406 苦戦、キング・モーズー!
隠者一閃――『グローリィ・スラッシュ』!
そう叫び刀を抜き放つ。
しかし、しかしである。
なにも起こらなかった!
「くそ、やっぱりか……」
そうなんだよなー、いままで出なかったんだよな。
ずっと練習していたんだ、けれど『武芸百般EX』のスキルを奪われてからこっち、『グローリィ・スラッシュ』を使えたことは一度もない。
実際の戦闘、本番となればあるいは――と思っていたのだがそれは甘い考えだったようだ。
「シンク隊長!?」
「よし、行くぞルークス! 俺は左から、お前は右から、挟撃するぞ!」
「えっ、ちょっと待って。いまのなんだったんだ!?」
恥ずかしいので、そのまま俺は無視して走り出す。刀は下段横に構えた。走る際はこの体勢が良いと経験上知っている。
キング・モーズーに駆け寄り、下から飛び上がるようにして刀で切り上げる。
刀をが月明かりに照らされ、鈍く光り輝いた。
だがしかし、キング・モーズーはその巨体からは想像しなかったほどの素早さで俺の刀を避けた。
その避ける動作は、同時に体を突き出すためのタメの動作でもある。
刀を振り抜き無防備な俺に、キング・モーズーは頭突きを食らわしてきた。
このヒヨコみたいなモンスター、とんでもないことに頭には角がはえている。
「くそっ!」
俺は悪い体勢のまま、なんとか刀でガードした。
キング・モーズーはまるですくい上げるようにして俺の体を上空に投げ飛ばす。
「うわっ!」
と、叫んだ瞬間には空高くまで吹き飛ばされ。気がついたときには重力によって落下を始めていた。
そのまま地面に激突。痛い!
腐葉土だったからなんとかなったものの、これで下がコンクリートかなんかだったら間違いなく死んでいた。
うかつだったと反省する。相手の動きも見ず、こちらから突っ込んでしまった。
「シンク隊長、大丈夫か!」
「無傷!」
よたよたと立ち上がる。
ルークスは棒の先につけていた松明の火を消した。それでも月明かりが眩しいくらいなので、あたりは明るかった。
棒を槍がわりにして構えている。
そのリーチの長さを警戒したのか、キング・モーズーは先程の溶解液を飛ばしてきた。
ルークスはそれを避けながら間合いを詰めていく。
俺も負けていられない、と走り出す。
あの溶解液には1つ、明確な弱点がある。それは口から吐くということ。つまりどうやっても一方向にしか攻撃ができない。
そして、溶解液さえ気をつけてしまえばこんなモンスターはただちょっと大きいだけのヒヨコなのだ!
ルークスが時間をかせいでいるうちに俺は刀のとどく位置まで到達した。
キング・モーズーは羽をジタバタと動かして俺を払いのけようとするが、俺は逆にその羽を斬りつけてやる。
硬い感触、羽というよりもそれこそ木でも切っているような。
くそ、どうしてルークスは斧を持ってないんだ! あ、俺が消しちゃったのか。
それでもなんとか切り抜いた。
片翼になったキング・モーズーは痛みで体をむちゃくちゃに動かす。
「シンク隊長、離れて!」
デイズくんの声がして、俺は慌てて距離をとった。
その瞬間、俺は見た。
キング・モーズーから吹き出した血が、あたりを溶かすのを!
「おいおい、あいつの血も溶解液みたいなもんなのか!」
「知らないのかよ、シンク隊長」と、ルークス。
「知らない! 先に言えって!」
やめてくれよ、冒険者なら常識みたいに言うの。
たしかに俺は冒険者をずっとやってきたけどこういうモンスターを討伐するクエストはあんまり受けてこなかったよ。そもそもパリィみたいな都会の周りじゃモンスターは少ないのだ。
なんて、言い訳だ。
それをキング・モーズーが聞いてくれるわけない。
怒りみちた目で、俺たちを見つめるモンスター。自らの血すらも武器にするつもりか、溶解液とともに血をこちらに飛ばしてくる。
それを避けることは容易い。けれど俺たちには馬がいるのだ。
デイズくんが馬を逃がそうと、手綱を引いていく。
俺とルークスはそちらに行かせないようにと立ちふさがる。
「まずいな、どうするよ」と、俺。
小粒の血が俺の頬にあたった。溶ける、というよりも厳密には焼くに近いのだろうか。脂が焼ける音がした。痛みはあまりない。
「首を落とすしかねえ。シンク隊長、お願いできますか」
「任せろ」
俺の刀じゃないと首を落とすことなんてできないからな。
というか……首?
