦術眼がないのだ。ここはフェルメーラにおまかせするべきだろう。


 伝令の兵士は戻っていく。


 ルークスとデイズくんがあたりに散らばっている冒険者たちを集めてきた。いちおう解説じゃないけど、作戦の説明をしなければいけないのだ。


 整列まで10分たらず。


 いつもならもっと時間がかかっただろうけど、戦場ということもあってみんなキビキビ動く。


「我々はいまよりアルニタクの増援に入る! えーっと、とにかく突撃!」


 で、いいのか?


「シンクくん、僕からも」


「お、おう」


 バトンタッチだ。


「みんな、これから攻めるアルニタクはテルロン戦線の最大重要地点だ。ここを取れるかどうかがこの戦いのキモとなる! つまりはどういうことか! キミたちの手にこの戦いの進退がかかっているということだ!」


 へー、そうだったのか。


 それは俺も知らなかった。


 そういう言われ方をされるとみんなやる気がでるようで、わっという歓声があがった。


 こういうのをときの声というのだろうな。昔、三国志の本で読んだぞ。


「行くぞ、500年前の栄光が我々を見ている! 我々はドレンス軍、いやしくも英雄ガングーが作り出した世界最強の大陸軍グランド・アルメだ! 全員、進軍!」


 いやはや、こういうシュプレヒコールというのは才能が必要なものだ。


 俺じゃあきっと途中でビビって、きちんと声がでなかっただろう。


 そこでいくと、このフェルメーラという男。金山の記憶の中で見たガングーのように堂々と言ってのけた。こいつを副管にして良かったよ。


 士気は十分。


 このまま戦いになれば、それなりにできるんじゃないだろうか。


 俺はなんとなく、そう思っているのだった。


 とはいえ――初めての戦闘。どうなることやら。


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