ヒヨコの首ってどこからどこまでだ?
ええい、考えても仕方がない。
「シンク隊長、俺が隙をつくるから――」
「分かった、タイミングを見て飛び出す」
ルークスが前に出て、また相手の気を引いてくれる。
力任せに振り回される棒をぶち当て、モンスターの体勢を崩す。なるほど、ヒヨコみたいに貧弱な足ならば少し力を入れてやればすぐにバランスを崩せるというわけだ。
だが相手も考えたのか、とび上がり中空にいく。
飛ぶ、というよりも跳ぶだ。
ぴょんぴょんと跳ねながらこちらに近づいてくる巨大なヒヨコ。
見ようによってはシュールで笑えるような光景だが、こっちとしては命がかかっている。
「ふんっ!」
と、ルークスが飛び跳ねるキング・モーズーを棒ではたき落とそうとする。
しかしびくとも動かないどころか、むしろこちらが力負けしてしまったようだ。
弾き飛ばされ、体勢を崩すルークス。
そこにキング・モーズーが上から襲いかかってくる。
ダメだ、もう見ていることなんてできない。俺は走り出した。
しかしそこはルークスもある程度の冒険者。体勢を崩したまま槍を地面に突き立てた。
するとどうなるか。
キング・モーズーの方から串刺しになりに来たかのように突き刺さる。
だがそんなことをすれば、下にいるルークスもただではすまない。吹き出してくる血を自分の体でうけることになる。
それはとっさのことだったのか、それともそこまでの覚悟があってやったのか――。
どちらにせよいまがチャンスだ。
俺は駆け上るようにしてキング・モーズーの背中に登り、首を落とそうと刀を突き立てた。
だがキング・モーズーの羽は固く、刃が上手く通らない。
こんなことをしている間にもルークスはどんどん溶かされてくというのに。
「くそがああァつ!」
力を込めて刀を振り下ろす。
少しだけ刀が食い込み、そこから血が滲んでくる。
それでもダメだ、その後がない。
――どうする。
俺は天才的なひらめきとともにモーゼルを取り出した。
――そうだ!
刀の峰に向かって、モーゼルの弾を打ち込んだ。
俺の力で刀を振るよりも、こちらの方が衝撃も入るはずだ。
案の定、刀はより深くキング・モーズーの体に沈み込む。そして、ある一定を超えてからは簡単だった。大根でも斬るように、首を切り落とす。
そしてすぐさま体の下に潜り込んでルークスを引きずり出した。
「大丈夫か!」
「……ああ」
良かった、普通に意識があるようだ。
あいも変わらずタフな男だ。
体は怪我がさらに増えているが、しかし皮膚がドロドロに溶けているようなことはないみたいで。慌ててやってきたデイズが布切れでルークスの体を拭く。
「はやく拭かないと、本当に溶けちゃうよ!」
「大丈夫だって、心配しすぎだ。でも血でベトベトだ」
「こっちもだよ」
首を斬るとき、血を浴びてしまった。
とはいえ、口から出す溶解液より血のほうが弱いようで。なんとかなった。
それでもだくだくに浴びているルークスはかなりやばい状況に思えるのだが……本人は笑いながら顔についた血を大きな手で払っていた。
俺はそこらへんに転がっているキング・モーズーの首を見つめた。
えらく苦戦してしまった。
先が思いやられる。
こんなので、俺は復讐を果たせるのだろうか。
しかし勝利である。
いまはまあ、喜んでおくか。
「じゃあ、帰るか拠点に」と、俺はいまの戦いなどなんでもないことのように言うのだった。




